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二十四話


 生地の良いドレスとはこんなにも着心地の良い物なのだと、私はそう感じた。滑らかな肌触りと、羽のように軽さ。


 着ていても窮屈な感じはなく、身動きも取れやすかった。


 ただ、来ているのはただの平民の私で、周りから笑われるのではないかという不安は胸の中にある。


 だけれど。


「シェリー嬢。綺麗だ」


 ぶわっと顔が熱くなる。


 仕度が整い、アスラン様は私を迎えに部屋まで来てくださった。そして扉を開けて私と視線が絡んだ瞬間、微笑んで嬉しそうにそう言った。


 この人は人たらしだ。


 私みたいな人間に、こんなに甘い微笑みを向けるのだから。


 心臓が煩い。自覚してしまった自分の感情をどうにか抑えようとするけれど、すぐに口からこぼれそうになってしまう


 けれどそれを一度口にしてしまえばどんどん言葉が溢れてしまいそうで、私はそれを呑みこんだ。


「ありがとうございます。アスラン様も素敵です」


 そう答えると、アスラン様は楽しそうに笑って私の手を取ってスコートをしてくれた。


 そして馬車に乗っている間は、なんだかそわそわとするような不思議な感覚がした。


 貴族の令嬢達はやはりすごい。婚約者が貴族にはいるのが当たり前だそうだが、そうした人達は毎回エスコートしてもらって、馬車に乗って舞踏会へ向かうのだという。


 こんなにドキドキとするのに、こんなにふわふわとした気持ちになるのに、それを舞踏会が開催される時には毎回味わうのかと思うと、心臓が強いなと思う。


 採取をしている時には、自然をよく観察しながら、時には雨や泥にまみれて突き進む。


 こんなふわふわとした気持ちなど、味わうことはない。


 私はいつかアスラン様に恋人が出来たら、もう二度と味わう事のない感情だろうなと思い、今のこの時間を堪能させてもらうと思った。


 堪能するとは言っても、何をするわけではない。


 ただ、空気と時間を静かに感じるのだ。


「シェリー嬢。口数が少ないようだけれど、緊張しているのか?」


「え? あ、はい」


 今の時間を堪能していましたとは言えず、私は曖昧に笑みを浮かべると姿勢を正した。


「大丈夫。私が傍にいる。危険なことはない」


「あ、はい」


 恥ずかしくなる。アスラン様の横に立つことに緊張しているなんて。


 アイリーンのことが頭からすっぽりと抜けてしまっていた自分には少し驚いてしまう。


 以前まで私の世界の中心にはアイリーンがいた。けれど今、私の世界の中心は私で、そしてアスラン様のことを考えている。


「今回の舞踏会には王城のパティシエによる豪華なデザートもたくさん並ぶという。後で思う存分に食べるといい」


 その言葉に、私は少しだけ唇を尖らせた。


「……私、食い意地が張っていると思われていますか?」


 アスラン様は少し驚いたように目を丸くするとその後、苦笑を浮かべた。


「違う。ただ、君が幸せそうにお菓子を食べるから、それを私が勝手に見るのを楽しみにしているのだ」


 心臓が止まる。ぐっと私は胸に手を当てて唇を噛んだ。


 アスラン様が、甘すぎて、私の心臓は一瞬止まりかけた。


 馬車は王城へと着き、そして私とアスラン様はいよいよ舞踏会の会場へと足を踏み入れる。


 緊張するけれど、アスラン様が横にいるからか不安はなかった。


 見上げれば高い天井と、広く声が響く空間。レーベ王国の神殿は白を基調とした色合いであった。しかしローグ王国王城は違う。


 壁には様々な絵画が飾られており、長い廊下には彫刻や細部まで細かく仕上げられた巨大な壺などが置かれている。


 絶対に、何も触れてはいけない。


 指一本触れるだけで壊すような気さえするので、出来るだけ廊下の壁側へは近づかないようにしようと思った。


 長い廊下を通り、そして会場へと入場するための門へと差し掛かる。


 私達は門番の方に名簿でチェックされると、会場へと足を踏み入れた。


 渡り廊下も天井がかなり高かったけれど、舞踏会会場の天井は更に高かった。しかも天井はステンドグラスの窓がいくつもあり、月の光がわずかに見えた。


