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084 変動


「あはは、すごく似合ってるよソリス」

「うぅ~~~! ステラも意地悪よね! こんな……こんな格好で性能がいいなんて!!」

「こんな格好って……可愛い格好って素直に言いなよ。大丈夫、ちゃんと似合ってるから。リドゥもそう思うだろ?」

「…………」


 俺は砂漠の街、シフトにいた。

 昨日はステラから装備を貰い、今日から新防具で冒険をすることにした。とりあえず慣らしの訓練が必要だろうと、軽い依頼を受けるつもりでギルドに集まっている。

 賑わうギルド。俺たちはいつものようにテーブルに付き、各々好きな飲み物を飲んでいた。


「リドゥ?」


 俺の様子を見て、ルーンが声を掛けてきた。

 俺はハッとして彼の方を見る。心配そうというか、何とも不思議そうに二人が首を傾げていた。


「ああ、えっと。なんだっけ」

「ソリスの装備だよ。可愛いよね? って」

「あーうん! そうだったそうだった。うん、すごく似合ってて可愛い」

「だよねー」

「や、やめなさいよアンタたち……」


 ソリスがもじもじとしてスカートの裾を掴んでいた。彼女は照れを隠すように、ぐいと紅茶を飲み干し、おかわりを注ぎに行った。

 残された俺たちもコーヒーを口に運ぶ。ルーンが苦そうに眉を歪め、角砂糖を三つ程足した。


「どうしたの? リドゥ。なんか様子おかしいね」


 ルーンは俺の様子を見て不思議そうに首を傾げた。


「話したいことがあるんだ」


 俺は意を決して言った。

 ソリスはまだ帰ってこない。彼女に話すとなると戦闘になり、少し覚悟が必要になる。

 先にルーンに話すことに決めた。


「なに?」

「俺の力について二人に黙ってたことがあるんだ」

「リドゥの力……?」

「ああ、実はやり直しの力が――」


 と、言いかけて気付く。

 青い画面が勝手に表示されている。


「やり直しの力……?」


 俺はその画面に書かれた文字に驚愕する。

 ルーンが聞き返してくるが、そんな余裕はなかった。


『警告。他者へ祝福に関する情報を開示する際、対象によって世界への影響値が加算されます。対象、ルーン・ティミドゥス。開示後の影響値0.83』


「0.83!?」


 俺は机を叩いた。

 急に大声を出したことにより、ルーンが飛び跳ねて驚いている。


「ご、ごめん。ルーン、少し待ってくれ」

「う、うん……いいけど」


 俺は画面の言葉を読む。

 対象によって、という内容はどうやらこの祝福の力をどの程度効率的に扱えるかが影響するらしい。0.83という値はかなり大きい。俺がステラを助けるために練術を習った時点では0.10だったはずだ。

 初めてやり直しをして肉体が強化された頃、あれで確か0.46だ。その時点で村のマドンナであるエレナの人生が大変なことになっていた。

 そしてルーンに祝福を教えるだけで0.83にまで変動する。これは大変な数値じゃないのか……!?

 それに、こんな警告文、未来で俺は見ていない……。


「いや、待て。そういえば未来で警告文を俺は見ていたぞ」


 それは俺がまだ認識阻害の魔法に掛けられていた時、俺はそのせいで警告文に対して警戒を抱けなくなっていた。

 その記憶を思い出すと、当時画面に描かれていた内容を俺は鮮明に思い出すことが出来た。その時の値も0.83だ。

 やはり、数値がデカすぎる。


「ダメだ、話せない」

「え、リドゥ何を」

「二人に話したら未来に何が起きるかわからない!!」


 胸の奥がギリリと痛む。目の奥が熱くなり、視界が滲んでくる。

 俺は俺の力を話した二人にもう一度会えると思っていた。だが、影響値と言う謎の数値が変動しすぎる。過去の経験から考えても、この数値の変化は看過できない。

 俺は、俺は。


「俺は二人に話せないんだよ!!」

「リドゥ、どうしたんだ!」


 ルーンが俺の肩を掴む。

 その瞳にはこちらの様子を案ずる感情が見て取れた。俺は自分のことに集中し過ぎた。心配をかけてしまった。

 だが。


「ごめん、ルーン」

「君は一体何を隠しているんだ! 僕らに話せないことなのか!」


 指を振り、画面を操作する。


「その動きは何だ……何かを操作している……? リドゥが僕に話そうとして、話せないこと。未来に何が起きるかわからないという言葉。そして今までリドゥを見てきて不思議だと思っていたこと……! 君は、君はまさか――」


 今よりほんの数分前の画像を探す。


「君は、時間をやり直している……?」


 ルーンが呟く。

 光が溢れる。






 二人に俺の力を話せない。

 今までだって隠していたが、それには明確な理由があるわけではなかった。未来のソリスの言葉を借りるなら「こんな力があるのに自分はすごくない」という自信のなさからだったかもしれない。

 だが今は違う。俺の力を話すことで世界へ多大な影響を与えることを知ってしまった。その数値の変化によって何が起きるかわからない。

 それを試す方法は未来のルーンから少し教えてもらった気がする。何を犠牲にしてでも情報を得る、効率の良い方法を彼は提示してくれていた。

 だけど俺は試せない。その理由が画面の中にあった。


『貴方は他者より祝福の使い方を学びました。その結果、世界への影響値が変動します』


「0.18……」


 俺が健康な体を手に入れた世界が0.02。練術を手に入れた世界が0.10だったことを踏まえると、この変化は相当に大きいことに感じる。

 世界の全貌を俺はまだ知らない。だからこの世界に影響を与えてよいのか悪いのか、その判断がつかない。

 全く見も知らない誰かの人生を俺が知らないうちに悪化させていたらと考えると、その恐ろしさに心の芯から凍えそうになる。


「俺は世界を知らない。知らなさすぎる」


 ならば。

 やることは依然変わらない。

 俺は俺の影響を及ぼす範囲を知るために世界を知らなければならない。そして俺が取り得る選択肢の中で最も効率が良いのは、ソリスとルーンと旅をすることだ。

 この力を知っていた存在がいる。魔王の配下だったあの悪魔だ。

 俺はどうやら女神の転生者と呼ばれる存在らしく魔大陸、ひいては魔王について知らなければならない。きっとその存在こそが俺の力に関するものだろうから。


「……」


 拳を固く握る。

 魔王について、いよいよ他人事ではなくなった。だが、覚悟は決めるつもりだった。

 ソリスと一緒にいる限り、その先に魔王があるのは分かっていたからだ。

 俺は固く握った拳を額に当てて目を瞑る。頭が重い。心が泥の中をもがくように苦しい。

 魔王のことなんか俺の心の障害にならない。


「二人には話せない……」


 その事実が、何よりも俺の心を重くしていた。



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