044 二人と修行
トーナメントは明日だ。あれからしばらく意識をどこかへ追いやってしまっていた俺は、ブリーへの恐怖心なんて完全に失っており、今は明日の為の準備を行っている。
先日大きな収入もあったことだし、装備を新調しようかとも考えたがステラに相談したところ、もう少し待てと言われた。
ので、今はソリスと稽古に勤しんでいる。
「脇が甘い! 今アタシなら三回殺せたわ!」
「うげぇ!!」
そう言いつつ、彼女は防御する剣ごと俺を吹き飛ばした。いくら木製の剣とは言えかなり痛い。恐らく全身が痣だらけになっているだろう。
俺は反撃しようと目を瞑り気を――
「練術禁止!」
「はい! すみません!」
ギルドの所有する演習場はだだっ広い砂地で、俺はもちろんソリスが暴れまわっても大丈夫なほどだった。そこらにある公園以上のサイズはある。
しかしその演習場で、端までぶっ飛ばされそうな勢いだから恐ろしい。
俺は練術禁止で単純な剣術の稽古を付けてもらっているのだが、如何せん素の能力ではソリスに大きく劣るわけで……。
「これ無理だって! ソリスにただの剣で勝てるわけないじゃないか!」
「そんなことない! 練術を使ってなかった頃のアンタもちゃんと強かったわ!」
そう言われて胸がトクンと鳴る。ソリスに評価されただけでこんなにも嬉しいとは、俺もかなり単純だ。
確かにゴブリンを100体討伐した時は練術なんて使っていなかった。
練術を覚えてからそれに頼りきりな戦い方をしているのソリスに指摘され、今は禁止令を出されているというわけだ。
「ほらほら、かかってきなさい! アタシはまだこの円から一歩も出てないわよ!」
見ると、いつの間にかソリスの周囲に彼女が描いたと思われる円があった。半径1メートル程の円。……嘘だろ、そんなに圧倒的なのか。
「少なくとも、そこからは引きずり出してやる……!」
「いいわね、来なさい。叩きのめしてあげるわ」
俺はソリスへ向けて剣を振る。足の加速と体重を乗せた剣はいつかのソリスのように風を斬る音がする。
対するソリスは足を前後に広げ、体を後方へ捻る。彼女は円の中から動かないという制約の元、その動きが最も最大威力を発揮すると判断したのだろう。見ようによっては居合い抜きのようにも見えるその姿から、俺は高速の剣技を警戒する。
彼女は体を大きく捻りつつも、目線は俺を睨みつけたまま動かない。俺も彼女を睨んだまま走る。恐らく俺ではソリスの懐に先に飛び込んで、彼女より先に剣を振り抜くなんてことは出来ない。
ならば、打ち合いを制するしかない!!
「おおおおおお!!」
「らあああああ!!」
上から振れば体勢的に彼女の方が優勢に見える。ならば下から抉り込むか。いや、そんな隙間はない。
俺は声を上げながら剣を振り抜く。彼女の顔面目掛けて出来る限り水平に。助走の勢いを殺さぬようにジャンプすると、彼女は俺の剣に己の剣を重ねてきた。両手を丁寧に添えたその剣は、やはり俺の攻撃なんて見切られていることを示している。
木剣が弾ける音がする。一瞬、全てが静止したような感覚になる。
ソリスと目が合う。この瞬間だけ、彼女が微笑んだように見えた。
「くそッ」
俺の剣が上方へ弾かれる。次いで彼女の剣が俺の着地点目掛けて振り上げられる。
俺は手足を丸めるが、激しい乱打を受ける……直前で彼女が手を止めていた。
「はい、ここまでね」
「……ああ! クソー! 全然だめだー!!」
こちらの顎に剣を突き付けて、彼女は笑った。俺は汚れるのも気にせず大の字に転がった。これで本日八戦八敗。
惜敗なんてこともない。全て惨敗だ。
「動きは悪くないけど。アンタは見えてる攻撃に対して思考する時間があるのよ。アタシは認識、即行動。アンタは認識、考察、行動って感じ?」
ああ、確かにそうかもしれない。相手がどう動いているかを見た後、何のためにその動きなのかを考えている時間があった気がする。
「その能力は稽古の時には必要ではあるけどね。しかもアンタはなまじ観察力があるせいで、認識も色々見えすぎている感じがするわ。認識、認識認識認識、それぞれを考察、行動。みたいな感じかしらね。もっと戦闘思考力の無駄を削ぎ落さなきゃだめね」
