一話
短編をたくさんの方に読んでもらえて嬉しかったので、連載することにしました!少しでも楽しんでもらえたら幸いです(●´ω`●)
「お姉様。もう私も十八よ。それに第二王子殿下であるヨーゼフ様との婚約も決まったし、あのね、私のことはほっておいてよ。私は聖女でお姉様はただの平民。立場をわきまえてほしいし、はっきり言って、お姉様は私のおまけよ? おまけはおまけらしくどっかに消えてほしいの。昔から思っていたけれど本当にお姉様って口うるさいし邪魔ばかりするし大っ嫌い」
妹のアイリーンから放たれた言葉に、私は胸の中がずくりと痛んだ。
アイリーンは私に満面の笑顔でバイバイと告げてから、去って行ってしまった。
両親が死ぬ間際に、妹のことを頼んだと言われて必死にアイリーンを絶対に幸せにして見せるとお金を稼いで生きてきた。けれど、アイリーンが十歳になるころに、神殿から聖女であると告げられ、アイリーンだけ連れ去られそうになった。
私は泣き叫んで連れて行かないでくれと頼んだけれど、アイリーンは私に言った。
「お姉様、私が一人で幸せになるのが嫌なのでしょう? ふふふ。ならおまけとしてついてきたらいいわ」
神殿の人には世話係だと言って、アイリーンは私を神殿へと招いた。その言い方は気になったし、嫌な気持ちもしたけれど、両親から頼まれた可愛い妹と離れたくなかった。
だからこれまでどれほど虐げられようともアイリーンの傍にいたけれど、十八歳になり成人したアイリーンには私は不必要らしい。
「はぁ……毎日アイリーンの為に、特殊野草や特殊魔石を集めていたっていうのに……バカみたい。もうアイリーンには私は必要ないんだわ」
これまで私はアイリーンの専属の採取者として働いてきた。
神殿についてきた私は下働きをしたのちに聖女には必要不可欠な採取者となるべく弟子入りを果たして、そしてどうにかアイリーン付きの採取者になったのだ。
聖女の力を発動させるためには、それに見合った薬草や魔石が必要である。だからこそ採取者は必要不可欠で、私はアイリーンの役に立っていると思っていた。
けれど、勘違いだったらしい。
「はぁ……国を出ようかしら……隣国ローグ王国では魔術が盛んで魔石や薬草が売買されるというから、そちらへ行ってみようかしら……どこか職につけるといいのだけれど」
実のところアイリーンの婚約者であるヨーゼフ様からは、アイリーンと結婚した暁には妾になれと迫られていて、困っていたところであった。
妾になるのも嫌だし、アイリーンにも私は不必要ならば、もうこの神殿にも国にも未練はない。
私はアイリーンに別れの手紙をしたため、国を出る支度をすると、部屋に一礼をした。
「今までありがとう。ふふふ。この黴臭い狭い部屋も見納めね」
アイリーンに“困っている人、死にそうな人がいるのに雨や嵐ごときで採取に行かないのは怠惰だ”と言われてから、天候の悪い日にも採取に行くようになった。
けれどそれは危険な行為で非常識だということから他の採取者からは私は無視されるようになっていた。
特別挨拶をしたい相手もいない。
「さぁ、行きますか」
長いようで短かったここでの生活も終わりだ。
両親には、成人まではちゃんと妹の面倒を見れたと思うと、胸を張って報告が出来そうだ。
「アイリーン元気でね」
私は王国を抜け、小高い丘に登ると先ほどまでいた神殿と王城を見下ろした。
はるか遠くになったそれは小さいように思えた。
「はぁ。これからどうなるのかしら。でも、頑張るしかないわよね」
私は自分採取者としての知識を教えてくれた師匠から引き継いだ魔術具のポシェットを肩にかけ、その中から手袋やゴーグル、マントなどを取り出すと、さらに山に登る準備を済ませて、歩き出した。
ここからは、山の天気が変わりやすくなる。
しかも山が高くなればなるほどに獣も魔物もいるのだ。
「さて、行きますか」
採取者とは過酷な仕事である。
けれど、それを嫌だと思ったことはない。
私はゴーグルを付け直すと山道をしっかりとした足取りで走り出した。
採取者は体力仕事である。しかも、アイリーンからのお願いでいつも急がなければならず、他の採取者が歩いていくのに比べて私は走っていくしかなかった。
山道は次第に岩肌へと姿を変え、足場も悪くなってくる。
その時であった。空には灰色の雲が広がり始め、私は目を細めると、ポシェットからカッパを取りだすとそれに着替えた。
間もなく雨が降る。
それからものの十分もかからずに土砂降りになり始め、私は山の洞穴へと移動すると、少し休憩する為に火を起こそうと思った。
しかし、そこに先客がいるとは思っていなかった。
洞窟の中には黒髪の美丈夫が、焚火の前で薬を煎じているところであった。
火花がパチパチと音を鳴らし、そんな炎の灯に映し出された美丈夫は一瞬妖精か何かかと見間違えるほどの美しさがあった。
黒いローブには金色の刺繍がされており、珍しい柄だなと思いながら私はゴーグルを取った。その時、先に美丈夫が口を開いた。
「……君は一人か? まさか、こんな天候の中で?」
焚火の赤さではなく、元々赤い美しい瞳なのだとその時になって分かった。
至極真っ当な問いかけであり、他の採取者からの忠告を思い出す。
一人で山には入るべからず。
私は苦笑を浮かべながらカッパを脱ぎ、そして美丈夫へと挨拶をしてから答えた。
