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073 認識阻害の影響


 次の日、俺たちは西区へ来ていた。今朝、ある程度精神の落ち着いたルーンによりソリスは回復魔法を掛けられ、傷はすべて癒えた。

 メーネの方はルーンの魔法、シャッドによって追跡が可能であり、瓦礫の中を進み、途中『何故か柔らかい地面』を踏みながらどんどん街の端へと行く。

 やがて街を出て、平原を超えて森の中へ入っていく。随分距離が遠い。これだけ歩いているのにまだ到着しないことも驚きだが、その範囲を終える魔法がいかに凄いかと俺は驚きっぱなしだった。


「少しここで待機しよう。目的地までは凡そ五分。もうそこまで来ている」

「この先って言ったら……西の廃屋がなかったかしら」

「そうだね。僕たちにとっては庭も同然の山や森だ。遊び慣れたあの小屋に多分メーネはいる」


 俺たちは木の根に腰かけて休憩する。

 昨日中に俺の祝福に付いての概要は一通り話した。流石に実年齢30歳だというのは少し恥ずかしくて言えなかったのだが、未来に行ける事、自由に過去へ戻れること、その移動の仕方などは話してある。


「リドゥ、君にとってもここをセーブポイントにしてほしい。僕の指示で間違いが起きたり、万一メーネを傷つけることがあったらすぐにやり直して忠告してくれ」

「わかった」


 ルーンの言葉に頷くと、青い画面が浮き上がる。邪魔だったので、すぐに消す。


「今の動きは?」

「ああ、例の画面ってやつだよ。『どうせ大したことは書いてないし』今は気にしなくていいよ」

「そうか。僕たちには何にも見えなかったや」

「そうね。不思議だわ」


 と、話しているとソリスが石を投げてくる。

 突然のことに顔面でそれを受けると、ソリスが悪戯が成功したように笑った。


「な、何するんだよ!」

「アハハ! アンタまだ一回目なのね! 避けられたら面白いなと思って投げてみたのよ」

「ソリス……怪我がないからいいけど、あんまり悪戯しちゃダメだよ」

「びっくりするからやめてくれ」

「あは、ごめんねリドゥ」


 彼女が両手を合わせてウインクする。その姿が可愛かったのでもう一度見たくなったが、やり直しはしないでおいた。

 その様子を見て、ルーンが思い出したように訊ねてくる。


「そういえば、昨日は結局何回やり直したの?」

「127回」

「ひゃく……! 随分大変だったね……」

「うんうん。アタシを押さえたければそのくらい掛かるわよね」


 怪我をしていた彼女相手に、たった三十秒の攻防でそれだ。ソリスとの力量差を嫌と言うほど思い知らされた時間だった。


「ふぅ。じゃあそろそろ行こうか」


 ルーンが立ち上がると、俺たちも続いて立ち上がる。


「このやり取りもなかったことにしたくないだろ、リドゥ。もしやり直すならここからにしよう」

「うん、そうする」

「はい、じゃあ忠告あったら今言ってね」

「……今は一回目だからまだないよ」

「それは残念」


 ルーンが悪戯っぽく笑った。


 森を進むとやがて古ぼけた小屋が見えてくる。違和感はまだない。

 認識阻害の魔法を掛けられているらしいが、昨日も一昨日も『違和感を覚えたことは全くなかった。』


「よし、行こう」


 俺たちは小屋の扉へと走り寄る。

 そしてそのドアノブに手を掛けた瞬間、バチリ! と静電気のような音が響いた。

 慌てて振り返ると、ルーンは特に動揺もなく頷いた。


「構わない。強行しよう」


 その言葉に俺たちは小屋へ飛び込む。

 古ぼけた本棚。机、椅子。どれもこれも朽ちていて誰かが隠れられるスペースなんてない。


「恐らくここにも認識阻害が掛かってる。限定的な場所だからこちらも対抗しないと見付けられないね」


 そういうと、ルーンは何やら呪文を唱え始めた。

 彼が詠唱を必要とするほどの魔法。いかに強い魔法が掛けられているか、その様子で察することが出来た。

 やがて彼の杖が光ると、小屋の床に怪しい落とし戸が現れた。


「行くわよ!」


 俺がその戸を開くと、ソリスが飛び込んだ。俺も追いかけると、中はすごく広いことが窺えた。

 人が立って歩くことの出来る地下通路。転々とランプに明かりが灯っており、若干の安心感はあった。ひんやりとした石の壁が俺たちの汗を冷やしていく。

 ソリスは向こうの方へ走って行ってしまう。俺も慌てて追いかける。


「メーネ!!」


 やがて大きな空間に出ると、ソリスが叫んだ。

 向こうの方に数人の人影が見える。彼らは当然俺たちに気付いている。その部屋に入った瞬間、火炎魔法が複数飛んで来ていた。


「練術!」

「らぁぁああ!」


 俺とソリスは魔法を斬り付ける。そのまま二人で直進し、敵の姿を視認する。

 黒地に赤いラインのローブ。怪しげな十字架と骸骨のネックレス。あれは……あいつらは!!