 会場内には楽器の音楽が邪魔にならない程度に流れており、煌びやかな貴族の人達が楽しそうに談笑する姿が目に入った。


「すごい……これが、舞踏会」


 緊張とその厳かな雰囲気に圧倒される私にアスラン様は言った。


「シェリー嬢は姿勢がいいな」


「そうですか? ですが、ヒールは履きなれていないので何だか変な感じです」


「あぁ。確かに女性のヒールに私は三十分も耐えられそうにない。女性はすごいな。だが、そういう割には全く問題なさそうだが」


「えぇ。履きなれませんが、バランス感覚はあるほうなので問題はありません」


「なるほど」


 そんな会話をアスラン様としていたのだけれど、ふと視線が集まっていることに気が付きなんだろうかと私は背筋をまた伸ばした。


 そしてはっとする。


 美丈夫のアスラン様の横に立っているのだからそれはそれは目立つだろう。


 美しいアスラン様の横にいるちんちくりんは一体何者かなんて言われているのかもしれない。


 私は今だけはアスラン様のパートナーでいられるのだということを改めて感じさせられて、せっかくの機会なので、それを堪能することにする。


「その、不思議な笑い方は……どうしたのだ?」


「あ、すみません」


 つい、美丈夫の隣いいでしょう? 今だけですけれど、今だけですけれど今日は隣にいられるんです。ちんちくりんですが許してくださいなんてことを心の中で呟いていたとは言えない。


「皆が見ているな」


 アスラン様の言葉に私は頷いた。けれど次の言葉に驚いてしまった。


「君がとても美しいから、皆見惚れているのだろう」


「へ?」


「少し妬けるな。美しい君を皆に自慢したいという気持ちと、見せたら勿体ないという気持ちとを抱いている。不思議なものだ。こんな勘定初めてで、中々に興味深い」


「え?」


 ふっとこちらを見てアスラン様が微笑む。


 私はアスラン様の言葉に、一瞬勘違いしそうになって首を横に振って自分を律する。


 美丈夫相手に邪な考えを抱きそうになる自分の心を戒め、私は小さく呼吸を整えた。


「皆アスラン様を見ているのですよ。ふふふ。私は騙されませんよ。馬子にも衣裳と褒めてはいただきましたが、ちゃんと弁えております。美しいアスラン様を皆見ているのです」


 そう自信満々で告げると、アスラン様はきょとんとした表情を浮かべたのちに、口元に手を当て、楽しそうに目を細めた。


「可愛らしい人だな」


「へ?」


 アスラン様が微笑みを浮かべた瞬間、会場から悲鳴のよう声が上がった。


「あの、無表情のアスラン殿が……笑った」


「嘘でしょう? あの、あのアスラン様が?」


「はぁぁぁあ! あの人誰? アスラン様の横にいる人は一体誰なの!?」


「いやぁぁぁぁ。私の心のオアシスがぁぁぁぁ」


 そんなに大きな声ではないけれど、耳の良い私にはそんな悲鳴ともいえる声が響いて聞こえてきた。


 そして、その言葉に私は首をかしげてしまう。


 笑わない? アスラン様が?


 よく笑って、微笑んで、私の頭をぽんぽんと撫でてくれるアスラン様が?


 私の前では、笑ってくれる、アスラン様が……。


 一瞬自分だけが特別のような錯覚に、慌てて頭を振ってその考えを振り払う。


 だめだ。勘違いをするな。


 私はしっかりと呼吸を整える。そんな私を見てアスラン様は楽しそうであった。


「君は本当に……あぁ。せっかくの楽しい時間だというのに、すでに来ていたようだな」


「え?」


 首を傾げた私は、アスラン様の見つめる視線を追い、そこにいる人物を見て体をこわばらせた後、ぎょっとしてしまう。


「え?」


 こちらを恐ろしい形相で睨みつける、アイリーンの姿があった。けれど、アイリーンの姿に私は驚いてしまう。


 美しかったアイリーンの金色の髪はくすみ、完璧とまで言われた妖精のような華奢な体は肉付きがよくなっていた。


 どことなく顔色も悪く、目の下には隈が出来ていた。


「……噂とは違った印象だな」


「???」


 私はアイリーンの変わりように、言葉が出なかった。


一瞬で痩せる薬が欲しい。でも、一瞬で痩せます!って言われたら、怪しすぎて絶対買わない。人間って難しい(/ω\)


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