「こんにちは。はい。私は採取者でして、こうした山にも慣れています。いつもはこのくらいの雨であれば採取を続けるのですが、今日は急ぎではないので……そのよければご一緒してもいいですか?」
私が女だと気づいたのか、美丈夫は更に眉間にしわを寄せた。
「女性? ちょっと待ってくれ。君は女性でありながら単独で採取の為に山にはいり、ましてや通常であれば採取を続けていると? ……正気か? いや、すまない。君の生き方を否定しているのではなく、うむ……私は口が悪いとよく言われるのだ。気を悪くしないでほしい」
正直な人だなと私は思いながら、美丈夫が煎じている薬草を見て言った。
「気を悪くはしません。ご忠告ありがとうございます。そうですね……今後は気を付けようと思います、あと、その、今何を作っているのですか? 足りない薬草などあれば、私がお渡ししましょうか? その代わり、火を貸していただけるとありがたいのですが」
出来れば濡れた物を乾かしたいし、火にあたって暖を取りたい。
自分で火を焚いてもいいけれど、それはそれで一苦労だし、借りられるものならば借りたいのが正直なところだ。
美丈夫はすぐに慌てた様子で頷いた。
「もちろん。さぁ、暖を取りなさい。ホットミルクでよければ飲むか?」
優しいなと思いながらうなずくと、私は美丈夫と炎を挟んで向かい合って座り、そしてホットミルクを受け取った。
冷えた体にホットミルク程最適な飲み物はないと私は思う。
「ふはぁぁぁ。癒されます。ありがとうございます。それで、薬草は足りていますか?」
「うむ? あぁ。少し惑わしの草が足りないが、これは特殊薬草で」
「はい。どうぞ」
「え?」
美丈夫は目を丸くし、私がポシェットから取り出したそれを見て驚いた様子で受け取るとまじまじと観察した。
「傷みもない。根っこまであるし、それになにより、生き生きとしているな。これはなんといい保存状態か……」
「そう言ってもらえると嬉しいです。他には何かありますか? あればお渡ししますよ」
「ふふ。気前がいいな。これで十分だが、まさかとは思うが、驚きの谷でしか採れない毒消しの魔石は」
「あぁ。これですね。どうぞ」
美丈夫は眉間に深くしわを寄せると固まり、それから少し考えると静かに自己紹介を始めた。
「私の名前はアスランという。ここより南に位置するローグ王国で魔術師をしているものだ。失礼だが、名前を伺っても?」
私はそう言えば自己紹介をしていなかったなと思いつつ、隣国ローグ王国の魔術師に会えるなんてと嬉しく思った。
出来ればローグ王国のことや魔術師が求める薬草や魔石のことなども聞けたら、仕事につながるかもしれない。
「私はシェリーと言います。採取者のシェリーです。聖女アイリーンの採取者をしていたのですが、この度レーベ王国を出てローグ王国へと移住しようと考えていまして」
「天才採取者のシェリー……まさか、ここで出会えるとは何たる幸運」
「え?」
今何と言っただろうか?
私は小首を傾げると、アスラン様は嬉しそうに微笑みを浮かべ、そして言った。
「移住ということは仕事を探しているのか? よければ、私が斡旋しよう」
「へ? えぇぇ? 仕事、あるのですか? あの出来れば採取者の仕事を探しているのですが」
「もちろん採取者として雇わせてもらいたい。私の専属になってくれたら、今までもらっていたであろう給金の3倍は出すことを保証する」
「3倍! エェェ⁉ 突然どうしてですか? ま、まさか詐欺?」
私が疑うような瞳を向けると、アスラン様は私に胸のポケットから身分証を取り出して見せると話を続けた。
「これを。これが証明書だ。私はローグ王国の魔術塔の長をしている。ここで君に出会えるとはなんたる幸運か」
嬉しそうにアスラン様は微笑みながら説明を続けた。
「ローグ王国では採取者は貴重でね、良い採取者に出会えずに困っていたんだ。どうだろうか。真剣に考えてもらえないか?」
美しい赤い瞳でそう見つめられ、私はうっと言葉を詰まらせた。
さらさらの黒髪も、紅玉のように輝く瞳も自分の好みであり、そんな好みの人から勧誘されれば、頷かざるを得ない。
なんともちょろいな自分と思いながらも、仕事を探していたし、目の保養となる上司がいるなんて最高ではないかと思ってしまう。
「えっと、はい。あ、ででも、とりあえず正式にではなく、お試しでもいいですか? 正式な契約書を交わしてから本決まりということで……どうですか?」
「それでかまない。ふふ。なんと僥倖か」
出会った当初はしかめっ面で、怖い人なのかと思ったけれど、終始嬉しそうに微笑むようになり、私は、人見知りする人なのかもなと思った。
それにしても隣国にわたる前に職が決まるとは、こちらこそ僥倖である。
「わぁ! 嬉しいです。 よかった……行く当てがなかったので、ほっとしました」
「ふふ。それはよかった。私も引き抜きたいと思っていた天才が、こんなところで自らやってきてくれるだなんて思ってもみなかった」
「え?」
「いや、なんでもない。さぁ、お腹はすいていないかい?」
「え? ですが薬づくりが」
「いや、これは非常時の為にと思ったのだ。だが、山を越えるのではなく、元来た道をかえれそうなのでな、一緒に食べよう」
「そうなのですか? ありがとうございます」
笑顔でアスラン様は元々作り横によけていたシチューの鍋を火に掛けると、温め始めた。
すぐに美味しそうな香りが広がり私の胃は空腹を訴え始めるのであった。
読んでくださった皆様に感謝です!