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069 刃を向けられず


「い、妹って……昨日二人が言っていた、メーネか?」

「こんなこと想像してなかった……! メーネが魔女……どうして! なんでだよおッ!」


 ルーンが俺の手を離し、再び座り込んだ。地面に拳を打ち付け、叫んでいる。


「本当に……そうなのか?」

「間違いないわ……アタシたちが見間違えるはずないもの」

「……」


 俺はもう一度目の前の状況に目をやる。

 女の子が手をかざすとその手には赤く輝く魔法陣が現れる。何かを呟いたかと思うと、そこからいくつもの火球が飛び出して建物を破壊する。まるでルーンの呪文のフレアを乱発しているようだ。

 強すぎる。と言うのが俺の印象だった。俺が何度かやり直して動きを覚えて、それでやっと攻撃が届くかもしれない。それほどの規模を彼女はポンと打ち出す。


「あれが、メーネ……」


 爆風でフードが揺れる。

 その隙撒からやっと見えたその顔は、ルーンと少し似ているが子供特有の可愛らしさを備えた女の子だった。しかし火を放つときも、建物が崩壊する様子を見た時も、彼女の表情はずっと無い。そこにあるべき感情が一つもないように感じた。

 その彼女が口を開く。


「フレア」

「ッ!!」


 俺たちの方を向いている。だが意識は向いていないように感じる。

 周囲一帯を攻撃し続けているだけで、偶然俺たちの方を向いたようだった。

 炎が俺たちへ迫る。


「らああああああ!」


 ソリスが居合抜きで炎を斬る。直後押し寄せる爆風にも俺たちは耐えた。


「ルーン! 援護を!」

「……ああ」


 赤髪を跳ねさせて、ソリスが瓦礫の向こうのメーネへと迫る。

 相も変わらず魔女に俺たちに気付いた様子はない。しかし、だからといって攻撃が収まるわけでもない。


「ヒョウガジャベリン」

「フレア!!」


 ソリスの正面に大きな氷の槍が現れる。その巨大な氷柱に、ルーンの援護が刺さる。

 激しい炎が氷を溶かし、ソリスがそれを砕きながら距離を詰める。

 ソリスが声を上げながら剣を振りかぶる。間合いまであと二歩というところ。


「……!」


 彼女は魔女の首元で刃を止めた。ギリギリと歯を食いしばっているのが見てわかる。

 ……当然だ。相手は自分の家族だ。いくらソリスでも、妹を無惨に切り伏せることは出来ない。

 しかし相手はそんなことはお構いなしに杖を上空へ向けている。


「ライトニング」

「避けろ、ソリス!!」


 俺は叫ぶ。ルーンが魔法で威嚇をしているが、それもまた的外れなところへ撃っていた。威嚇であるのに関わらず、万が一にもメーネに攻撃が当たらないように。それを恐れているかのようだった。

