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041 英雄アスラの謎、神託者、魔炎


「無傷……!」

「そんな……!!」


 黒いオーラは吹き飛ばした。俺たちは確かに斬ったはずだった。

 だが、アスラの体には。

 どこにも傷がなかった。


「ぁ……」


 アスラが両手を下ろす。そして小さく呻くと、膝を折った。


「ありが……とう……」


 そう言うと、アスラは今までの鬼神ようなの表情を緩め、安らかに眠った。





 ギルドメンバーに死者は出なかった。ただ、肺を焼かれた者や足を潰された者など、後遺症が残っている者は多数いた。

 ルーンが回復魔法をかけたようだが、それでもここまでしか回復させられなかった。彼がいなければ全員死んでいた可能性がある。

 アスラはロープに魔力を込めた道具――魔道具と呼ぶらしい――で縛られた。封印や結界のような効果があるらしく、そう簡単には抜け出せないそうだ。しかし先の戦いで見たように、彼は黒いオーラを纏うと魔法の一切を打ち消してしまう。念のために彼を捕獲した俺たち三人が尋問室へ同行した。

 ギルドの長い廊下を歩きつつ、ソリスが話しかけてくる。


「そういえばリドゥ。アンタ、人を斬ることに抵抗ないのね」

「え?」


 言われて気付く。確かに今回一切の加減なしでアスラを倒そうとしていた。相手が犯罪者だから……いや、そんな余裕なかっただけだ。例え極悪人でも一方的に斬り付けるようなことは出来ない。


「ま、正しいわよ。この世界綺麗ごとだけじゃいられないもの。相手の技量と状況、あらゆることを計算に入れて行動出来ていればいいのよ」

「そうか……。ルーンは人に魔法を当てるのは抵抗ないのか?」

「僕は手加減できるからなぁ。死ななければある程度治せるのも、感覚を麻痺させてるところはあるかもね」


 その言い分には少し納得がいった。俺のやり直しの力もそうだ。

 万が一人を殺めてしまってもやり直せばいいと心のどこかで思っている。だけど、その感覚は大丈夫なのだろうかといつも不安だ。やり直しでどうにかできる分だけ、他人の命に鈍感になる。

 この感覚が正しいのか、どう質問すればいいだろうか……。


「そうだ、ルーンは治せるとは言え仲間を攻撃できるのか? 例えばソリスとアスラが鍔迫り合いになっているところに魔法を放つけど、その時はどういう考えをしているんだ?」

「うーん。まずソリスと敵を分断して、ソリスに体勢を整えてもらいたいことから発想してー。ソリスなら必ず避けられると確信してるからそこに抵抗感はないね。リドゥは避けられないから、そういう時はどうするかなー?」


 ルーンはこちらを見て微笑みつつ、顎に手を当てて悩むフリをする。俺も頑張って避けるように努力しろということか? 意地悪だな。

 だが、この質問では意図をくみ取れなかった。次いで質問をする。


「例えば俺を生き返らせられる魔法があったとして、俺ごと魔法で敵を倒して蘇生させる選択を二人は取るか?」

「うーん……」


 今度の質問には真面目に悩む様子を見せるルーン。

 廊下の木の床をコツコツと進む音だけが響く。窓をふと見上げると、外は雨が降り始めたようだった。雫が窓を伝い、下へ流れていく。

 暫しの沈黙の後、ソリスとルーンが頷いた。


「「やる」」

「お、おぉ……」


 なんとなくショックだった。どんな状況でも君を死なせたくない! なんて言葉を待つつもりはなかったが、容赦なく殺されるところを想像して苦笑する。

 俺の反応を見たルーンがクスクスと笑う。


「ま、理由は単純さ。僕には守るべきものや達成すべき課題があって、リドゥもその志は同じだと僕は確信している。その為に誰かが犠牲にならないといけなくて、それがその時はたまたまリドゥの番なんだと思うよ」

