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040 決着アスラ、練術と剣術


 感情が昂る。肉体に怒りと悲しみが渦巻いている。

 俺は目の前で二度、ソリスを失っている。

 大切な仲間の命が、自分の腕の中で失われる感覚は。

 何度体験したって慣れるものではない。


「練術……!!」


 気を集中する。感情のコントロールを失った俺は自身の気が奔流しているのを自覚している。

 練術において気の奔流は絶対に許されない。落ち着いた感情の上で、気を洗練されたものとして扱わなければ大変なことになるからだ。

 ――しかし、大変なこととは?

 トーキさんの教えでは気の暴走は、自身の体をも破壊してしまうことになるらしい。奔流した気では制御が効かない。使用者の体が破壊されるほど程のエネルギーが、練術にはある。


「だけど、俺は……」

「リドゥ!? エネルギーを集めすぎだ!! 死ぬぞ!!」


 砂漠の端から端まで、全ての自然エネルギーを俺に集める。本来の許容量を遥かにオーバーした力に、俺の体が軋むのを自覚する。

 頭が痛い。血管が破裂しそうだ。体の中から、内臓が今にも爆発しそうな感覚になる。


「練術――!」


 俺は走る。

 俺が刀を折る前まで戻った為、アスラは未だ二刀を持っている。この状況でなければならない。二刀揃っていないと、アスラの力を受けきれない。

 アスラはこちらに気付くと、矢を放つ。先程はこれを右手で受け止めた。だが、今度は避けきることができる。

 褐色の男にまで接近した俺は、拳を握る。集まりすぎた気が漏れ、拳から光を放っている。

 殺す気はない。だが殺す気で行かなければ俺たちが殺される。だからすべての力をここに込める!


「金剛拳!!」


 アスラの胴目掛けて振り抜くと、その体が遥か向こうへと吹き飛んでいく。と、同時に暴走した気が俺の体内を駆け巡り、背中の皮を破って爆発する。


「あが――ッ!!」


 制御に失敗した――死ぬ前にやり直せ!

 光が溢れる。


「あが――ッ!!」


 しかし。

 何度やり直しても成功しない。何度も何度もこの身が爆裂し、死にかけながらやり直す。

 この時間では制御ができない。もう少し前からやり直さなければならないんだ。


「クソォ!!!


 何度も気を集めるところに戻る。荒ぶった感情に焦りが混じっていき、どんどん失敗が積み重なっていく。これでは何も変えられない。失敗覚悟の方法では何も変わらない……!


「リドゥ!!」


 唐突に、誰かに頬を張り飛ばされる。


「落ち着きなさい、リドゥ! アンタ一体何やってんの!?」


 ソリスがいつの間にか俺の隣に来ていた。今はいつだ。いつ、どのタイミングに俺はいるんだ。


「ソリス、退いてくれ。あいつは俺が一人で倒すから――」


 そう言いつつ、彼女の体を押し退けようとする。

 ――もう一度頬を張るソリス。

 俺は頬を押さえて彼女を見る。泣きそうなようにも、怒っているようにも見える。


「アンタ一人で倒せるわけないでしょ!! 何をそんなに焦っているのか知らないけど、ちゃんとアタシたちと一緒に戦いなさい!!」

「ソリス……」


 先程見た彼女の死の衝撃が薄れていく。その直前に聞いた言葉を少しずつ思い出す。

 そうだ、ソリスは言っていた。


「アンタはちゃんと強い! そして私たちも弱くない! アンタ一人で抱え込んでちゃダメなのよ!! 『アンタの心の剣は、何のために刃を振るうのかを思い出しなさい!』」

「!!」


 目を見開く。死の間際、ソリスが放った言葉だ。

 さっき聞いた時、ソリスは俺のやり直しの力を知った後だった。だけど、今目の前のソリスはそれを知らない。俺が上手くやり直しさえすれば事態が好転すると思っているなんて、彼女は知らないはずだ。

