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082 事態収拾へ向けて


「魔の導き……!」


 俺は目を開く。

 地下の広間を抜けた先、死体の大量に保管された部屋。禍々しい結晶の置かれた部屋。三人の男たちと俺は対峙していた。

 腕の中ではメーネが俺から抜け出そうともがいている。


「お前らの相手は二人がする……!」

「少年。お前は一体何を言っている」

「そうだ! お前はここで俺たちが殺す! 雷撃魔法、ギガライトニング!」


 男の内二人が結晶に手を当てて大規模な魔法を繰り出す。

 詠唱不要でこの威力。魔炎を内包しているらしいことからも、やはりこの結晶は脅威だ。


「メーネ、ごめん。守ってくれ」

「ブラックウインド」


 俺はメーネを相手の方へ向けると、彼女の自衛の魔法を利用する。

 メーネの状態もどうにかしてやらなければならない。確か、練術を通した時に効果があったはずだ……。


「強襲。油断しているとその首を刎ねるぞ」

「邪魔するな!」


 死霊術師のリーダー格が杖をこちらに振りかざす。

 俺は練術を使用し、身体能力を高めそれを避ける。俺の元居た場所が大きくへこみ、中々の攻撃を仕掛けられていたことを知る。

 しかしそれがどうした。当たらなければどうということはない。


「練術……!」


 俺の体から光が発せられる。

 強化された身体能力を駆使して縦横無尽に駆け回る。


「ちょこまかと!」


 男たちがうざったそうに怒鳴る。魔法を連発してくるが当たらない。しかも周囲を巻き込みたくないのか、威力もかなり抑えられていることが窺える。

 俺は時間を稼ぎながらメーネの体に練術を流し込む。


「……っ」


 微かに。僅かに。

 ほんの少しだけだが、メーネが反応した。

 俺は動き回っているのとは別の集中力に、額の汗を拭う。

 人の体に練術を流し込んだ経験はほとんどない。アスラの体から魔炎を追い出すのに使ったのが唯一だ。

 あの時は彼の体がかなり丈夫だったこともあり遠慮なしに気を送り込んでいたが、今は遺体とは言え少女の体。

 その許容値は剣よりはマシという程度で、決してぞんざいに扱えるものではない。


「リドゥ!」


 やがて、ソリスが部屋の中に飛び込んで来た。

 相当な勢いだったらしく、地面には彼女のブーツとの摩擦痕が残っているほどだ。

 唐突な来訪者に死霊術師たちはギョッとしてそちらを見た。


「……なるほどね」


 壁や天井を蹴り、部屋を駆けまわる俺。結晶に手を触れている男たちと、リーダー格の男。

 部屋の中をぐるりと見回したソリスは、瞳の奥に宿る憎悪の炎を燃え上がらせた。

 この時間のソリスはメーネを斬ってまで真相を突き止めようとしていた。そしてその意志は未だ宿っており、黒幕と思しき連中を見付け敵意を露わにしている。

 彼女が剣に手をかけるのを察知した俺は慌てて叫ぶ。


「ソリス! 結晶は壊すな! 魔の導きだけを無力化してくれ!」


 俺の声にソリスはこちらを見ると、目を丸くして俺を見つめた。その瞳の炎が少しだけ弱まった。


「やり直してきた後って訳ね、アンタ。……何があったかは知らないけど、メーネは頼んだわよ」

「ああ、任せてくれ。俺は外に出てルーンを呼んでくる」

「ここはアタシに任せなさい……お疲れ様」

「?」


 死霊術師たちがソリスに視線を集めている隙に、俺は部屋を脱出する。出る間際に掛けられた労いの言葉に首を傾げたが、真っすぐルーンを目指す。

 後ろから男たちの叫びと、魔法が炸裂する音が聞こえたが、やがてそれは彼らの悲鳴に置き換わっていた。


「リドゥ……メーネを僕たちに渡す気になったのかい……?」


 ルーンの元へ行くと、彼は依然として暗い眼のまま俯いていた。

 首を振る。


「ルーン! 知恵を貸してくれ!」

「! ……未来で何か見て来たんだね」


 声を掛けると彼はこちらを目だけでちらと見ると、一瞬俺の顔を見て目を丸くした。そして少しだけ微笑み、顔を上げた。


「ああ、メーネのことは傷付けなくていい。黒幕は見てきた。あっちに部屋があるから、その中の結晶を調べてほしい」

「そうか……そうか。それは、良かった」


 彼は何度も、ゆっくりと頷くと俺の指さした方へ歩いていく。


「メーネは君に任せればいいんだね」

「ああ、少しかかるかもしれないけど。ほんの少しだけ良い形に出来るかもしれないから」

「わかった、頼むよ。……リドゥ、お疲れ様」


 まただ。

 ルーンの言葉に問いを投げかける前に、彼は走って行ってしまう。

 取り残された俺は首を傾げ、練術を更に使用する。

 メーネの顔が少しだけ赤らんでくる。生き返っているわけではない。依然として心臓は止まっており、その体は死を宿している。死人を蘇らせ使役するという、邪悪な死霊術で動いているだけだ。