「そうね。アタシを犠牲にしてでも倒さないといけない時があるなら、アタシはアタシを見捨ててほしいと思う。その時にはリドゥも同じ気持ちだと思うから、アタシはリドゥを見捨ててあげるわ」

「……はは、そうか」


 今度はなんとなく嬉しい気持ちになる。結局俺ごと敵を倒すという選択を取るわけだが、そこには二人からの信頼がある。

 彼らと旅をして数々の戦い挑む俺は、立派な仲間になれているのかな。彼らは俺に、彼らと同じ方向の意思があるという絶大な信頼と確信があると言ってくれる。

 …………だけど、俺は。


「それでも二人を犠牲にしたくない、と思ってしまうよ」


 そう呟くと、彼らは困ったように眉を曲げながら静かに微笑んだ。




 アスラの尋問は実に簡素なものだった。地下室の石作りの部屋に彼を縛ったまま入れ、俺たちもその中へ入る。

 ギルドの管理職員が彼に問いを投げかけている間、それをただ見張るだけ。尋問内容もそれ程厳しい印象はない。


「多分死者がいないのが大きいんだと思うよ」


 ルーンが小声で教えてくれる。怪我人は多数おり、後遺症の残る者も多いが、それでも死者がいないというのはそれだけで刑を軽く出来る要因になり得るらしい。

 俺は村からほとんど出たことのない田舎者だ。法律にだって明るくない。死者の有無一つで罪の重さが変わるのはなんとなくわかるが、怪我人やその後遺症の被害者の数は死者一人に対してあまりに軽く捉え過ぎなのではないかとも思った。

 アスラは質問に順調に答えていた。ガラガラに掠れた声で、あまりに小さすぎるその声は、こちらが聞き取るには少々難があったが。


「それで結局。今回は何故人を襲ったんだ。一時は英雄とも呼ばれたお前という男が」


 英雄。ああ、罪の重さが変わるのはこの要因もあったか。

 彼は今まで多くの人を救ってきたのだろう。その彼が乱心によって人々を襲っても、それでもきっと余りあるほど人を救ったんだ。


「俺は……」


 アスラが掠れた声で呻くように呟く。先程からこの調子なので、俺たちはただじっくりと待つ。


「故郷を……滅ぼされ……そして……」


 今までより一層重く。鉄の枷でも引きずるような重さで彼は話す。

 彼の村はやはり滅ぼされたのか。ルーンの読み通り結界を何者かが破壊したのは間違いなく、その原因はアスラではない……。


「男……に、出会った……」

「男?」


 一同が小さく呟く。


「そいつは言った……。お前の心を救ってやる、と……。故郷を失った痛みを忘れられるほど、強い心を授けてやる……と」


 まだまだアスラは続ける。


「俺が手を伸ばすと、そいつの手が黒い炎で燃えた……。そしてそれは俺の体に燃え広がり、気が付くと他者への関心の一切を忘れ破壊衝動だけが俺の体を巡っていた……」


 黒い炎……。俺はソリスと目を合わせる。

 最後に二人で斬った黒いオーラ。言われてみれば炎のように揺らめいていたようにも見える。ルーンの魔法をかき消した時も、俺とソリス二人掛かりの刃を受け止めた時も、その体には黒い炎が纏われていた。


「俺は破壊衝動だけはどうにかしなければならないと思った……。人を殺めそうなその一瞬だけ、肉体の叫びに本気で抵抗し、被害を増やさない為に砂漠へ……故郷の方へ逃げた」


 しかし彼の破壊衝動は治まらなかった。次の標的は市民ではなく、ギルドメンバーへと向いた。

 それが数々の罠であり、一番初めに接触した際に放った業火の矢だった。


「男が再び俺の前に現れた……そいつは言った。流石|武≪ぶ≫に|依≪よ≫って|女神≪めがみ≫の|神託者≪しんたくしゃ≫に選ばれた者だけあって、やはり|魔炎≪まえん≫への抵抗力を持つか、と……」

「女神の神託者……!」

「魔炎……!」


 ソリスとルーンがそれぞれ目を見開いた。


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