「戦闘思考力……」
実際ソリスの言う通りだろう。俺はソリスの動きが見えている。その体の動きや、手に添えられた指の形まで覚えている。
だがその観察力に対して体が全く追いついて来ない。単純に見ることへ意識を置きすぎているのだろう。
……というか、俺がそれだけ見えていることを認識した上であの速度を出してくるソリスは、ホント何者なんだろうか。
「じゃあ次は対魔法訓練だねー」
「げっ、ルーン」
「げっ、とは失礼じゃないか? リドゥ」
次はルーンの番か……。彼も結構容赦ないからな……。
見ると彼はニコニコと微笑んでいる。人当たりの良さそうな優しそうな笑顔。その実こちらが慌てふためくのを楽しむドSの魔術師。なんだか街のお姉さま方の好きそうなフレーズだ。
ドSの魔術師に襲われた私は、一体どうやったら助かりますか? とか。
「ほら、リドゥ。ボーとしてたら焼けるよ! シャッとしなよ、シャッド!」
「くぅ……! しゃあ来いやー!!」
「プチボルト、ミニファイア!」
実践の時に使うものより幾分威力の低い攻撃が飛んでくる。明らかにこちらを舐めていると思わしき威力の魔法を、俺は剣に巻き取った後放り返す。
「混合魔法、ウォータフロウズ!」
ルーンは更に呪文を唱えると、大量の水が杖から押し寄せる。俺は剣でそれを二つに裂いて彼の方へ突き進む。
俺の体も地面一体もびしょびしょになっている。足場が多少悪くても関係ない。早く彼の元へ向かわなければならない。
「お、狙いに気付いたかな? 呪文で察したのかな?」
「ルーンが無駄に俺を濡らすわけないと思ったから、かな!!」
彼の杖が青い光を放つと同時に、俺は跳躍する。
と、同時に濡れた地面が一瞬で凍り付く。彼の水に濡れた物が一瞬で氷に変えられたんだ。何か狙いがあるとは思っていたが、やはり二次作用のある魔術だったようだ。
濡れた物、つまり地面は当然として、俺の衣服や手足も例外ではない。
「凍り付いたものは叩き壊せばいい!」
「……なるほど、その為に跳んでたのかー」
俺は出来る限り体の面積を広くして、そのまま地面に体を叩き付ける。衣服や手足の氷が砕け散る。無理矢理叩き割るため、多少痛みが強いが、まだ動ける。
剣を構えて走る。凍った地面がツルツルと滑り上手く進めないが、それでもなんとか!
「狙い放題だよ、リドゥ」
「こ、来いよ! うち返してやる~!」
「あはは、なんだいそれは。面白いなぁ」
俺は立ち止まって木剣を縦に構えて振り、くるくると回す。冗談で場を繋いでおかないと、今雷撃魔法でも飛ばされたら返せる自信はない。
変な動きをしながらルーンの気を引きつつ、徐々に凍っていない方へと進んでいく。直に到達した俺はすかさず跳躍。後二歩ほどのところまで迫る。
俺は最大限の踏み込みをしつつ剣を構える。その首に俺の剣が届く!
「隙あり!」
「いいや、隙はないよ」
彼が言うと、俺の影から黒いモヤが飛び出してくる。
そのモヤは俺を覆うと、手足を空中に繋がれたように動けなくさせてくる。
ルーンがこちらに近付いてくる。
「実を言うと一番初めから唱えてたんだよね~。闇魔法、シャッド」
「き、汚いぞルーン!!」
「影に僕の魔力を潜ませて、隙を突いて攻撃を仕掛ける魔法だけど……まあ今回は怪我を負わせる目的はないからね」
そう言うと彼は動けなくなった俺の首元に杖を突き付けた。
ニコニコとした顔のまま完全に殺しに来るその様に、俺は背中がぞわりとする。何故そんな笑顔のままトドメを刺しに来れるんだ。
「フレア」
「おいいいいいいい!!」
ほんとに唱えやがった!!
「いや冗談冗談。魔力込めてないから、ほら出ない出ない」
「今軽く漏らしかけたから!! ホント漏らしかけたから!!」
「うわほんと涙目になってる。リドゥはからかい甲斐があるね~」
冗談じゃない!!
……と、二人に戦闘訓練を付けてもらい。俺は明日のトーナメントに臨む。相手がどれほど強いのかはわからない。ただ、ソリスとルーン程強い奴はそうそういないだろうと思った。




