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060 恐ろしい未来への予感


「こんなに大きな魔石は見たことがない」


 山の中でステラは言った。


「マージベアがこれを食って、体の中で変異したみたいなんだ。かなり大量の魔物を吸収して成長していたから、こんな風になっているのかもな。……強かったよ」

「そう。それは本当に大変だったと思う。リドゥ、お疲れ様」


 ステラが微笑むので、俺も微笑み返す。


「リドゥはやっぱりすごい」

「いや、俺は何もすごくなんてないよ。……なにも」


 二人で歩く山道。ただそれだけのことなのに、強烈に寂しくなる。

 ステラの顔が俺の下にあるのも当たり前のことだ。だけど、本当は違ったはずなんだ。


「本当はあの採掘場は枯渇したらしかった。魔石は魔力の塊だから、魔物が大量に押し寄せてくる。何年か前までギルドの定期依頼で採掘を行ってたみたいだけど、ある時にピタッと魔物の群れが止んだ」

「……」

「それで掘っても掘っても魔石を採掘できないことを知って、枯渇したと判断されたらしい。だけど、ここ数か月でまた魔物が集まってきていた。それも以前よりも数倍の量。だからもしかして、まだあったんじゃないかと噂になっていた」


 彼女が話すのをただ聞き流す。

 一生懸命聞こうとするが、イマイチ耳に入ってくれない。


「大量の魔物を倒しながら、尚且つ採掘まで行うのは並みの冒険者なら出来ない。けど、リドゥなら出来ると思ったし、実際やり遂げた。しかも無傷で。だからすごい」

「すごくないって……無傷は結果的にそうなっただけだし、たくさん失敗もしたんだ」

「?」


 ステラが首を傾げる。

 彼女を見下ろしている今の状況が、寂しくてたまらない。

 本当なら魔物に跨っている彼女を、俺は見上げながら話しているのだ。人間の少女を気に入った、変わり者の魔物。


「ジベ……」

「リドゥ」

「ん」


 俺の服の裾を彼女が引っ張る。心配そうな顔を浮かべてこちらを覗き込んでいる。

 大丈夫だよ、と呟きながらターバンをくしゃくしゃにすると、彼女はムッとした表情を浮かべた。


「リドゥ、座って」

「え? どうして?」

「いいから、座って」

「ん……?」


 言われた通りに俺は膝を折る。。

 枯葉がガサリと音を鳴らし、彼女の前に座り込む。見上げると木々の隙間から赤く染まり始めた空が見えていた。

 相も変わらずどこか不機嫌そうな彼女が俺を見下ろす。不思議に思いながら見つめていると、彼女はフッとその表情を緩めた。

 そして俺の頭に手を置いて左右に動かした。


「……ステラ、これは」

「リドゥは私といるのに楽しそうにしてくれない。とても寂しそうにしていた。だから撫でている」

「いや、俺は」

「さっき私の頭を撫でた時、自分もしてほしそうな目をしていた」

「そ、そんなことないよ……多分」


 彼女は俺の抗議する声を一切無視して撫で続ける。


「大体リドゥはソリスやルーンにはすぐ頼るのに、私には全く頼らない」

「そ、そうか? ステラにも結構頼ってると思うけど……防具のこととか、情報収集とか色々」

「昇格試験の決勝戦。対戦相手が因縁の相手だってこと、私は後から聞いた。ソリスは先に知っていた。ソリスには弱みを見せるのに私には見せない」

「それは……話の流れでそうなっただけで、そういうつもりじゃ」

「だから、実力行使」

「え? ……うっ!?」


 俺の頭が柔らかい何かに包まれる。後頭部がギュウギュウと締め付けられている。

 抱き締められたと気付いた俺は慌てて離れようとする。が、ステラは意外にも力強く抱きしめており離れられない。


「リドゥが肉体的接触に飢えていること、実は知っている。今すごく寂しがっているのも私は気付いている」

「……」

「何があったかは話さなくていい。だけど、今だけは私に甘えていい」

「……ステラ」


 香水を振り撒いてもらった時だろう。思わず抱き着いてしまった時、彼女には全てバレたらしい。いや、その口ぶりからするともっと前から知っていたのかもしれない。

 俺は彼女の胸の中で目をつむる。同じ年の女の子と言えど、俺の精神年齢を考えると相手はかなり子供だ。だけど、その見た目に反して彼女の精神年齢は大変成熟しているように感じられた。

 ならば、俺は。

 いやいや。

 心の中の言い訳と戦う。


「私はリドゥの力になりたいと思っている。一緒に戦うことは出来ないけど、こうやって力になる方法もある。そしてこれが今の私にできる精いっぱい」

「……」

「大丈夫よ、リドゥ。私がついているわ」

「!」


 彼女の口調の変化に驚いて目を見開く。見上げるといつもの薄い微笑みではない。

 優しい微笑みがそこにあった。


「…………俺は」


 俺は。ジベと出会った歴史をなかったことにした。そうしなければジベのことは救えなかった。

 そしてそのことをステラは知らない。ジベを知っているステラももういない。今のステラは、あのステラとは違う。

 この寂しさと罪悪感を抱えているのは俺だけだ。そしてそれは、これからも同じ出来事が起きることだ。実際今までだって俺しか知らない歴史を多く変えてきた。

 ステラの父を救ったのもそうだ。ソリスを死なせてしまったのもそうだ。練術だって、歴史を変えなければ習得出来なかった。

 俺はこれからもそうやって生きていく。変化した歴史を、変化する前の歴史を抱えたまま生きていく。今はまだ、大きな悲しみを抱えてはいない。ジベとの出会いが無くなってしまいぽっかりと空いた心の穴はともかく。ジベ自体は今もどこかで生きている。その存在が失われたわけではない。

 しかし、この生き方をする上で、これからとんでもない失くし物をするのではないかという不安はいつもある。

 だから、今この瞬間だけは。

 この少女の胸の中で少しだけ心を休めても良いのだろうか。


「ステラ……」


 夕暮れの迫る山の中。冒険から帰る途中、俺はステラに抱き締められて少しの間休憩をしていた。



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