064 エスクへ
「リドゥ! また制御が乱雑になってる! アンタの武器は今までの鈍らなんか目じゃないくらい強力なのよ!」
「はぁ、はぁ……はい!」
ステラから新たな装備を貰ってから更に一か月。
俺たちは武器に慣れるためということもあり、ギルドで少しずつ依頼をこなしながら日々を過ごしていた。
特に苦戦したのが俺で、武器の強力さ故に微細な動きでさえ、かなり大雑把に斬ってしまうようになっている。砂漠を駆け抜け、ボスワームなどの魔物をどんどん狩っていく。
特にここ一週間ほどはずっと砂漠を走り続けていて、体力はともかく、精神が疲弊していく。そしてその疲弊した精神で剣を振ると更に剣先が鈍るわけで……。
「前にも言ったけど、極力練術は使わないこと! この稽古はアンタが剣に慣れる為なの、体力の維持くらいなら許してあげるけど、剣術の補助には使わないの!」
「はいぃい!!」
と、スパルタなソリスにしごかれながらひと月。
俺たちはようやく次の街へ向かうことにした。
「リドゥがランク4になったから、これで魔大陸へ入れることになったね」
「そうね! ま、とはいえ動ける範囲は限られてるわ! 私のランクでもまだまだ制限は多いからどこかでランクアップはしないといけないわけだけど!」
「あー……ソリスがこんなに強くても、まだランクはそんなに上がってないんだな」
ギルドの食堂。俺たちは朝食後、紅茶を飲みながら話をする。足元には俺たちの荷物。
まあ流石に誰にも盗られはしないだろうが、なんとなく気になってチラチラと周囲に目をやってしまう。……田舎者の宿命だ。
「前回のアスラの件でリドゥは3から4に上がったけど、あれはランク差の激しい難易度だったからねえ。ソリスはランク5だし、三人がかりなら適正と判断されちゃったから特に査定には響かなかったみたい」
「この一か月でも色々やってみたけど、まあ~~質の低い依頼ばかりだったわね。元々アスラの実力でもランク6までしか上がれない街だもの。たかが知れてるわ」
「なるほど……」
「だからとりあえずこの街は出て、魔大陸の入り口のある方へ向かうわ! そして今回の目的地はここ!!」
「うお、びっくりした」
ソリスが大きな音を立てて机に地図を叩きつけた。
そして、彼女はある街の名を指さす。
「エスク……?」
「エスク!」
俺が首を傾げると、ルーンが声を発した。
彼はソリスの方を見ると、彼女もそれに返すように頷いた。……どこだ?
「エスクは僕たちの故郷だ」
「へえ、二人の!」
「ふっふーん」
何故か得意げなソリス。
目的地、エスク。彼女曰く魔大陸へ入るためにはここから西にあるギクル連山を超えなければならないのだが、そこはギルドの管轄内。無為に犠牲者を出さないために徹底的に管理をしている。そこで開発されたのがワープゲート。こちら側から向こう側へ魔法で繋げたゲートがあるらしく、許可された者だけが通れるようにいくつかの街に設置されているらしい。
とはいえ、その街があるのはいずれもギクル連山のふもとの街。当然俺たちは今から西へ向かわなければならない。
そこで、途中の休憩や物資の補給の為に立ち寄る街として彼女が選択したのが故郷、エスクだということだった。
「実はもうステラにはこの話をしてあるのよね。あの子はあの子で色々したいらしいから、一旦ここでお別れね」
「そうか……。少し寂しいけど、流石に魔大陸までは来れないしな」
「そういうこと。さて、それじゃ行くわよ」
ソリスが荷物を持ちあげる。
つられて俺たちも立ち上がり、荷物を背負った。
「いざ、エスクへ!!」
エスク。
魔大陸に多少近いこともあり、周辺に住む魔物の強力さは俺の故郷なんかとは比べ物にならない。しかし、その危険度の高さからは意外なほどに、あるいはその危険度故に。街の規模はかなり大きく、人口も多い。
「元々はギルドの手練れがエスクよりさらに手前の街を守るために立てた、防壁のようなものだったんだけどね。魔物が強力だったからかなりの人員が必要になったらしくて、彼らを支えるためにギルドや他の国が支援して色んな施設が出来た。そうするとそこで働く人が必要になって人口が増える。十分なバックアップを受けた戦士たちが戦果を挙げるから、安全性が確立された。いつしかそこは国にとって重要な防壁兼ギクル連山前の最後の大都市になったんだ」
他の街と比べて魔物が危険なことには変わりはないが、それでも街は戦士が多い。人が集まり、栄えるよう上手く歯車が噛み合い、大きな街になる。
そんなところで二人は育ったのだという。
「ま、とはいえ戦死者も多いわよ。アタシの両親もギルドメンバーだったけど、魔物に殺されたわ」
「え……」
あっけらかんと彼女は言ってのけた。
急な話に俺は思わず立ち止まる。
「別に大したことないわよ。あの街じゃそう珍しくもないわ。孤児院も立派なのがあるくらい」
「そう、なのか……。じゃあソリスも孤児院で?」
立ち止まった俺に意も介さずにソリスが進む。振り返ったルーンに目をやると、彼は静かに首を振った。
「ソリスは僕の家で育ったんだ」
「え! そうなの!」
「僕の親がソリスの両親と親友だったんだってさ。あの街では魔物と戦う人たちはみんな英雄だけど、その中でも僕の親はソリスの両親に命を救われたとか」
「そ。そのおかげでアタシは齢4つにして孤児院に入らず、ルーンと兄弟同然で育てられたわけ。アタシの方が姉だからね!!」
「はいはい。僕は弟でいいよ」
二人はクスクスと笑うと、俺を置いて歩いていく。
俺は慌てて追いかけながら訊ねる。
「俺、そんな話、いきなり聞いてよかったのか」
「良いに決まってるじゃない。どうせこの後実家に帰るんだもの、そこでややこしく気を遣われる方が嫌よ」
「そ、そんなものかな」
「そんなものよ。仲間なんだから、変な気遣いはなしよ」
「……そっか」
俺は頷く。
そっか、仲間だもんな。
「さて」
ルーンが立ち止まる。
彼が眺める方に、俺も目をやった。
「見えて来たよ、僕たちの故郷だ」
「あれがエスクの街……」
遠くからでもわかる、丈夫な防壁。
それが地平線の向こうの方でズラリと並んでいる。どれだけ巨大な都市なのか、俺には想像もつかないことが窺えた。
そして俺たちは後に目にする。
そこで起きている大変な事態を。
新編 エスク編 始動。