十六話
お姉様が出て行ってから、私の生活は一変した。
「ふざけないで! こんなのじゃ、私の力に耐えられるわけないじゃない!」
採取者が持ってきた魔石や薬草は、ほとんどが普通の物であり、私からしてみればその辺の雑草と変わらない。
私は怒鳴り声をさらに張り上げた。
「ひぃぃ! も、申し訳ありません!」
「で、ですが、そんなに簡単に特殊魔石や特殊薬草が採れるわけがないじゃないですかぁ」
「そうですよ! そんな簡単に取れたら、私達だってすぐに持ってきますよぉ」
一番優秀な採取者だと言われていたのに、三人とも全く役に立たずで私は鼻息を荒くしながら机の上の本を投げつけた。
「いてっ! ひ、ひどいですよぉ」
「アイリーン様がこんなに横暴な人だなんて!」
「というか、アイリーン様のお姉様のシェリーさんはどこへ行ったんですか!?」
「そうですよ!」
その言葉に私は唇をぐっと噛むと、声を荒げた。
「出て行って! 私が言ったものを持ってきて!」
優秀だと言われた採取者は、青い顔をして部屋から逃げるように出て言った。
私は頭が痛くなるのを感じてソファへとドスンと座ると、大きく息を吐いてから机の上に置いていたお菓子を手に取って食べ始めた。
誰も彼も全然役に立たない。
採取が簡単なはずの特殊魔石も、特殊薬草も誰も取って来れないのである。採って来たと思ったら、保存状態は最悪で、なんであんなものを自信満々に持ってこれたのかが分からない。
机の上のお菓子を貪るように食べながら、私は大きくため息をつくとベッドへと移動してその上へとごろりと横になった。
「意味が分からないわ。本当に! 意味が分からない。なんで私の役に立たない者ばかり持ってくるのよ!」
特殊薬草や特殊魔石がなければ、自分の能力を発揮することが出来ない。
私はベッドの上に置いてあった枕を何度も何度も叩きつけると、肩を上下避けながら叫んだ。
「なんで、私が、怒られるのよ! ふざけてるわ! 意味がわからない! 大聖女様のところに連れていかれたと思ったら! どうして、どうして私が怒られるのよ!」
あの日、お姉様がいなくなったことを伝えると大聖女様は激高した。私はお姉様は自分の意思で出て言ったのだと、お姉様が自分勝手なのだと説明したのだけれど、大聖女様は私のせいだと怒鳴られたのだ。
『なんということ! あの方が育てた天才を! 何故! 何故逃がしたのですか!!』
あんな風に人に怒鳴られたのは初めてで、私は慌てて鳴いたふりをして自分の正当性を訴えたけれど大聖女様には通用しなかった。
『そんな泣きまね私に通用するとでも! あぁぁあ! 採取者が足りないこの時代に! なんということを!』
私はその時の大聖女様を思い出して眉間にしわを寄せると、起き上がり、もう一度机の上にあったお菓子を口の中へと詰め込んだ。
「あぁぁぁ。むかつく。意味が分からないわ。っていうか、お姉様のことをばれないようにいじめていた人間は他にもいるのに、なんで私のせいなのよ」
お姉様の部屋はいつまでも使用人部屋だったし、食事だって使用人と一緒であった。
恐らく誰かが画策しなければ、普通に採取者用の寮へも入れただろうし、食堂だって通常の場所を遣えたはずだ。
無頓着なお姉様は気づいていなかったけれど、私にはそういうことは分かった。
ただ別段お姉様が何か言うわけでもなかったし、自分で気づかないのが悪いわけで私のせいではないので放っておいた。
厳密にいえば、私が頼んだ採取物を取るのに忙しくしてそうしたところにまで考えが及ばなかったのだろうけれど知ったことではない。
バリバリと口の中放り込んだお菓子をかみ砕きながら、私は用意してもらっていた果物のジュースでそれを流し込むと、大きく息をついた。
「っていうか、お姉様は私のお姉様なんだから私の為に働くのは当たり前でしょう? それなのに、どうして今更お姉様がまるで必要なように言われるのよ! 他の採取者達がもっと頑張ればいいだけなのに!」
意味が分からない。どうして私が怒られる必要があり、しかも使えない採取者を送られなければならないのか。
私はこうなったら結婚を速めて早々に聖女をやめてしまおうと思った。
