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083 メーネの奇跡


 ルーンが結晶に振り返り、話の続きをし始める。


「ということは、この結晶をどうするかを僕たちは試さないといけないわけだ」

「そうね。これがここにある限り、街はいつまでも悪魔の脅威に晒され続けることになる」


 ルーンとソリスはそれぞれの発言に意見を重ねる。

 俺も頷いたが、俺はソリスの意図を感じていた。言外に、もしやり直しをする時の為の想定をしていることが伝わった。


「試すことが二つあるわ。結晶をこの場所から移動させた時点で悪魔が現れないか。移動先で結晶を破壊した際に悪魔がどこに召喚されるか」

「そうだね。召喚先がこの土地に紐づいていたら、結晶をどうにかしただけじゃダメだ」

「俺がやり直してそれを試せばいいんだな」


 結晶を移動か……軽く持ち上げようとしてみたが、そうそう持ち上がるものではなさそうだった。万一持ち上げられたとしても、それを長距離運ぶのは骨が折れる。



「物質転移、って出来ないの?」

「ワープってことだよね。転移魔法そのものは使えないけど、色んな魔法を使えばそれに近いことは出来るよ。結晶は割と丈夫みたいだし、物を運ぶ分には平気な魔法がある」

「じゃあそれを使って、万一悪魔が現れても影響の少なそうな場所に捨てるのが一番かしらね」

「場所の候補、どこかあるかい? 出来る事なら魔大陸に捨ててしまいたいけどね……流石に無理だから、こっちの方でどこかいい場所」

「少し考えるわ。転移魔法を使う時、アタシはどうすればいい?」

「マーキングがあった方が便利なんだ。ソリスには候補地に行って僕のマーキングを置いてきてほしい」

「オッケー」


 二人がポンポンと話していくので口を挟むタイミングがない。


「リドゥはアタシに付いて来なさい。その先で破壊とか試すから。少し日数が掛かるかもしれないけど、アンタがやり直せば実質ないみたいなもんでしょ?」

「わかった。……二人は俺がやり直した後はそう思うかもしれないけど、俺は経験としてはしっかり残るから、普通に大変なのは大変なんだけどな」

「ふふ、頑張んなさい」


 ソリスがポンと俺の背中を叩いた。



 一週間後、俺たちはギルク山脈の麓にいた。

 魔大陸とこちら側を仕切る山脈。大陸を縦断するその連山の麓は強力な魔物も多く、人はほとんど住み着かない。

 俺とソリスはそこまでを駆け抜け、候補地を絞る。

 ギクル連山を少しだけ登り、少し開けた場所に出る。そこで立ち止まると、ソリスが振り向いた。


「この辺りにするわよ。リドゥ、一旦ルーンに伝えてきて」

「ちょ、ちょっと待って……走りっぱなしで体力が」

「どうせやり直せば疲れなんて関係なくなるんでしょ?」


 彼女は腰に手を当て、清々しい表情で景色を眺めている。俺は彼女の言葉に膝をつくと、受け身も取らずに前へ倒れた。

 二日ずつだ。ソリスが睡眠を取るのは二日に一度。それまでは食事程度の軽い休憩はありつつも、それ以外はほとんど休む間もなく走り続けていた。

 俺なんて練術をフルに使用してやっとついていくというのに、ソリスは素の身体能力のみでそれをやってのけるから恐ろしい。


「じゃあ、いってくる」

「いってらっしゃーい」


 俺は地面に突っ伏して画面を取り出して画像を探す。

 やり直しの力について、彼らとの連絡手段を決めたのだ。現在の様子を見た後過去へ戻る。そこで状況を伝えて現在へ戻る。すると、過去で伝えた状況を共有したまま、現在に帰って来られることがわかった。