 なのに、同じことを言って俺の目を覚まさせてくれる。じっと見つめると彼女の目は微かに充血していた。こんなにも心配されるほど、俺の様子はおかしかったのか。


「……久しぶりにソリスの顔をちゃんと見た気がするよ」

「何言ってるのよ。ずっと一緒に戦ってたでしょ」


 彼女は微笑み、涙を拭う。ソリスを泣かせてしまった。

 ここまで心配し、涙を流してくれる存在が目の前にいる。彼女は俺をただの仲間だと思っているかもしれない。だが、俺の中で確実にそれ以上の感情が芽生えてくる。

 俺は剣を抜くと、練術を付与する。


「ソリス、もう少しだけ待ってくれ。君と戦うための力を手に入れたい」

「な……! な、なにを言ってるかわからないけど、早くしなさいよねっ」


 彼女は俺と並んで剣を構えると、顔を赤くして向こうを向く。俺は微笑むと、剣に集中する。

 練術を使用して剣を扱うと武器の方がもたない。だが、先程何度も自分の体を爆発させてわかった感覚がある。

 俺の体内を駆け巡った気が俺の体を破壊したように、剣の中でも同じことが起きているのだ。剣にもエネルギーの器があるはずで、そこに無理矢理俺の気を流し込めば砕け散るのは当然だ。

 まずは剣の器を見極めろ。


「練術……!」


 剣が砕け散る。

 光が溢れる。


「く……!」


 砕ける。砕ける。砕ける。

 何度も何度も砕け散る。だが、ほんの少しずつ。ほんの数瞬ずつ砕ける時間が伸びていく。俺はそれを何百回とやり直した。

 そして――。


「リドゥ、その力は……」

「練術の力を剣が壊れない程度に流しているんだ。これなら練術を使いながらでもソリスに習った剣術を多少は使えるはず」


 先程体を爆散させながら使った拳の応用に近い。金剛拳は許容量を遥かに超え、爆発寸前の力を拳に宿していた。

 ほぼ同じ状態の剣。光を放ち、俺の体も大幅に強化されている。


「金剛剣。これでやっとソリスと並んで戦える」

「そ、れは……どうかしらね! ちゃんと付いて来なさいよ!!」

「ああ!!」


 俺とソリスは同時に飛び出す。アスラがルーンの攻撃をかわしながら、一転。こちらへ向かって二刀を振り乱す。


「ルーン!!」

「すごいじゃないかリドゥ! 今の君になら受け止められるかもね! フレア!!」


 俺とソリス目掛けて業火が押し寄せる。俺たちはそれぞれ剣で受け止め、刃に炎を宿す。

 なんて力だ……! 持ってるだけで炎が迸る。物凄い魔力が込められており、今の状態でなければ決して扱えない。


「牽制は任せたわよ!」

「はいはい!」


 ルーンが更に魔法を繰り出す。アスラはそれを避けつつこちらへ走って来る。

 攻撃を避ける動きはやはり舞のようで、美しさに感動すら覚える。しかしそれでも攻撃を避けていることに変わりはなく、少しずつルーンによって行動が制限されている。彼の恐ろしい程の計算能力の高さと、魔力を精密に操作する力に驚嘆する。

 アスラが大きく飛び出す。――見えた。狙うべき一点。

 ソリスと目を合わせ頷く。俺たちは攻撃をギリギリまで引き寄せ、二手に分かれて回避する。

 アスラが砂を大量に巻き上げて着地すると、俺たちが左右から斬りかかる。


「おおおおおおお!!」

「らああああああ!!」


 アスラが半月刀をこちらに振る。俺たちの攻撃を受け止めた。

 だが、それも束の間。一瞬にして刀が砕け散り、俺たちの刃がその褐色の肌に迫る。

 高揚している。俺は今、最高に高揚している。ソリスと肩を並べて強敵を追い詰め、その戦いに勝とうとしている。

 頭が沸騰しそうだ。


「フン!!」

「な……!」


 アスラが両腕で身を守る。突如として黒いオーラが溢れ出す。

 そうだ……! こんなこともしていたな、こいつは!!


「ん、ぎぎ……!」

「こ、の……! いい加減くたばりなさいよ!!」


 両腕でアスラが俺たちの攻撃を受け止めている。俺たちは必死にそれを押し込む。

 彼の体が砂に埋もれ、地面に突き刺さっていく。

 数秒か、数分か、長く、長く膠着状態に陥る。少しずつ俺たちは押し込めているはず。

 そして。


「……!」



 俺たちは刃を振り抜いた。

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