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058 悲しみを押し殺して


 洞窟の最奥部へやって来る。最奥部は魔道具の技術によって常時薄明るい。だが、今はそれと違う光源が部屋を照らしている。

 以前自棄になって練術を使った際に学んだ限界値。その許容量を遥かに超え、俺の体に気が溢れていた。一呼吸するごとに耳鳴りがする。体中がギシギシと音を立てて、今にも破裂しそうだ。

 ステラに貰った香水のおかげで魔物は寄り付かない。自然の多い山の中ではエネルギーも満ちていた。 

 故に、俺は時間さえかければ尋常でない量の練術を使用することが出来た。


「すぅー……」


 大きく息を吸う。座禅を組んで座り、眉間にしわを寄せた俺を魔物が見守っている。

 体は動かせない。一動作でもすれば集めた気によって体が爆発しそうだ。

 変異体マージベアはきっと練術を使用しても倒しきることは難しい。それは無尽蔵に補給される魔物の存在のせいであり、俺がそれらを狩り尽くせないせいだ。

 なら、その練術の量を半端ではない程準備しておけばいい。耐久戦に持ち込んで、魔物を狩り尽くすか俺が倒れるかの勝負にするんだ。

 とは言うものの時間は掛けられない。死霊術師が現れると厄介だ。早めに決着がつくようにしなければならない。


「いくぞ……」


 俺はゆっくりと両手を前に突き出す。体中の気が掌に集まっていく。常人では到底生き残ることの出来ない程のエネルギー。

 空間が歪むように見えるほど、俺の手には自然エネルギーが集まっていた。確かに今、俺は人々から抜きんでた存在になっていた。

 だからだろうか。俺の頭に声が響き渡ったのは。


『目覚めなさい……声を聞きし者たち……! 魔王を倒す為、あなたの力が必要なのです……』

「だ、誰だ!」


 突然響いた声に、俺は思わず叫ぶ。体を動かしたせいで気の制御の舵を一瞬離してしまう。

 激痛の走る体を根性で抑え込み、奔流する気を捕まえる。

 声はどこから聞こえたわけでもない。確かに俺の頭の中に響いた。


『魔王は女神である私の力を以てしても時間稼ぎにしかならなかった……! 時間がないのです……! 女神の剣に選ばれし勇者を探しなさい……! そして勇者を助け、共に魔王を討つのです……!』


 不特定多数の人間に向かって話すような言葉を、どこかの誰かに届くように、信じて語り掛けているように聞こえる。

 この声には聞き覚えがある。俺が初めの人生で死んだ際聞こえた声だ。だがあの時とは様子が違う。何かに焦ったように、そして俺に話しかけていない。

 そしてそのような話に聞き覚えがあった。


「女神の神託か……!」


 常人から一つ能力の秀でた者が聞くことの出来るもの。

 今の俺の状態を見て納得がいく。ここまで練術を使い、己の力を超える気を集めた者はいないんだ。そのおかげで女神の神託の聞こえるところまで能力が上昇したんだ。

 ……しかし動揺し気をコントロール出来なくなった時、神託の声は一瞬小さくなった。俺は真に神託者になったわけじゃないんだ。一時的に能力が上昇したに過ぎず、ソリスやアスラのように素の力が飛びぬけた訳ではない。

 今の状態を解除すると、恐らく女神の声は聞こえなくなる。


『時間がありません……! 目覚めなさい……声を聞きし者たち……!』

「ぐ……ダメだ、声が小さくなっていく……!」


 練術に集中すれば女神の声が聞こえるが、そちらに耳を傾けると集中が緩まり、即座に声が小さくなってしまった。

 俺の力では駄目だ。気になることが増えてしまったが、そちらは今回は諦める。

 目の前にいる黒い魔物に向け、再度両手を突き出す。練術により掌が輝く。

 落ち着いて技を放つんだ。小さな穴から水が噴き出すように、水の勢いで穴を壊さないように。加減に最大限気を使い、なるべく最高威力で技を放て!


