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070 撤退、宿にて


 走り逃げる際、ルーンは足が覚束ないようだった。途中『何もないところで躓いたり』しながらも、何とか手を引っ張って『西区とは違い、何の被害も見受けられない東区』へ帰って来る。


「ごめん……」


 宿に帰り、ソリスの傷の手当てをする。額や肩に包帯を巻いていると、二人が俺に頭を下げた。


「いいんだ。仕方ないだろ?」

「うん……ごめん」


 ある程度の処置を終え、ベッドに並んで座ると、二人が俺の両脇で項垂れたまま動かなくなった。


「今、メーネはどこにいるんだ?」

「……まだ、西区にいるみたい」

「そうか。追跡はいつまで出来る? 範囲は?」

「幸い僕の魔法には気付かれてないみたいだから、しばらくは場所がわかると思う……明日くらいまでかな。場所もエスクの街の周りまでなら大丈夫」

「そうか」


 返事をすると、耳が痛くなるほどの沈黙が満ちた。

 ふと視線を落とすと、ソリスの手が震えていた。反対側に目をやると、ルーンも同じ状態だった。


「なあ、二人とも」


 俺はその様子を見ながら呟くように言う。


「二人がメーネと戦えない気持ちは痛いほどわかる。想像がつく。俺はメーネと何の関わりもないから、他人事だと思ってると思われるかもしれないけど、大事な仲間の家族があんな目に遭っていたこと。その家族が街を破壊していたこと。二人ほどじゃないけど、すごく辛いんだ」

「……」

「認めたくないよ、こんな現実」


 二人は返事をしなかった。


「もしあの子を止めようとするなら、またあの魔法が飛んでくるわけだ。並みの攻撃じゃ乗り切れない。傷つけるつもりでないと、絶対に敵わない。二人はそれを俺より早く察した」

「……」

「だから俺を止めた。どうやっても、どう上手く立ち回っても俺があの子に勝つときに必ずあの子を傷つけるから」


 二人はコクリと頷いた。


「――そうか。上手く立ち回れば俺はあの子に勝てる。それが二人にはわかっていた。傷つける可能性が高いから止めただけで、俺が勝てないとは思っていない。あの高威力の嵐の中でも、付け入る隙があると二人にはわかっていたのか」


 話していて気付いた。そうだ、二人はそもそも勝てると思っているんだ。

 街を破壊する様を見て、その強さを目の当たりにして、戦闘経験豊富な二人は負けるなんて思っていない。傷つけたくないだけなんだ。


「なら、上手くいくまで何度もやろう」


 俺は二人の手を握る。二人の震えを直に感じる。


「……?」


 ちらと俺の様子を窺うように二人が見る。


「俺一人じゃ勝てないと思っていた。死にはしないけど、怪我くらいはするだろうなって。だけど俺一人でも勝てる可能性があると思っているんだ、二人は」

「……」

「だったら三人でやろう。無傷で止めるのは難しいかもしれない。だけど三人で上手くいくまでやれば、きっとできる」

「だけど……アタシたちはあの子に剣を向けることすら……」


 ソリスの言葉に同調するようにルーンが頷く。

 何度も何度も剣を振り、その度に躊躇ってしまったソリスの姿。体が、心が、ソリスの全部が妹を斬ることを拒否していた。

 だったら、と俺は続ける。


「例えば認識阻害の魔法が街のギルドメンバーにかかっていなかったとして、そいつらがメーネと交戦するのを、二人は黙って見てられるか?」

「それは……」

「出来ないだろ。それなら自分たちにやらせてくれ、って思うはずだ。自分たちの方が上手くできるから、って」


 二人にはそれが出来るだけの力と経験がある。俺は確信している。


「認識阻害のせいで、誰にも出来ない状況だから三人でやるんじゃない。メーネを無傷で止めるのは誰にも出来ないから、俺たちにしかできないから俺たちでやるんだ」

「誰にも出来ない状況じゃないからじゃない……」

「誰にも出来ないから……僕たちにしかできないから……」

「そうだ」


 二人の震えが少し小さくなる。


「ソリスは剣が使える。耐久力もこの中では一番ある。更に素早くて、とにかく色んなことが出来る。ルーンは魔法が使える。魔法の詠唱もなく、高威力を繰り出せるし、逆に低威力に調整もできる。頭がいいから色んな事を考えられる。俺は二人よりも弱いけど、練術で二人に出来ないことが出来る。どうだ、もう打開策が少しずつ浮かんで来てないか?」


 二人の目の奥に光が戻ってくる。今まで気持ちの沈むままに下がっていた視線は、なにかを考えるような視線へと変わる。

 この二人、本当にすごいな。

 多分もう、俺では想像もつかないくらい現状の把握と戦力としての俺たちの力の使い方について考え始めている。

 少し気持ちが前に向けばいい。それだけでソリスとルーンはどんなことだって出来るはずだ。


「俺たちでやろう」

「うん」


 二人が頷いた。

 静寂が訪れる。だが、決して痛い静寂じゃない。二人が考えを巡らせる音が聞こえてきそうな程静かなだけだ。

 やがて、ソリスとルーンが顔を上げた。その表情は先程よりは晴れやかに見える。


「少し考えた。いくつか方法が思いついたけど、ソリスはどう?」

「アタシの方はさっぱりよ。だけどメーネの体を守る戦い方は思いついたわ」

「そうか。それなら、君を前衛にしよう。リドゥは僕を守ってほしい。シャッドみたいに拘束魔法をいくつか使うけど、手加減するためにかなり集中しないといけないから」

「わかった」


 俺は握る手に力を込める。

 ……だが、そこで気付いた。まだ震えは止まっていない。


「ソリス……ルーン……」

「……まだ怖いのよ」


 ソリスが呟くと、ルーンも小さく頷いた。


「アタシたちにしか出来ないことはわかった。その為の覚悟も決めた。だけど、もしメーネを少しでも傷つけてしまうことがあったら。そう考えると、怖いのよ」


 震えが強くなる。覚悟を決めたって怖いものは怖い。

 それはそうだ。絶対なんてないんだから。

 俺は更に握り返す。覚悟を決めるのは俺の方かもしれない。


「大丈夫」


 強く、強く握る。


「リドゥ?」

「だって、俺には――」


 覚悟を決めよう。


「やり直しの祝福があるから」


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