088 疲れのピークに
「ライトニング!」
ルーンが先制して雷撃魔法を放つと、男たちの内二人が同時に魔法を唱え、それを打ち消した。
その衝撃に紛れるようにソリスが向かい、剣を抜いて片方の男を斬り伏せる。
「嘘だろ!?」
二秒以内の攻防で一人を無力化する。
ソリスが二撃目を放とうとすると、それを止めるようにリーダー格の男が魔法を放った。彼女は振り返り、それを斬った。
「おおおおお!!」
俺はその隙にもう片方の男に向かい剣を振る。
「ボルト!」
「効かねえよ!」
詠唱なしの雷撃魔法が飛んでくるが、ライトニングより威力が低い。
俺はすぐにそれを剣に纏わせると、威力を増大させた刃で男を斬った。
「リドゥ、こっちも終わったわよ」
俺が剣を納めると、既にリーダー格の男が倒れていた。
あまりの速さに俺は一瞬だけ口を開けた。
「記憶を読み取ろう」
ルーンがそう言って男の頭に手を当てた。
「アンタ、そんなこと出来たの?」
「最近ね。アスラのことがあってから必要性を感じて研究したんだ」
ルーンが何ともなしに言う。
魔法ってそんな簡単に作れるものなのかはわからない。ただ、たかだか数週間でそれが出来るとは思えない。
彼は珍しく何かをぶつぶつ唱えている。流石に詠唱なしでは不可能なことらしい。
しばらくすると彼の手が輝き、男の頭から何かを吸い取っているように見えた。
「……なるほど。悪いことを考える奴もいるもんだね」
男の内の一人から手を離したルーンが、しかめ面を浮かべて言った。
何がわかったのか促すと、彼は話し始める。
「魔炎の製造みたいだね。その方法は――」
彼は未来でも言っていた内容を俺に告げる。
「それで、街を襲う計画を立てていたらしい。この結晶の起動に時間がかかるらしくて、今はまだそれの途中だったみたいだ」
「結晶が、まだなのか」
俺は聞き返す。
「うん、そうみたいだよ。でも実はこれ、壊すと魔王の配下の一人が来ちゃうらしくて、壊すわけには行かないみたいだ」
「へー。アタシでも倒せるかしら、そいつ」
「!?」
ソリスの好奇心に驚愕する。ど、どうにか止めないと。
「いやあ……無理そうだよ。というか、こんなところでそんな奴と戦ったら街の方がもたないよ」
「確かに……。残念だけど今回は諦めるわ」
「でもルーン、結晶はこのままには出来ないだろ? どっかで保管でもした方がいいんじゃないか?」
「そうだねえ……ソリス、どっか当てはないかな?」
と、なんとか。
俺は未来での出来事をそのままなぞることに成功し、結晶をギクル連山の麓まで運び終えた。
二週間後、街へ帰ってきて三人で南区へ向かう。
「ただいま!」
久しぶりに二人の実家へ行く。扉を開けると同時にソリスが叫ぶと、奥から家族の返事が聞こえて来た。
そして彼女の父が顔を出す。豪快な笑い声、それに飛びつくソリス。
その光景を見て、俺は思う。ああ、これでようやく未来を守れたんだ、と。
「リドゥ?」
全てを終えたことを確信した俺は、ふらりとその場に座り込んでしまう。
視界が揺れ、頭もくらくらする。目が乾いているのか、やたらと瞼が重い気がする。
ルーンが心配している。俺の額に手を当てると彼は慌てたように手を引っ込めた。
「……すごい熱だ。ソリス! リドゥを運ぶの手伝って!」
「ええ!」
父親の元から離れ、俺の元へ駆け寄るソリス。二人が俺の肩を抱え立ち上がらせると、部屋の奥へと導いていく。
三つ並んだベッド。一つは今朝も使用した形跡があるが、二つはしばらく使っていないのか、シーツも布団も綺麗なままだった。
その真ん中のベッドに俺を横たえると、ルーンが荷物を取りに玄関へと戻っていった。……ああ、なんだろう。このベッドいい匂いがする。
ソリスが俺の枕元へ腰かけると、俺の額に手を触れてきた。彼女の手は温かく、今の俺としてはひんやりしていてほしいところではあるが、何より安心感があった。
「無理してたのね、リドゥ。よく考えればギルドに入ってからこっち、ずっと動きっぱなしだったもんね。剣も持ったことなかったのによく頑張って来たわ」
言われてみれば、と思い返す。俺の元々の体は貧弱で熱や風邪なんてしょっちゅうだった。
それを思えば長らく体調を崩さずにいられたのは、俺にとってあり得ないことだ。風邪を引いて、改めて健康体の素晴らしさをを実感した。
「リドゥ、少し診るよ」
荷物を持って戻ってきたルーンが俺の顔をいじり始めた。
目や鼻を覗き、口を開かせられる。装備を全部取られ、寝間着のような格好にされるついでに、彼は心臓の音を聞いていた。
「うん、風邪みたいだね。良かった、なにか大変な病気だったらどうしようかと思ったよ」
「アタシが確信してたわよ、ただの風邪だって」
「なんでわかんのさ、そんなこと」
「だってリドゥここ一か月くらいずっと思いつめた顔してたし。無理してなんかしようとしてんのが丸わかりだったでしょ」
じとり、と彼女が俺を見下ろした。それを聞いてルーンも確かに、と呟いていた。
……顔に出てたのか、俺は。
「何をしたかったのかは知らないけど、無理しすぎなのよ。アタシ達をちゃんと頼りなさい」
ソリスが再び俺の額に手を置いた。前髪を梳くように彼女の指が通ると、とても心地の良い気分になった。
「ああ、ありがとう……」
俺は二人の言葉にそう返した。
二人を頼っていないつもりはない。なんなら俺に出来ないことの方が多いわけで、それを二人に丸投げしていることばかりだ。
だが、確かに。秘密を抱えているという意味では二人からしてみれば何か違和感があるのは確かだろう。
世界への影響値が大きく変動することが分かった今、俺の力のことは話せない。あの時の二人のような関係は、もう作ることが出来ない。
俺のことを覚えてくれている存在は。いってらっしゃいと俺を見送ってくれた存在は。俺を迎えてくれる存在は、どこにもいない。
「……少し、眠るよ」
瞼が重い。俺が告げると二人が微笑んだ。
「ええ、そうしなさい。後でお母さんに消化にいいものでも作ってもらうわ」
「ふふ、母さんなんだ。ソリスは作らないんだね」
「作らないわよ。メーネにも怒られちゃうわ」
「はは、そうだね」
体が弱ると気分が落ち込んでくる。普段は考えないようにしていることが頭の奥から次々と湧いてきて、心底暗い気分になってくる。
今はただ、眠い。
ソリスの手の感触に泣きそうな程寂しくなりながら、俺は目を閉じた。