 しかしその魔法の影響か、彼女の体に生命エネルギーを送り込むと、それが少しだけ蓄積されていくのを感じる。


「! メーネ!」

「……」


 少女の瞳に光が宿る。今までの虚ろな目ではなく、そこに確かな意思を感じた。

 彼女はモゾリと動く。その動きに危険なものは感じない。俺は彼女が何かをしようとするのを黙って見守る。

 メーネはゆっくりと手を動かす。何か触感を確かめるように握ったり開いたりした後、その手は俺の頬に触れる。

 冷たくて、悲しい温度だったが、なにか温かな意思も感じた。子供をあやすような、優しい手つきのように。彼女は俺の頬を拭った。


「……ああ、これを見て二人は」


 メーネの動きに、俺は二人の謎の労いの意味を知った。

 彼女の冷たい手は、俺の涙の跡をなぞっていた。

 知らないうちに流していた涙に、そしてそれに気付かないで必死に動く俺に、彼らは未来で起きたことを想像したのだろう。


「メーネ、ありがとう」


 死体の少女は練術により少しだけ意思を取り戻していた。

 俺はその優しくて冷たい手を握ると、彼女を抱いたまま二人の待つ部屋へ向かう。





「彼らの記憶を少しだけ抜き取った」


 ルーンが魔の導きの連中から手を離し、俺に告げた。

 そんなことまで出来るのか、と感心したが声には出さないでおいた。

 今回何度目かのルーンの悲し気な目に、決して喜ばしい報告があるわけではないことが分かっていたからだ。


「事件が起きたのは約二週間前だ。この魔の導きたちは魔炎の収集を目的にエスクの街に来ていた」


 ルーンは続ける。


「魔炎の生成方法は人々に小さな魔炎を与える。それが怒りや悲しみ、とにかく負の感情を呼び起こし共鳴するらしい。そしてその感情が高まった時、魔炎に焼かれた人達が新たな魔炎を生み出す……」

「……許せないわね」


 ソリスが言う。俺は黙って頷き、続きを促した。


「手始めに南区が標的になったらしい。それ以外の市民には認識阻害の魔法を掛けて、事を荒立てないようにすることにしたようだ」


 大規模な魔法になるが、結晶の力を使えば可能だったようだ。


「まず魔炎をばら撒く。そして恐怖を煽り殺害する。……死んだ人間を死霊術で蘇らせ、手駒を増やす。これが彼らにとって、効率の良い魔炎を収集する方法らしい」

「確かに効率的ね……。アタシの怒りを買うこと以外、非の打ち所がないわ」

「そうだね……。そしてその中でメーネが見つかった」


 彼らは言っていた。他の死体ではこうはならないと。


「僕たちも気付いていなかったけど、メーネには膨大な魔力が内包されてるらしい。人は死ぬとその魔力の多くを失うけど、それでも有り余るほどの魔力をメーネは持っていたんだね……」

「……まあ、薄々そんな気はしてたわよ。メーネの体はあまり強くなかったけど、言われてみればなんというか。いつもパンク寸前な風に見えていたわね」

「……そうだね。僕たちはそれに気付けてなかった。死霊術師として都合が良かったのは、死体になればどれだけの傷を負っても関係のないことだ。遠隔操作で魔法を使用させ、メーネの体は魔力の反動でダメージを受ける。だけどもう死んで……死んで、いるから。関係ない」

「ルーン、無理して話さなくていい」


 彼は言葉を詰まらせていた。

 目には大粒の涙を浮かべている。


「大丈夫。そして彼らは魔炎の収集とメーネの体の実験を始める。標的が西区に変わったのもそこからだ。遠隔操作の精度、自動防御の術式を組み込んで、ある程度自己判断出来る程度に脳を再利用しているのが、僕らが初めて見た時のメーネの状態だった」

「それを練術で上書きし、大人しくさせたのが今のメーネと言うわけか」


 ルーンは頷いた。

 彼は優し気に妹の髪を撫でた。度重なる破壊魔法の衝撃で少し焦げたり、痛みの激しい髪だったが、それでも彼は愛しそうに撫でていた。


「この結晶についてだけど、魔炎を魔力に変換する力と魔炎をどこかに転送する機能。それと何者かの召喚術式が組み込まれているところまではわかった」

「すごいなルーン……。そう、俺が壊すなと言ったのはその召喚術式の方だ」

「説明しなさいよ、リドゥ。アンタが未来で何を見て来たのか」


 俺は頷いて話し始める。

 結晶を破壊したこと。それから悪魔が現れたこと。俺たちはその悪魔に傷一つ負わせられなかったこと。

 そして、情報を集めた後、二人と別れたこと。


「……そう。アタシたちはそんなことを」

「そっか……」


 二人が俺に告げたこと。それを聞いてソリスとルーンは神妙な顔をした。


「今の僕たちも同じ気持ちだ。君が僕たちからメーネを守ってくれた。家族を傷付けずに済んだこと……ほんの少しだけど、メーネの意識が救われたこと。僕は本当に感謝している。ありがとう」

「アタシも。多くは言わないわ、ありがとう。リドゥ」

「うん」


 俺たちは少し顔を見合わせる。お互いに頷き合うと、少しだけ可笑しな気分になり笑いあった。


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