 画像を探し出し、そこに触れる。

 光が溢れる。


「ルーン。一週間後の昼頃だ。その頃に合図を出すよ」


 時は遡り、一週間前。結晶を前にした俺たちは未だ地下の部屋に居り、まだ出発の準備もしていない。


「わかった。場所はどの辺り?」

「南西に行ったギクル連山の麓。ソリスと二人で走ってそこに決めた」

「なるほどね。……それにしても、一週間か。もしかして走りっぱなし?」

「……うん。めちゃくちゃキツかった。全然眠る時間くれないし」


 俺が小さく呟くとルーンが声を上げて笑った。


「一週間ってことは三回くらい寝たんでしょ? 大丈夫じゃない?」

「「いや、それはソリスだけだ」」


 とか。

 少し雑談をしてから俺は再び画面を開く。

 光が溢れる。


「はぁ、はぁ、はぁ……! こっちの体はキツイなぁっ!!」


 一週間が進み、ギクル連山の中頃。俺は地面に突っ伏したまま叫んだ。

 疲労が全身を覆い、立ち上がれない。過去や未来に疲れを持ち越さないが、その時間での体調は当然変わらない。

 さっきまで出発前の元気な体だったこともあり、そのギャップがかなりきつい。


「あ、帰ってきたのね。始めるわよ?」

「待って! 少しだけでいいから休ませてください!!」

「えー」


 不満そうなソリスに頼み込み、俺は十分程時間を頂く。

 ほんの少しだけ体力が戻ったのを見届けると、ソリスは魔法陣の書いた紙を二枚取り出し、片方を破り捨て、もう片方を地面に置いた。

 破った方がルーンに所在地を教える魔法で、地面に置いた場所に物が運ばれてくるらしい。


「来たわよ」


 ソリスが北東の空を指さす。

 彼女が行ってから数秒後、光の玉が物凄い速度で俺たちの頭上まで飛んで来て、魔法陣の上でピタリと止まる。

 それが強い輝きを放ったかと思うと、ドンと結晶に姿を変えた。


「これ、転移魔法じゃないのか」

「違う、ってルーンは言うわね。なんか物を浮かす魔法と、姿を変える魔法と、発射と着地と、なんか色々混ぜてるだけだーって。アタシたちには転移魔法にしか見えないわよね」

