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066 認識阻害


 ソリスとルーンが廃墟の街の奥へと消えていってしまった。

 完全に置いて行かれてしまった俺は、何が起きているのかを調べるためにその辺りをうろついてみた。

 ここは南区と呼ばれる場所らしい。崩壊した建物から、なんとかそれを読み取ることが出来た。

 ルーンは南区の人間がいないと言っていたな。もしかしてここら一帯はずっとこのような感じなのだろうか。


「これは……焦げ跡?」


 レンガ作りの壁が崩壊している。この街の周りには強力な魔物がいると言っていた。

 だが、これは魔物による破壊痕ではない気がする。炎系の魔法で破壊されたという方が正しく見え、俺が知らないだけなのかもしれないが、魔物にそのようなことが出来る奴は思いつかない。

 それに、魔物が来て破壊されたとしても、この街で誰も復興に手を貸さないのはおかしい。破壊の様子から今日、先程破壊されたようには見えない。

 焦げ跡は最近付いたように見えるのは確かだ。ここ一か月以内に起きたとしても、ここはあまりに静かすぎる。


「認識阻害の魔法が掛けられている」

「ルーン」


 向こうからルーンが呟きながら現れた。彼は顎に手を当てて他にもぶつぶつと呟いている。


「僕たちは外部の人間で、まだ完全に認識阻害の影響は受けていなかった。だけど違和感に気付くまで時間がかかったから、街に入ったと同時にかなり強力な魔法にかけられたのは間違いない……。街の人たちは特に違和感もなく暮らしている様子からもそれが見て取れる。一次接触時に大部分を防げたのは幸運だった」

「魔法……?」

「破壊された様子からそれ程前に起きたわけではないことはわかる。これは魔物じゃなくて人間が意志を持って破壊したはずだけど、それにしてはあまりに乱暴に破壊されたように見える。まるで誰かに――」

「ルーン! こっちに来なさい!!」


 突然瓦礫の向こうからソリスの声が響いた。考え込んでいた様子のルーンがハッと目を見開き、彼女の元へ駆け寄る。


「……なんだよこれ」


 ソリスが何かを抱えている。黒々とした、人形……?

 いや、違うな。焼け焦げて真っ黒に見えるだけでこれは人の肌で――。


「なんだよこれ!!!」

「――う、おえぇぇえッ!」


 それが何かを理解した瞬間、俺は吐いた。

 人だ。人の焼死体を、ソリスが抱えていた。


「これは誰なんだソリス! これは、これは……!!」

「アンタもわかってるでしょ……ルーン」


 俺は吐きながらも二人のやり取りに目をやる。

 ソリスが抱えた遺体の左手をルーンに向けていた。その薬指。

 煤によってかなり黒くなっているが、俺ですら確信した。指輪だ。


「母さんの……指輪……!」

「…………」


 ルーンが膝から崩れ落ちた。彼は茫然とした表情で上空を見上げる。

 その瞳からつぅっ、と一筋の涙が流れる。

 遺体に雫が落ちる。

 ソリスが唇を噛みしめて涙を流していた。


「ここは……二人の家か……?」


 俺は口元を拭いながら訊ねる。

 二人から反応はない。だが、その光景だけで返事は不要だった。

 煤に塗れた黒い風が吹く。二人の頬を黒く染める。いつもの自信に溢れた二人の姿はどこにもなく。

 今はただ、壊れかけた理性を必死に保とうとしていた。

 ……。


「少し、辺りを見てくる」


 俺は振り返ると、西を目指す。ルーンは東区で、西区の人間は少しいると言っていた。そちらの方に行けば、なにか手掛かりがあるかもしれない。

 二人の元から数メートル離れたところで、後方から人の叫びにも似た声を聞いた。

 俺はこの場所に何の思い入れもない。だから涙も出ない。悲しくもない。

 ソリスとルーンは違う。二人の気持ちを察するにあまりある俺としては、二人の気持ちに寄り添うより、一人冷静に状況分析をすべきだと思った。

 俺は叫び泣く声に知らないふりをし、その場を後にした。


「やり直して、この街を救う」


 誰にも聞こえない声で、俺は呟いた。




 西区と思われる場所につくと、先程より破壊の具合はいくらかマシだった。

 街の端に近付くほど破壊はひどく、中心の方に近付くとまだ人が住んでいるようだ。


「すみません。この街で何があったんですか」


 俺は道を歩く男性に声を掛けた。

 だが、彼は首を傾げる。


「何があった……? 何もないよ。この街はギルドの勇敢な戦士たちがいつも守ってくれているからね。例えドラゴンが来たってへっちゃらさ」


 彼はあっけらかんと告げた。俺は目を見開いて一瞬思考がストップするが、すぐに彼の背後を指さす。


「え、いやほら、あそこの建物なんて完全に二階が崩れさっているじゃないか」

「は? …………いや、特に何もないと思うけど」


 俺の指さす方を彼は確実に見た。その瞬間表情が完全に消える。

 その様子があまりに不気味で、俺は身構える。しかし数秒の間の後、また表情を笑顔に戻した彼は俺にそう言った。

 そして荒れた道に躓きつつも、彼はそのまま東区の方へと歩いていく。

 異様な光景だった。

 こんなにも街が破壊されているのに、ここにいる人はそれを意にも介していないように見えた。


「認識阻害の魔法ってやつの効果か……?」


 ルーンが呟いていた言葉の断片だけからしか推測は出来ない。だがおかしなことがこの街で起きている。

 俺は東区とは反対に、損壊の酷い方へと歩を進める。

 人が徐々に減る。それに伴って、人々の表情から生気が抜け落ちていく。

 彼らはボロボロの服のまま瘦せ細り、崩壊した建物の一部に腰を掛けたりしながら無表情に、ボーと虚空を見つめていた。


「すみません。この街で何があったんですか?」


 俺は先程と同じように老人に声を掛けた。声を掛けると彼はハッとして俺を見つめる。

 無表情から戻っている。しかしボーとした様子は変わりなく、目の奥がユラユラと揺れているように見えた。


「何があったんですか」


 重ねて訊ねる。

 老人の口が震え、微かに息が漏れる。俺は耳を寄せ、その声を聞き取ろうと努める。


「魔女が……現れた……」

「魔女?」

「『何故……これを忘れていたのか』、わからない。魔女が、この街を破壊した……」


 老人はゆっくりと、震える声で告げる。

 時折彼の目から光が消えそうになる。魔法によって自意識の消失を起こされそうになっていて、それに抵抗しているよう。と言うのが俺の直感だった。


「二週間前、ここに魔女が現れた……。そして破壊された街を見て、わたしらは『それを忘れた』……今も、『忘れそう』になって……」


 老人が動かなくなる。

 彼は破壊された建物の残骸を見つめていた。そしてそれがきっかけだとでも言うように、全ての反応が消えた。

 俺は何度も声をかけたが、その後は一切の反応を得られず、静かに息をついた。


「本当に、何が起きてるんだ……?」


 静かに呟いたが、誰もそれに答える者はいなかった。




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