聖女という肩書きさえやめてしまえば、あとは王子妃としての悠々自適な生活が待っているだけである。
私はそう思うと、先ほどまでの苛立ちが落ち着き、気持ちが晴れ渡っていくかのようであった。
「そうよ。私は王子妃として幸せになれば一件落着じゃない」
そうと決まればヨーゼフ様の所へと言って早々に結婚式を挙げようと言えばいい。そして聖女をやめればいいのである。
簡単なことにどうして今まで気が付かなかったのか。
私は起き上がると、ヨーゼフ様の所へ行くために髪の毛を溶かして準備をすると、神殿を出て、ヨーゼフ様の元へと向かった。
突然の訪問であるからすぐには会えないかもしれないけれど、少し待てば来てくれるはずである。
そう思っていた。
以前まではすぐに会えたはずなのに、今日は中々姿を現さないヨーゼフ様にいらいらとしながら出された紅茶とお菓子を口へと運びながら待ち、やっとのことでヨーゼフ様が現れて、私は立ち上がった。
「ヨーゼフ様! 今日は遅かったのですね。会いたかったです!」
いつもならば私のことを“愛しいアイリーン”といって抱きしめてくれるヨーゼフ様が、いくら手を開いて待っていてもこちらへと来てくれない。
「ヨーゼフ様?」
ヨーゼフ様の美しい瞳の下には黒い隈が出来ており、そしてその表情は青ざめていた。
そして、私のことを頭の上からつま先までじっと見つめると口を開いた。
「あ……アイリーンなのか? 本当に?」
何を言っているのであろうか。
確かに、お姉様がいなくなってからここしばらく会っていなかったけれど、どうしてそんなに驚くのかが分からない。
「なんでですか? あぁ、ここしばらく会ってなかったですものね。うふふ。内緒で、キス、しますか? いつもみたいに」
小声でそう言うと、ヨーゼフ様は何故かさらに青ざめて一歩後ろへと下がった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……君は……はぁ。僕達が置かれている状況が分かっているのか!? 僕は……シェリーがいなくなったことで、何故かいらぬ疑いをかけられて国王陛下から叱責をくらい、立場がすごく悪くなっているし、アイリーンが突然聖女として役立たずになったともいわれて、それも怒られて……君は、君は何をやっているんだ!」
大きな声で最後に怒鳴られて、私は驚き体を硬直させた。
最近まで人から怒鳴られるなんて経験したことがなくて、私は突然のことに気が動転してしまう。
「こ、怖い。なんで? どうして怒るんですか!? 怖いです!」
「僕は君の方が恐ろしい! それになんだその顔は! なんだその贅肉は!」
「え?」
「顔はにきびでぶつぶつだし、体は肉がついて、デブス! 君はデブスだ! さっさと痩せて顔のぶつぶつも治せ! くそっ。デブスが僕の婚約者だなんてありえない! さっさと帰れ!」
「失礼です! なななななんで!? そんなわけないでしょう! 私は皆から天使っていわれているのに!」
「鏡を見ろ! はぁぁぁ。見てないはずはないか……はぁ。現実が見えていないのか。まぁいい。さっさと痩せろ。話はそれからだ。ではな」
ヨーゼフ様はそう言って、立ち去って行ってしまった。
私は怒りで心を埋め尽くされながら神殿へと帰ると、鏡の前へと立った。
「え? ……なにこれ」
毎日見ていたけれど、見ていなかった。
ニキビなんてすぐ治る、少し太っても愛嬌。そう、思っていた。
「誰よこれ……」
鏡には肌が荒れ放題の、太った女性が映っていた。
「え? なんで……」
自分の変わり果てた姿に、私は悲鳴を上げたのであった。
これは何かの間違いである。いや違う。原因があるはずだ。
私はハッとした。
「お姉様のせいよ。そうよ。全部お姉様が悪いのだわ! あの女のせいよ!」
アイリーンは憎しみに顔を歪めたのであった。
年末が近づいてまいりました。うちもクリスマスツリーを飾ったのですが、日に日に飾りが一つなくなり二つなくなり、最初は結構綺麗に仕上がっていたんですけれどね? いつの間にか、飾りの少ない何とも言えないクリスマスツリーに変わっております(;´・ω・)








