十八話
結局、私はその後食事も喉を通らず、部屋に帰り、次の日は仕事を休ませてもらった。
休みたいと言って休める職場に、私は感謝しながら、ふかふかのベッドの上でごろごろとして過ごした。
こんなにゆっくりだらだらとするのは、両親が生きていた時以来だなと思いながら、小さく息をついた。
これまで毎日毎日生きるのに必死で、働くのに必死で、私は自分の時間など取れたことがなかった。
「……何の為に頑張ってきたのだろう……」
ため息とともに漏れる言葉はマイナスなものばかりで、私は枕に自分の顔を埋めると、うなり声をあげた。
「だめだ……これじゃあ。何も変わらない。うん」
体を起き上がらせると、私は首にタオルを巻いてシャツとズボンというラフな格好に着替えると、外へと移動した。
屋敷の中はどこでも自由に過ごしていいと言われているので、私は庭へと出ると軽く手足を動かし、準備運動を済ませると、その場でジャンプを何度か繰り返し体を温める。
部屋の中にこもったところで良い考えなど浮かぶわけがない。
「さて、走りますか」
採取者の基本は体力である。
私は全力で庭を走り始めた。しかし、ただ走るだけでは使う筋肉は限られてくるので、体の中の筋肉を意識しながら動かす。
全身の体を動かし、汗を流せば気分はすっきりと視界は良好になる。
私は二時間ほど体を動かした後、中庭のベンチへと腰掛けると、タオルで汗をぬぐいながら大きく深呼吸をした。
「ふぅぅぅ。はぁぁあ、あっつい」
汗が滝の世にように流れ、顔が火照る。
私は水浴びでもさせてもらおうと私は井戸の方へと向かう。
日中の屋敷の庭は静かなものであった。庭師の方々は忙しそうに庭の手入れをしてるけれど、私のことは黙認するように聞いているのか、私が走ってもこちらを気にすることもないようであった。
レーベ王国では使用人用の井戸で水浴びをすることもあったので、私はその要領で井戸へと向かい、桶に水を汲んで水浴びをしようかと思ったのだけれど、庭先にいた侍女さんに呼び止められた、
なんだろうかと小首を傾げると、私のことを見て笑顔で尋ねてきた。
「まさかとは思いますが、外で水浴びされようなどとは考えていませんよね?」
「え? あ、はい。少し井戸のところで水を浴びさせてもらおうと」
侍女さんは笑顔のままで、他の侍女さんの方に声をかけると言った。
「湯あみのお手伝いをさせていただきます。部屋へ参りましょう」
「え? あ、でも、手間がかかりますし、水をざばっとかぶるだけで」
「シェリー様はお客様でございます。お客様をもてなすのは侍女の務めでございます」
「え?」
侍女さん達の視線が私に刺さる。
「なによりシェリー様はアスラン様の大切なお方です。そのような方に、外で水浴びなど言語道断でございます」
「他人の目にその肌がさらされるなど、アスラン様が嫌がられますわ」
その言葉に、私は首を傾げた。
「あの、私なんてそんな大したものでもありませんし」
侍女の皆さんは私の言葉に微笑みを深めた。
「シェリー様はいうなれば磨けば美しく光る原石です」
「その健康的な肌、大きな瞳、美しい体、磨きたくてうずうずします」
「せっかくですから、この後おしゃれをいたしましょう? シェリー様、運動された後ですし、この後ご予定はないのですよね?」
「え? へ? あ、はい……予定はないです」
「では、ぜひ! どうでしょうか?」
うずうずとしている様子の侍女さん達を私は止める勇気はなく、苦笑を浮かべながら頷いた。
「では、はい。よろしくお願いします」
瞳を輝かせる侍女さん達を見つめながら、私は、何となく心臓がぎゅっとしていたのだが和らいだのを感じた。
運動をして気持ちを切り替え、そして侍女さん達に癒される。
私は流されるように侍女さん達に湯あみの為に連れていかれたのであった。
一言で言うと、侍女さん達によるプロの湯あみ、そしてマッサージは控えめに言って最高であった。
「ふはぁぁぁぁ」
極楽とはこのことを言うのではないかと思った。
しかもマッサージを受けた後に呑ませてもらったレモン水の美味しいこと。
こんな幸せがあってもいいのであろうか。
私はこれまでゆっくりするという事がほとんどなかったので、侍女さん達によるプロフェッショナルな癒しに私の体と心はほぐされていた。
「はぁぁぁあ……幸せですぅぅぅ」
声をあげると、侍女さん達は嬉しそうに言った。
「ようございました。そう言ってもらえて光栄でございます」
「この後、ドレスアップをした後に、なんとアスラン様が買ってこられたお菓子があります! おやつにシェリー様に出すように仰せつかっております!」
「ふえぇぇぇ幸せですぅぅぅ。こんなに幸せでいいんでしょうか」
そう呟くと侍女さん達はくすくすと笑って言った。
「お菓子はアスラン様が有名店で直接買ってこられたようですよ」
「ふふふ。あのアスラン様が! シェリー様の為にお店に並んだのかななんて思うと、ふふふ」
「シェリー様に元気になってもらいたいと、考えられたそうです」
「はぁぁ。あの女性に興味なんて全くなかったアスラン様が!」
「はぁあぁ。尊いです! シェリー様! 応援しています」
「え?」
突然どうして私は応援されたのだろうかと思うけれど、アスラン様が私の為にお菓子を買ってきてくれたのだと思うと、心の中が浮足立つ。
「楽しみです」
そう告げると、侍女さん達に生暖かな視線で微笑まれた。
私はその後ドレスに着替え、美しく化粧もしてもらった。
まるでお姫様のようだなと思いながら、私は侍女さん達が準備をしてくれたお茶会の席へと足を運んだのであった。
お茶会の席は庭にセッティングされ、テーブルに薔薇の花柄のクロス、そして日傘が刺された場所で、私は優雅に紅茶と、アスラン様が買ってきてくださったお菓子を前に、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「これが……優雅なティータイムというやつなのですね」
今の格好は可愛らしいワンピースに、アスラン様から頂いたピンまでつけている。
まるでお姫様のようで、私はあまりにも幸せで紅茶を飲みながら、お菓子を口へと運び、その甘さにここは天国だと思った。
「うん。ここは天国。私、幸せ。うん」
これまで起こったことは変わらない。けれど、それを悲観するよりも今のこの幸福を満喫する方がいい。
切り替えは大事だ。
後悔や執着というものは人の感覚を鈍らせるものである。
私は、大きく息を吸って吐き、甘いお菓子と紅茶を飲むと、胸の中にあった嫌な気持ちを幸せで包み込む。
消えるわけではないし、思い出せば頭を掻きむしりたくなるほどに憂鬱な気持ちになるけれど、私はそれを無理やり切り替える。
「美味しぃ~」
嫌な気持ちのままでいたら、負けるような気がした。だから、侍女さん達の優しさに甘え、アスラン様からの差し入れを噛みしめながら今の幸福に浸り、前を向くことにしたのであった。
おしゃれな、三段の、アフターヌーンティーのやつ、名前ってなぁに?と思って調べた結果。
ハイティースタンド(セット)やアフターヌーンスタンドやケーキスタンドと呼ばれているとか。
おしゃれ~。可愛い~。おこがれるぅ~(●´ω`●)おしゃれなお店に食べに行きたい今日この頃です(*´▽`*)








