十話
アイリーンから一度お願いされたことがあり、採取しに行ったことがあった。
この聖女の涙の採取はかなり難航し、上手くいかず、アイリーンに謝って結局届けられなかったのだ。
『はぁ、お姉様、私が欲しいって言っているのに持ってこれないなんて、もういいわ』
がっかりさせてしまったと思って、いつかまたアイリーンが必要になった時に渡そうと思い、それから休みや少しの合間がある時に、採取出来ないか何度も挑戦したのだ。
結局、聖女の生まれた故郷からは採取が出来ず、私なりにどうしてなのか仮説を立て、私は聖女の生まれた故郷の一番近くの豊かな森の中へと足を踏み入れた。
聖女の文献に彼女は森を愛し、よく森に出かけ身を清めたという一文から、そこを目指したのである。
採取者としての自分の経験と、そして歴史的文献をつなぎ合わせ、私は森の中にある美しい泉の近くに小さな洞窟がある事に気付きそこを探索していった。
そして洞窟の先にある地底湖にて、聖女の涙を見つけたのである。
私は嬉しくて聖女の涙を採取し、一つは保存用に、もう一つはアイリーンに届けようとしたのだけれど、その時のアイリーンはすでに聖女の涙の存在自体忘れており、結局渡すことはなかった。
その為、私は保存用にと思っていた聖女の涙は王城の研究室へと寄贈し、もう一つは自分が保存していたのである。
私はもしかしたらこの日の為に始まりの聖女様が導いてくれたのかもしれないなと思った。
「聖女の涙です。鑑定してもらっていますから、本物です」
私がそう言って差し出すと、アスラン様は驚いたような表情を浮かべたのちに、ぐっと奥歯を噛み、そして私の手を取ると真っすぐな瞳で言った。
「ありがとう。シェリー嬢のおかげで、命を助けられる」
自分が採取した物で、お礼を言われるという経験を、私はこれまでほとんどしたことがなかった。
自分は採取するだけで、聖女のアイリーンがいなければ結局誰一人救うことがない、ただの採取者だ。
そう思って生きてきた。
「……っ。はい。もし他に必要なものがあれば言ってください」
「わかった。これより魔術を展開する。聖女の涙を使う魔術式はかなり細かなものになる。その時に必要なものがでるかもしれない。頼むぞ」
「わかりました」
聖女の涙は全ての成分が均一なわけではない。それは他の特殊薬草や特殊魔石も同じで、同じものでも成分が多少異なることがある。そうした時に、最もその成分を引き出せる配分は一つ一つ異なるのだ。
だからこそ、魔術師の部屋には大量の採取物がある。
そして私が今はその大量の採取物を持つ人間で、アスラン様が必要だという物をすぐに出すことが出来る唯一の人間である。
アスラン様はカバンから巻物のような魔術式を広げると、そこから空中に文字が浮かび上がり、そこに聖女の涙を浮かべ、文字が聖女の涙を包み込んでいく。
「では、魔術式を展開させ、呪いの解除を行う」
青白い光が部屋の中に広がり、私はアスラン様が言う薬草や魔石を次々に取り出しそれを手渡していく。
聖女の涙に吸い込まれるようにそれらは吸収され、そして渦を巻き、最終的に光を放つ宝石のような形に変化した。
白い光を帯びた聖女の涙は、美しくきらめき、そしてアスラン様は仕上げにそこに魔力を注ぎ込んでいく。
そうすることでそれは魔力となじみ、淡い光を安定的に放つようになる。
「……出来た」
アスラン様の額からは汗が流れ落ち、大きく息を吐いてからアスラン様はそれをジャン様の元へと持っていった。
「っは。お前も運がいい。ここに天才採取者のシェリーがいたことを感謝するといい」
ジャン様の肩に手を置き、アスラン様は言葉を続けた。
「生きろ」
真っすぐに告げられた言葉と共に、聖女の涙はジャン様の体の中に吸い込まれ、そして体の内側にある呪いを包み込むと、それを打ち消し、光を放つ。
私はそれを見つめながら、魔術とはこのようにするのだと驚きと、竜の形の痣が消えたことにほっと胸をなでおろした。
先ほどまでは苦しげであったジャン様の呼吸音が正常に戻り、唇の色が、紫から薄紅色へと戻っていく。
体の熱が戻って来たのか、震えていた体も今は落ち着いている。
「殿下!」
「目を開けてください!」
側近のリード様と騎士のゲリー様はじっとジャン様を見守っている。ジャン様の瞳がわずかに開き、口元が笑みを浮かべた。
「アスラン、シェリー嬢……ありがとう」
「今は休め」
「あぁ」
ジャン様は目を閉じ、アスラン様は大きく息をつくと言った。
「リード。後は任せたぞ」
リード様は唇をぐっと噛み、泣くのを堪えているのかアスラン様に頭を下げた。
「助かった。お前が魔術師になってくれて、今ほど感謝したことはない」
「そうだろう。っふ。文官になくて良かっただろう?」
「あぁ! お前の言うとおりだった」
「ではな。ゲリー。お前も自分を責めるのはやめてしっかりしろ」
そう言われたゲリー様は背筋を伸ばし、大きく頷いた。
「あぁ。アスラン、それにシェリー嬢。我が主の命を救っていただき、感謝する。この恩はいずれ返す」
その言葉にアスラン様は肩をすくめ、そして私を連なって部屋を出ると、しばらく廊下を進んだのちに、角のあるところで隠れるように壁にもたれかかると、その場に座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
私が慌てて声を掛けると、大きく深呼吸をしてからアスラン様はうなずいた。
「すまない……はぁ。緊張の糸が切れた」
全神経を使い、扱いの難しい聖女の涙を使ったのだ。体力も精神力も削られているであろうから、疲れるはずである。
「少しだけ、待ってくれるか」
「はい」
私はアスラン様の横に座ったのであった。
ゲーミングチェアを買おうかどうか悩んでます。小説を書くときに、ずっと同じ姿勢だから椅子が変われば腰にもよさそうで。悩みます(/ω\)