062 新しい装備
約束の一か月が経った。
俺たち三人はステラを訪ねて商人のエリアに来ていた。
「よく来てくれた。入って」
ステラに招かれて大きなテントの中へ入る。
そしてそこには木の人形がいくつも並んでいた。それぞれが装備を着せられており、わかりやすい展示をされている。
「今回用意した装備がここにある。リドゥはこのマネキン」
そう言ってマネキンとやらの前に俺を連れていく。
紺色を基調にした新たな防具だ。今まで来ていた安物の防具とは明らかに違う、強者の風格のある装備がそこにあった。
「か……カッコイィ~!!」
ソリスがそう言ってマネキンの防具に触れる。すかさずその手をステラが叩く。
「ソリスが触っては、ダメ」
「なんで! いいじゃない!」
「ダメ、ソリスの力なら誤って壊すかもしれない」
「え、アタシそんな風に思われてんの!?」
ソリスがそう叫び、俺とルーンを見る。思わず目を逸らす俺たち。
ガーン、という音が似合いそうな表情をして、ソリスがうなだれた。
「リドゥは成長期だから、これから服が小さくなるかもしれない。だけどこの防具は体のサイズに合わせて変化するように出来ているから安心してほしい」
「そ、そんな……いいのか本当。俺、今そんなにお金持ってないんだけど」
防具の相場はわからない。砂漠を超えてくるときに稼いだ分の50万ゴールドで足りればいいが……。
と思っていると、ステラが首を振った。
「前にも言ったけどお金はいらない。その代わり装備には全部ウチの商団のマークがついている。広告として存分に活躍してくれればそれで大丈夫。それはこれから装備を渡すルーンも」
そう言って彼女は防具に描かれたマークを指さした。彼女の商団の名は星笛商団。その名に違わず、星と笛をモチーフにしたようなマークだった。
彼女は更に防具の機能を説明してくれた。使っている素材や、その有用性など。俺に使いこなせるかどうかは不明だ。
「ありがとう、ステラ」
「別にいい。次はルーン」
ルーンのマネキンにやってくる。
動きやすそうなズボンに、肩の出ているシャツ。そしてその上から羽織る丈の短めの白いローブ。
今のルーンは全身をローブで覆われている為、ここまで体の見える装備はどこか違和感がある気がした。
「ルーンは魔法を主に使うので、その効力を上げるローブがいいと思った。体と密着させた方が効力があがるので中の服は最低限防御力を持たせて、袖は失くしておいた。脚は早く動ける方がいいと思ったので、それを補助するブーツも付けてある。ローブが短いのも同じ理由」
「ほぉー! 中々いいんじゃない、ルーン?」
「ソリスは触っちゃダメと言った」
「良いでしょ別にー! 壊さないってばー!」
すかさず目を逸らす俺たち。
ルーンが耐えられず笑いを噴き出すと、彼は宙を舞っていた。相変わらず恐ろしいアッパーだなぁと呑気に眺めていた。
「新しい杖も用意した。この間採取した魔石を少しだけ混ぜて媒介にしてある。魔力の伝導率が高いことと、許容量もかなり多いので、上手く使えば相手の魔力を吸収できる」
「す、すごい……! これはいい杖だ!」
地面で倒れていたルーンだが、ステラの説明にテンション高く起き上がってきた。
彼が見たことない程目を輝かせている辺り、かなり良い物のようだ。ステラが更に説明を続けるのを食い入るように聞いていた。
説明を待っている間、ちらとソリスを見る。寂しそうに周りを見る様子が気になり、声を掛ける。
「ソリス。あれが気になるの? 可愛らしい装備だな」
「え……。いや、違うわよ! あんなフリフリついてたら戦闘の邪魔になるでしょ!」
「あーまあそうかも。けど可愛らしくて良いと思うよ」
ソリスが眺めていた装備。女性向けの淡い色のドレスのような防具。体ををどう守るつもりなのだろうかと思ってしまうが、見た目は可愛い。確かに彼女の言う通り戦闘の邪魔になりそうなほど長く、幅の広いスカートだった。
「アタシにはあんな装備似合わないのよ」
「え?」
彼女がぼそりと告げたので、聞き取れない。
数瞬後言葉を理解した俺が何か言い返そうとすると、それを上書きするように彼女が口を開いた。
「ステラに装備貰えてよかったわね」
彼女は薄らとした笑みを浮かべて言った。
……ああ、多分本心じゃないな。彼女の本心は別にある。
それに対して俺は何を言えばいいだろうか。
「大丈夫だよ、ソリスの分も用意してくれているよ」
「あら……バレちゃったかしらね、アタシの心。どうでしょうねえー、あの子本気で嫌がってはなさそうだけどアタシにだけ当たり強いしー?」
それが彼女の不安の原因だった。
俺とルーンの分はあると告げたステラだったが、ソリスに対して言及はない。
流石に自分だけ除け者にするような事はないだろうと思っているようだが、確信があるわけでなく、どこか不安な様子だった。
「万一ステラが用意してなかったら俺がソリスにプレゼントするよ。ほら、この剣もダメにしちゃったし、お返しにさ」
「いいのよ。アタシは別にそんなこと期待してないわ。リドゥは自分の為にお金を使いなさい」
「えー、せっかくあのドレスみたいな防具プレゼントしようとしてたのに」
「なっ! だから要らないってばーっ!」
からかうと、ソリスは頬を膨らませて怒った。ぽかぽかと肩を叩かれるので、思わず笑う。
そうこうしている内に、ステラがこちらへやって来る。
「最後はこっち」
そう言って俺の手を引いて奥へ進む。
布の掛かったマネキン、と鞘に入った剣が二本置かれている。
マネキンがあることに対し、ソリスが少し表情を明るくする。
「最後はこれ、魔石で作った剣」
そう言ってステラが剣を差し出すと、ソリスは表情を曇らせた。
「リドゥの戦い方は魔法とも違う、別の技術で戦うのは知っていた。それがただの剣では耐えられないほどの力だということも」
「あ……もしかして魔石採掘へ向かった時に剣を見せろって言っていたのは」
「そう。これの為」
俺がステラと冒険へ出掛けた日。彼女に剣を見せた。その時にサイズ感や重さを計ったらしい。一度見ただけなのにそれがわかるのは、流石商人と言ったところなのだろうか。
あの時点で彼女は俺の剣のことを考え、その素材に必要な魔石を採りに依頼していたのだ。
俺のことを深く見て、考えてくれる様子に少し胸が熱くなる。
「これが刀身。色が青いのは魔石の変異した結果。持った感じはどう?」
「すごく手に馴染むよ。重さも丁度いい」
「そう。よかった」
そう言って、ステラは一歩引いた。
これで帰るのか、と俺は思った。
そしてそれはソリスも同じだったらしく、本当に寂しそうな顔でそれを見ていた。