 ライトニングにより瓦礫が爆ぜ、少女たちの体に襲い掛かる。

 魔法の直撃を避けていたソリスが、咄嗟にメーネを庇って瓦礫を受けた。


「駄目だ、ソリスの悪い癖が出ている……!」


 その光景には見覚えがあった。

 彼女が傷を負う景色。それはいつも俺を守る時、咄嗟の判断で自分の体を盾にする時だ。

 瓦礫は彼女へ大したダメージとはならないが、それでも傷は負う。これではメーネには勝てない。相性が悪すぎる。

 守るべき対象と、ソリスは戦えない。


「ライトニング」


 無感情に、無慈悲に追撃が飛んでくる。

 ソリスはそれを切り伏せ、剣に纏わせ攻撃力を上げる。

 彼女の体に刻まれた経験が、反撃に刃を振るうが直前でやはり止まる。


「ライトニング」


 その隙に更なる魔法によってソリスの体が吹き飛ばされる。焼け落ちらた家屋が降り注ぎ、焼かれていく。

 駄目だ、これじゃ、どうにもならない。


「フレア」


 瓦礫に埋もれたソリスへ炎が襲いかかる。俺はその前に飛び込み、マントを翻した。

 四方へ炎が散っていく。

 その様を見てからか、全く意に介さずか。メーネは機械的に首を向こうへやると、そちらへ向かって破壊を始めた。


「ソリス!」


 俺は瓦礫から彼女を引きずり出す。

 額から血を流し、剣を持った手もベットリと濡れていた。


「ルーン、回復を!」


 彼女を抱え、ルーンの元まで戻る。

 緑色の光が彼女を包み、傷が癒えていく。しかし圧倒的に治る速度が遅い。


「回復が遅い……ルーン!」


 見ると、ルーンが憔悴した表情で杖を握っている。目の焦点が合っていない。

 魔法の光が鈍く揺れ、全く制御が聞いていないのが見て取れた。


「……俺が戦わないと」


 強く、強くそう思った。俺しかいない。俺しかメーネと戦えない。

 俺しか二人を守れない。

 ソリスの痛々しいまでの傷の跡に目を逸らしたくなる。俺は抱えていた少女を座らせると、メーネの方を向き剣に手を添える。

 すると、ソリスがその手を握ってくる。振りほどこうとしても離さない。強い力で俺の手を放してくれない。

 彼女のそばに膝をつき、俺は諭すように言う。


「ソリス、戦わないと駄目だ。あの子は正気じゃない。顔を見ればわかるだろう」

「……ええ、そうね」

「何が起きてルーンの妹がこんなことをしているかわからないけど、止めないと」

「……そうね」

「ソリス。だからこの手を離してくれ」

「……ええ」

「ソリス!!」


 俺が叫ぶと、彼女はハッとしたように目を開いた。

 ダメだ。完全に戦意を失ってしまっている。

 無理もない。ただでさえ家族を失ったところだ。唯一残っていた妹がこの惨状を引き起こしている。

 察するにあまりある。あまりある、が。


「だからこそ止めないとダメだろ! 二人が最初から戦意喪失していたら、何が起きているかもわからないだろうが!!」


 俺が怒鳴ると、ソリスは俺の手を離した。

 すぐさま気を練る。同時に少女へ向かって飛び出す。


「練術!」

「ファイア!」

「!?」


 背後から迫った火炎魔法を手で受ける。

 その攻撃に敵意は感じず、威力もない。ただ俺の動きを止める為の一撃だった。

 メーネの魔法じゃない。ルーンだ。


「ダメだ……やめてくれ……! 僕の妹なんだ……たった一人残った、家族なんだ……!」


 振り返るとルーンが悲痛な表情でこちらを見ていた。杖に縋りつき、懇願するように俺の目を見る。


「だけど、だからこそ、止めないと」


 俺は先程と同様の言葉を返す。

 だがルーンにその言葉は響かないことは、表情から察せられた。


「わかってる……でも、やめてくれぇぇ……!」

「……っ」


 俺はルーンから目を逸らす。

 そのまま魔女へと向き直る。彼女は俺たちに気付いているのかいないのか、存在を無視するように魔法を周囲に放っていた。


「俺の名前はリドゥール・ディージュ! 君はメーネだろ! 君の兄と姉と旅をしているんだ!」


 声が届く距離であるはずだ。

 実際彼女が魔法を放つ際に発する魔法名は俺には聞こえている。


「今すぐ攻撃をやめてくれ! ルーンとソリスがそこにいる! そっちを見てくれ!」

「……ヒョウガ、ジャベリン」

「……くそ、ダメか!」


 俺は後ろへ跳び、ルーンとソリスの元へ戻る。

 そしてルーンの腕を掴み、無理矢理立たせる。


「ルーン、ソリス。一旦引こう。だけど折角見つけたんだ、追跡できる魔法くらい掛けよう」

「そう、ね……」


 ソリスが静かに答える。

 彼女がルーンの方を見ると、彼は諦めたように俯いた。


「……シャッド」


 彼の足元から黒い影が飛び出すと、それは魔女の影へと潜んだ。

 シャッド。以前俺も掛けられた魔法で、確か拘束する魔法だ。追跡効果もあるとは知らなかった。


「行こう、二人とも」


 俺は傷を負ったソリスを右手で抱え、ルーンの手を掴むと、西区から離れるように走り出した。



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