「魔の導きか!」

「意外。我々をご存じか」


 俺たちはその男たちを斬り付ける。

 剣は彼らを袈裟斬りにする。だが、手ごたえが全くない。


「当然。我々は幻影にすぎず、魔法にて映し出されているのみ」

「ソリス! 魔法を撃ってきたのはこいつらじゃない! 犯人は更に奥だ!」

「わかった!」


 魔の導きの連中は三人。そのどれもが実体のない存在だと言うなら一先ずは無視だ。

 ソリスが奥へ向かうと、爆発魔法の光が辺りを照らしていた。どうやら交戦し始めたらしい。俺も後を追う。


「キャアアアアアアアアアアア!!」


 突然。

 ソリスの声が響いた。


「ソリス、どうした!!」


 ソリスはローブの子供の腕を掴んでいた。実体のある存在に間違いなく一見すれば取っ組み合いだが、あのソリスが押し負けるとも思わない。

 もう少しで無力化できるだろうと思われるその光景だが、彼女はその手を離して膝から崩れ落ちた。


「ソリス!?」

「リ、リドゥ……ダメだ、アタシ、ダメだ……!」

「何がダメなんだ! ――危ない!!」


 直後繰り出される氷結魔法を剣で振り払う。

 ソリスの腕を掴んで抱えると、俺は一度距離を取る。

 俺たちの位置へ正確に火炎魔法が襲い掛かる。俺は防火のマントでそれを防ぐと、ソリスにそれを被せる。

 何があったかわからない。だがソリスは軽く錯乱しており、戦闘を続行できない。


「ルーン、ソリスが! ルーン!!」


 振り返り叫ぶとルーンがいない。そういえば先程から姿が見えなかった。

 地下に下りてきた様子もない。もしかして彼はまだ小屋の中にいる……?


「何が起きてんだよ!!」


 次いで火炎魔法が飛んでくる。

 火炎なら大丈夫だ。俺がさばき切れなくてもマントがソリスを守ってくれる。

 俺はローブの魔法使いの元まで走る。その小柄な子供は昨日見た姿と一変も違わない。ルーンとソリスの妹、メーネだ。


「メーネ! 少し痛いかもしれないが、やり直すから許してくれ!」


 刃を裏返すと、峰で彼女の手を叩く。掴んでいた杖が離され、カランカランと地面に転がる。

 ゆっくりとした動きで彼女がそれを拾い上げようとするので、俺はその手を掴んだ。


「!?」


 俺はそこで強烈な違和感を覚え、目を見開いた。何が起きているのか、事態をほんのゆっくりずつしか認識できない。

 認識阻害の魔法は、先程ルーンが俺たちに魔法をかける事で除去してくれたと思っていた。

 いや、実際それはされていて、だからこそ今俺はやっと違和感があることに気付いた。

 後ろから誰かが走って来る音が聞こえる。廊下を息を切らしながら必死に走るその音に、俺はゆっくりと振り向いた。


「ルー……ン?」


 通路の向こうから現れたのは間違いなく彼だった。

 しかし俺が疑問を抱いた理由はその風貌。

 顔面は尋常じゃないくらいに血の気が引いていて、髪は激しく掻き毟ったように乱れていた。

 目と鼻と口と、あらゆるところから液体が零れ、一度完全に錯乱した人間の姿そのものだった。

 その彼が息を切らしながら何かを言おうとしている。


「僕たちは――!!」


 俺は掴む少女の手の温度を感じる。


「僕たちは、対抗なんて――」


 ひんやりと、異常なほど冷たい。


「対抗なんて出来ていなかった!」


 生きている人間ではあり得ない温度。

 少女の表情には生気はない。いや、それどころか。


「僕たちはとっくに」


 だらりと開いた口を、俺は認識できていなかった。


「とっくに、認識阻害を受けていたッッ!!」


 俺は、動く死体の手を掴んでいた。




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