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076 VSソリス


「らあああああああああ!!」


 小屋へ到着すると、既に認識阻害の解けている俺たちには落とし戸がはっきり見えていた。

 ソリスはそれを見た瞬間、剣を抜き、叩き壊す。激しい音を立てて床が崩壊すると、ぼっかりと空いた穴に地下通路が現れた。

 舞い上がった埃を防ごうと腕で顔を覆う。しかし俺がそうしている間にも、二人は物凄い速度で地下通路を駆け抜けていく。


「練術……!」


 身体を強化して俺も後を追う。

 直ぐに広間へと到着し、その奥からの魔法を二人が防いでいた。


「ソリス」

「わかったわ」


 ルーンが小さく呼ぶ。それだけでソリスは剣を抜き走り始める。

 奥から嵐のようにやって来る炎、雷、氷。それぞれをルーンが対抗する魔法で相殺していく。

 恐ろしいまでの連携。二人が姉弟同然と公言するだけはある。ソリスは一切ペースを落とさない。剣を携えたまま走り、ルーンが魔法を処理することに絶対的な信頼を置いている。

 俺もソリスの後を追う。剣を抜いていない分だけほんの少しだけ俺の方が速く走れているが、それでもソリスに追いつかない。


「見付けた」


 彼女が呟く。

 ローブの奥から、明らかに死体であることを窺わせるメーネがこちらに向かって呪文を唱えている。

 ソリスは記憶の中で、メーネがこの状態であることを思い出していた。だから、直に自分の目で認識したのは今が初めてだった。

 そしてそれが俺とソリスの違いだった。彼女はほんの一瞬、いや一瞬とも言えない程短い時間だけ動揺を見せた。


「メーネ……!!」


 低く、苦しそうな声でソリスは妹の名を呼んだ。

 右足で深く踏み込み、一気に距離を詰める。頭を叩き割るつもりなのか、大きく剣を振りかぶりメーネの上空から急襲する。

 メーネの魔法は間に合わない。彼女の頭部が砕かれるのは、誰にとっても明らかだった。

 だが――。


「――させない」

「!?」


 俺はメーネの前へ飛び出して、背中に彼女を隠す。

 ソリスが目を見開いてこちらを見ている。

 既に振り下ろされた剣は勢いを殺さず、俺の頭部へ落ちてくる。

 今回は間に合わない。即死だけはしないように全力で頭部を守り、彼女の刃の軌道を目で追う。


「アンタ、まさか!」

「その通りだよ!! ――ぐぁあああああああああ!!」


 俺の右腕がいとも簡単に切断され、左腕の真ん中で剣が止まる。両腕を切られたら致命的だったが、なんとか片腕で済んだな、と呑気に考えていた。

 飛び込む前に既に画面は開いている。無いはずの右手で思わず触れようとしてしまったが、無事に画面が触れられた。

 この発見は大きい。腕を失っても操作が出来るんだ。


「ソリス、お前の好きなようにはさせない」

「リドゥ、リドゥウウウウウ!!」


 ソリスが俺へ手を伸ばして叫ぶ。

 そこにどういう感情があるのか、恐らく彼女にもわかっていないだろう。

 俺はその様子に頬が引きあがるのを感じる。出し抜いてやった、というのが正直なところだったかもしれない。

 彼女が俺の腕を掴む。激痛に顔を歪めてしまう。

 光が溢れる。


「アンタ、まさか!」


 俺はメーネの前に踊りだすと、今度は両手を頭の上に構えた。

 刃の軌道は先程見た。タイミングを合わせて、後は捕らえるだけだ。


「ぐっ!!」


 タイミングが合わず、俺の指が数本弾け飛んだ。


「リドゥ!!」


 先程と同じように、彼女はこちらへ手を伸ばす。

 俺は無くなった指で画面に触れる。


「負けないからな」

「!!」


 俺が呟くと、ソリスは心底驚いたように目を開いていた。

 光が溢れる。


「ああああああ――!!」


 タイミングが合わない。

 掌の肉が削ぎ落され、俺の頭蓋骨にソリスの剣が叩き込まれる。

 死ぬ前にやり直せ。

 光が溢れる。


「ぐうううう!!」


 やはりタイミングが合わない。ほんの一瞬、一ミリなんてレベルじゃない。小数点以下のズレで失敗する。

 痛みの記憶は俺に二の足を踏ませようとするが、構ってなんていられない。

 捨てさせるわけにはいかないのだ。俺はソリスに、何も捨てさせたくないから。

 ソリスにやり直しをさせられるのは既に経験済み。127回なんて苦でもない。

 とにかく一回。まぐれでいい。数百分の一か数万分の一か。たった一回成功するまで俺は何度も何度もやり直す。

 光が溢れる。


「アンタ、まさか!」

「ッ!!」


 そして遂にその時が来る。俺の手はソリスの刃を止めていた。

 白刃取り。これが成功するのを、俺はずっと待っていた。


「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 思わず声を上げる。そしてそのまま刃を捻ると、ソリスの体ごと地面に叩きつける。


「何回、やり直したのよ、アンタ!」


 地面に手を付いてソリスがこちらを睨む。珍しい図だ。彼女が這いつくばって俺を恨めしそうに睨んでいる。

 俺はなんだか楽しくなって笑顔になってくる。


「五百回からは数えてねえ!」

「ご……! そうまでして……!」


 ソリスがこちらに向かって飛び掛かる。

 直後に背後からもメーネの攻撃が飛んできた。

 挟み撃ちになった俺はソリスの方へ跳び、彼女の腕を掴もうとするが、それもまた上手く掴めない。

 彼女にタックルを食らい仰け反ると、背後からの雷撃魔法に体が貫かれた。


「アアアアアアアッ!」


 意識が急速に薄れていく。

 ソリスがそのまま俺の腹を抱え、頭から地面に叩きつける。

 俺の体はダメージの許容値を超え、暗転。気を失ってしまった。


「……!!」


 目を開くとそこには胴体を真っ二つにされたメーネがいた。

 そしてそれを見下ろすようにソリスが立っている。肩で息をしながら、自身に湧いた動揺を抑え付けているようだった。

 俺が意識を失っていたのはたかだか数十秒のはず。しかし、こんな結末を迎えてしまった。


「させ……ない!」


 俺のうめき声がソリスに届いたらしかった。彼女はこちらへ歩み寄り、俺の手を掴もうとする。

 それより一瞬だけ早く指が画面に触れた。


「やめなさいよ……! アタシはこれでいいのよ……!!」


 彼女がそう呟いた。

 光が溢れる。



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