「練術……煌々練波……!!」


 手から巨大な光が撃ち放たれる。


「グルル、ガラララララアアアッ!」


 変異体マージベアの苦悶に満ちた声が響く。

 光はその身にまとわりついた魔物の肉塊を焼き払い、マージベア本体へ届く。その体が練術によってダメージが蓄積される様子が見えた時、周りの魔物が変異体へ飛び込んでいく。厳密には吸収されてしまう。

 新たな肉塊を得たマージベアがこちらに向き直るが、その肉塊も数瞬で弾け飛ぶ。またも苦悶の叫びを上げ、のたうち回る。

 俺は未だ練術の操作の為体を動かせない。体を飛び出していく気の勢いに、俺自身が破壊される恐れが多分にある。しかしその制御さえ誤らなければ、まだまだこの勝負を続けられる。

 魔物が吸い込まれ、肉塊と化す。相も変わらずグロテスクな様子に目を逸らしたくなる。そして次の瞬間にはそれらが剥がれる。

 その過程を何回も、何回も、何十回も観測する。

 辺りの魔物が徐々に消えていく。そして一度の回復の時間が収まるごとに、補充される魔物の勢いがどんどん早くなっていく。遥か遠くから魔石によって吸収されているらしい。変異体が弱まれば弱まるほど、その引力は強くなる。

 本体のマージベアの体の半分以上が練術の光を浴び、浄化され始めた頃。俺の剣がカタカタと音を立てる。幾度もこの剣に魔法を纏わせてきた。その剣に残った魔力の残滓が引力の網に掛かり始めたようだ。

 そしてその頃になると俺自身の練術もかなり消費され、俺は気の制御に集中せずとも良くなり始めていた。


「俺に余裕が出来たってことは、もうすぐ気が尽きるってことだ。だが、お前もそろそろ限界みたいだな……変異体!」


 俺は立ち上がり、後方から飛んでくる魔物を避ける。

 マージベアは体力が相当削られたらしく、先程までとは様子の違う涎を垂らしながら、息を荒くしている。

 このまま焼けばもうすぐで倒せるかもしれない。だが、俺は一度そこで練術を解く。そして地面を殴りつけて穴を掘り、その中へ飛び込んだ。


「炎撃魔法、ギガフレア!!」


 男たちの声が洞窟に響く。次の瞬間頭上を火炎の波が通り過ぎ、変異体を焼く。死霊術師の集団だ。

 彼らは更に魔法を放ち、雷撃や氷が飛んでいく。そしてそれはどうやらマージベアに致命傷を与えられているらしく、魔物が苦しそうに呻き、倒れる音がした。

 その様子に死霊術師がこちらに駆け寄りながら、次々に口を開く。


「いつもと様子が違うぞ! こんな攻撃であれほどダメージを負うのはおかしい!」

「それに、魔石におびき寄せられた魔物たちもいない! これは、どうなっているんだ!」

「洞窟が静かすぎると思っていましたねぇ……。これは、もしかして先客が……ほら」


 男たちが足を止める。俺が見上げると、彼らの内リーダー格の男と目が合った。


「よぉ、遅かったな」

「先程森で見かけた少年……貴方は、一体……」


 男の様子を見て気付く。歴史が変わっている。

 俺とステラは二人で山を越える。俺の案内で近道を進み、この男たちとすれ違った。だが今回俺たちはジベを連れていない。

 結果何もやり取りのないまま、ただ通り過ぎただけだったようだ。

 この状況は都合がいい。余計な情報が漏れていないおかげで、相手はまだ油断している。


「通りすがりの鉱石採掘者ってことにしといてもらえるか?」

「! 構えなさい! 攻撃が来ますよ!!」


 ニヤリと笑った俺は練術を使用し、穴から飛び出す。そのまま洞窟の天井を蹴って男たちへ飛び込むと、リーダー格の男が叫んだ。

 四人の男の内、一人の腹を殴る。その攻撃により意識を失ったらしいそいつは、どさりと倒れる。俺は一度跳び退き、大きく息を吸う。


「い、今です! 攻撃を!」

「雷撃魔法、ギガライトニング!!」


 二人の男は詠唱を終えていたらしく、そのまま巨大な雷撃を放つ。かくいう俺は別に気を練っていたわけでも、休憩していたわけでもない。意味深に呼吸することで相手の攻撃を誘っただけだ。

 飛んでくる雷撃を避けると、それは再び変異体マージベアを襲う。やはりダメージが通っているらしい。周りの魔物も俺の攻撃や、恐らくこの男たちによってある程度狩られていたらしく今は姿を見せない。

 今がチャンスだ。練術で焼き切るか、あるいは……!


「グッ!」

「がはぁッ!」


 魔法を放った男たちを更に殴りつける。両方が同時に倒れると、残ったリーダー格の男がローブを脱ぎ捨てて俺を睨みつける。

 胸には例のペンダント。そこから黒い炎が漏れ始めると、俺は気を集中して構える。


「何者か知りませんが、我々の邪魔をする者は許さないッ! 魔炎で焼き尽くされなさい!」

「なにぃ!?」


 魔炎が襲い掛かり、俺は両手を突き出してそれを受け止めようとする。

 衝撃により、俺の体はかなり押し込まれてしまう。




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