「うん」


 ルーンが出発前にソリスに語っていたのを思い出す。

 俺たちが全く理解する様子を見せないので、悲しそうに眉を下げていた。

 ソリスがもう一枚の紙を取り出す。……数分待ったが変化がない。


「ってことは大丈夫かしらね。異常が発生したら燃えるらしいし」

「そうみたいだ。……じゃあ壊すよ」

「ええ」


 ソリスと俺は剣を抜く。

 お互いに目を合わせると、一気に特攻する。

 ソリスの一撃で結晶の大半にヒビが入り、俺がその隙間に練術を最大限流し込んだ剣を突きたてる。

 いとも簡単に結晶が砕けたので、俺たちは即座に退避する。


「――あァ? 結晶が破壊されたから来てみれば……どこだァここは」


 悪魔が現れた。

 俺はすぐに画面に触れる。

 光が溢れる。


「悪魔は結晶のところに現れた」


 一週間前に遡り、地下室。


「ということは、僕たちがやるべきことは結晶を安全な場所に隠すことだね」

「現状はそこまでかしらね。あとはアタシたちが強くなって、その悪魔ってのを倒せるようになるだけよ」

「ははは、そうだね」


 ソリスの前向き過ぎる発言にルーンが笑った。

 俺だけが苦い笑みを浮かべている。二人は悪魔の恐ろしさを知らず、俺だけが知っている。どうしてもその小さな差が俺たちの間にはある。


「リドゥ」


 ソリスが改まって俺に振り返る。


「アタシたちに出来るのはここまでよ。後はアンタが選択しなさい」

「……うん」


 遂にこの時が来た。

 俺が選ばなければならない時間が。


「ルーンがやり直しを選んだ時に取るべき行動を教えてくれたわね。アンタはそれに沿って上手く動きなさい」

「うん」

「勿論このままこの時間を選んでもくれても構わないわ。むしろ、アタシたちとしてはその方が有難いとさえ思っている」

「……うん」

「アタシたちにとって今が本当の運命。家族を失って、故郷も壊された。だけど良いこともあった。アンタのことを一番理解出来た自信があるわ」


 ソリスの言葉にルーンも頷いている。

 多くを失った二人。それでも俺を理解できたことを成果として認めてくれている。


「アンタがどちらを選んでもアタシたちは尊重する。……なんて別れの言葉、もしかしたら聞き飽きたかしらね」

「未来でも僕たちは同じこと言うだろうしねえ」

「ふふ、そうよね」


 二人が笑い合う。

 聞き飽きることなんてない。俺にとって目の前にいる二人が絶対に今のソリスとルーンであって、これからやり直した先にいる二人とは違うという感覚がある。

 だから悪魔から逃げる為に別れるのが悲しかったし、今だってとても寂しい。

 でも、それでも。


「別れの言葉は言わないわ、リドゥ」

「そうだね。僕たちにそんなものいらない。どの時間にいたって、僕たちはずっと変わらない、君の仲間だ」

「……うん」


 ソリスとルーンがそれぞれ俺の手を掴んだ。

 その時。


「リ、ドゥ……?」


 可愛らしい少女の声が響いた。


「リドゥ……?」

「この声は……」


 俺たちは周囲を見回す。

 地下室の机の上に寝かせていた少女が、上半身を上げてこちらを見ている。


「メーネ……!?」

「メーネ!!」


 死体の少女は、確かに起き上がっていた。

 生命反応は感じさせない。だが、確実に動いている。

 その姿を見た俺たちは彼女の元へ駆け寄った。


「メーネ、アンタ、動けるのっ?」

「……」


 ソリスが少女の手を掴み、じっと見つめた。そして彼女は涙をこぼす。

 その手の温度から、確実に少女が生きていないことを痛感しているのだろう。それでも彼女は優しく握った。


「お姉……ちゃ……」

「メーネ!!」


 メーネが返事をした。俺の名前を呼んだ時と違う。

 明らかに彼女の意識が帰ってきている。

 ソリスはぐっと彼女を抱き締めた。


「ごめんねメーネ!! お姉ちゃん、アンタがこんな辛い目に遭ってる時に助けに来れなかった! ごめんね!」

「お姉ちゃ……いい……よ……」


 その光景に涙が溢れる。隣を見るとルーンも涙を拭いていた。


「奇跡だよ、リドゥ。君は最後に、奇跡を起こしてくれた」

「お兄ちゃ……」

「お兄ちゃんだよ、メーネ」


 ソリスに抱き締められたまま死体の少女は手を伸ばした。

 ルーンはその手を優しく取ると、慈愛に満ちた声で返事をした。


「ごめんねメーネ……!」

「いい……よ……ありが……と……」


 少女はぽつりぽつりと話す。

 それは二人を呼ぶことと、礼の言葉、それと赦しの言葉のみだった。

 だけど、それだけで俺たちの心はいくらか救われた気分だった。


「リ、ドゥ……?」


 少女が俺を見る。


「ああ、俺はリドゥ。君のお姉ちゃんとお兄ちゃんの仲間なんだ」

「ありが、とリ、ドゥ……」

「……ああ」


 メーネの手を再び握った。冷たくて固い、悲しい手。


「俺……やっぱり行くよ」


 俺は三人に向かって言った。

 ソリスとルーンはぐしゃぐしゃの顔のままこちらを見て、涙を拭いた。

 ソリスの手はメーネと繋がれたままだった。


「辛い旅になるかもしれない。だけど、やっぱり変えたいんだ」

「……そ」


 ルーンとソリスが再び俺に手を出した。そこにメーネの手も差し出される。

 俺はそれを握り返す。

 だが、それも少ししてゆっくり離す。その行動だけで、二人には俺の意志が伝わったようだった。

 一歩下がると、三人が俺の顔をじっと見つめていた。


「じゃあ、言える言葉はこれしかないわね」

「ああ、そうだね」


 俺は指を振って画面を取り出す。

 ずっと前まで時間を戻し、ある時間で画像を止める。

 三人は俺を見て笑顔を浮かべていた。


「「いってらっしゃい、リドゥ」」


 いつかの二人と同様。目の前の二人が俺に告げた。

 光が溢れる。



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