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065 エスクの街


「とにもかくにも、まずは受付っと……」


 エスクの街に付くと俺たちは真っすぐギルドへ向かう。街のほぼ入り口にあると言えるこの場所は冒険者たちの活気に溢れ、依頼ボードも高ランクの依頼が圧倒的に多かった。

 そしてそれを奪い合うように、また勝ち取ったものを讃えるように、人々が豪快に笑いながら依頼書を手に取っている。流石ソリスの育った街だ。ここにいる誰もが自信に満ちていて、堂々としていた。

 俺たちはギルドプレートを見せ、自分の情報を照合してもらう。数分の後に完了し、俺たちは宿の手配をされた。


「え、宿の手配までしてくれるの?」


 俺が訊ねるとソリスが頷いた。


「そうよ。エスクは今までのギルドと違って相当潤ってるの。なんならギルドに入るときにお金もいらないくらいよ」

「え、ええ!?」

「なにリドゥ、アンタもしかして払ったの?」


 払ったも何も、30万かかると言われて必死に用意したさ。……いや、然程必死ではなかったかもしれないが。

 ただやり直しの力を使ったのは確かで、それでないと俺みたいな農民は入れなかったのは事実だ。


「げっ、30……高い勉強代だったわね……」

「やっぱりそう!? なんか異常に高い気はしてたんだよ! 大体俺の故郷周辺じゃ、栄えた所でも月に15万とかしか稼げないし。とてもじゃないが30万なんて払える額じゃなかったんだよ」

「……まあ、あっちは比較的平和で大した依頼もないし、ギルド自体の質は低かったわね。それでもあそこに居続ける限り雨風を凌げる場所と、最低限の食事はあるわけだし、そういう環境的な要因も加味すれば納得だわ。アタシからしたらぼったくりもいいとこだけど」

「そうか……ここじゃタダだったのか……」


 あの苦労はなんだったのか。いっそやり直して無駄な労力をなかったことにしてやろうかとすら思う。

 ギルドの質は確かに低かった。そういえばシフトでは低ランクのメンバーでも酷い扱いを受けているのは見なかった。金もかかればメンバーの質も低い。なるほど、あれだけ苦労するわけだ。

 初めからここに来ていれば、無料で、しかも街の人には英雄のように扱われる未来もあったわけだ。

 ……いや、まああの時点の俺には力がないし、ソリスもルーンもいないわけだから、そもそもこの街に辿り着くことすら不可能だけど。

 ちなみに前にいた街、シフトでは数千ゴールドでギルドメンバーになれるらしい。完全に俺は入るギルドを間違えている。


「というわけだから、とりあえず宿に荷物を置いて、必要なものを準備してから実家の方に向かうわよ」


 ソリスの言葉に俺が頷く。……しかし先程からルーンが一言も言葉を発さない。

 俺たちから一歩後ろを付いてきていた彼を見ると、何やら難しそうな顔をして眉をひそめている。


「ルーン、なんだその難しい顔は」

「……うん。さっきからずっと気になっているんだけどね。確認の為に一度、宿に向かいながら街を歩こう」


 彼は詳細を話してくれなかった。扉を開き外へ出ると、幅の広い舗装されたタイルの道。どの建物も立派で、年代を感じるが綺麗だ。ただやたらと酒場の看板が多いのは気になる。

 ルーンは相も変わらず難しい顔をしている。こういう時、彼は何かに対して証拠や確信を得るまでは何も言ってくれない。彼らとの付き合いも半年近くなってきて、そろそろなんとなくわかるようになってきた。

 彼の性質を理解しているのはソリスも同じで、彼女は彼女でルーンが何に違和感を抱いているのかを探しながら街を歩いていた。

 コツコツと道を歩くと音がする。俺の靴はステラに貰ったばかりの新品で、道も今までの街より断然綺麗。故に歩く度に心地の良い音がする。二人が周囲を気にしているというのに、俺と言う奴は足元に夢中な子供のようだった。


「うん。やっぱりおかしい」


 宿に付き、荷物を降ろしてから市場へ向かう。様々な出店があり、そこで買おうとする人々を眺めていると、ルーンが言った。


「なにが?」

「人が少なすぎる」

「え、これで?」


 俺の目の前にはたくさんの人に溢れているように見える訳だが、ルーンにはそうは見えなかった。

 隣でソリスも何か納得したように頷いていた。


「今日はこの街では休日の人が多いんだ。そんな日には身動きが取れないくらい市場が賑わうんだよ」

「なるほどね。なんとなく違和感はあったけど、休日だとは気付かなかったわ」

「これで……少ないのか」


 田舎者の俺には一生わからない感覚かもしれない。


「それで、人が少ないとどうなんだ?」

「うん。この街は中央と東西南北の五つの区分に分かれて呼ばれるんだ。今いるのが中央区。それで、さっきから人の顔を見てるんだけど……」


 ルーンが辺りを見回す。俺もつられて見回すが、何もわからなかった。

 視線をまた彼に戻すと、彼の顔がどんどん青白くなっていく。何かに気付いている。サァ、と音が聞こえそうなほど血の気が引いている。


「西区の人が少ないのと、南区の人を全く見かけないんだ……」

「……噓でしょ」

「そ、ソリス!?」


 バンッ、と隣から破裂音がしたかと思うと、彼女は飛ぶように駆け出していた。

 市場の人ごみをすり抜けていくその速度に俺はぽかんと呆けてしまう。

 その俺の隣をルーンが抜けていくのを見て、俺も慌てて走り出した。


「ソリス! 待ってくれよ!」


 ルーンと俺の速さはそれほど変わらない。ソリスだけが速く、距離をどんどん離されていく。

 全力で二十分ほど走ると、ソリスの背中にやっと追いついた。

 立ち止まる彼女に並び、俺は深く息をして呼吸を整える。


「はぁ、はぁ……どうしたんだよ二人とも」


 と、言ったのと同時に目の前に広がった光景に俺は息を呑む。


「…………何が起きたのよ」


 ソリスがポツリと呟いた。彼女はルーンと同様に顔を青白くさせ、いつも真っすぐな目の奥が揺れている。

 人は誰もいない。

 中央区と違い、荒れに荒れた道が様々に隆起している。

 立派だった建物は見る影もなく、あちこちで崩壊の跡がある。

 先程から空は青々と晴れていたのに、ここだけ空気がどんよりと重い。異質な空気感に気圧され、背筋に嫌な汗がヒヤリと流れた。


「何があったって言うのよッ!!」


 ソリスが叫んだ。

 


 明らかに何者かの襲撃によって破壊された街並みが、そこには広がっていた。



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