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036 危険な緊急クエスト


「デザートオーストのローストステーキだよ」

「言いやすいのか言いにくいのかわからない名前ね」


 夜。俺たちは砂漠の真ん中にテントを用意する。ルーンが結界を張っているらしく、それ程警戒しなくてもモンスターが現れることはないそうだ。

 俺たちは彼の作った鳥のステーキに食らいつく。同じ火炎魔法でも調理用の火力に調節しているのはかなり難しいことらしい。ステラが広報に抜擢してよかった、と賛辞を述べていた。

 何だこの肉、うっま。


「明日の昼には到着するわ。着いたらアタシたちはギルドを目指して寝床の確保よ。依頼があればそのまま受けるし、なければ次の街を目指すのもありよ……なにこれうっま」

「私たちアキナイ商団はそこで解散ですね。ここまで皆さんありがとうございました。依頼したのが皆さんだったおかげでかなり早く到着出来ましたし、何より安全に来られました。……うわうっま」


 商団の面々がステーキを頬張っては目を細めて上を見上げている。わかる。超うっまい。

 相変わらずローブで顔を隠している女性が気になったが、俺たちは誰も声を掛けなかった。

 次の日、俺たちは砂漠を越え、緑豊かな街にやってきていた。名前はシフトの街。


「シフトまで送っていただいてありがとうございました! 皆さんの今後に幸多からんことを!」

「はいはーい。アンタらも気を付けてねー……」


 150万ゴールドきっちり受け取ったステラと、それを見ながら苦笑するソリス。ソリスがやや申し訳なさそうに商団に手を振ると、俺たちはギルドを目指す。


「報酬はどう分ける?」

「私はいらない。しばらくここで商売をするから、タダでついて来られただけで満足」


 ギルドには銀行部門があるらしい。それぞれの生体情報を魔力に変換し、それをパスワードとして特定口座の情報にアクセス……とかなんとか。よくわからなかったが、手をかざせば貯金できる便利なシステムなことだけ理解した。

 ステラが報酬を断ったため、きっちり50万ずつ俺たちは自分の口座に入金しておいた。……実はあと2000万程入金したいのだが、それは箱に入れて故郷の山の中に埋めてきてしまった。またいずれ取りに戻れば良いだろう。


「リドゥ、いつシフトを出るの?」


 ステラが訊ねてくる。


「んー……ソリス、いつ?」

「しばらくここを拠点にしてもいいわよ。ステラ、どうしてそんなことを?」

「……ソリスは関係ない。リドゥ、一か月経ったらまた私を訪ねてきてほしい。用意したいものがあるから」

「何から何まで悪いわね、ステラ」

「……ソリスには何も用意しない」


 ステラがむすっと返す。その様子にソリスが彼女を捕まえて頭を撫で倒していた。ターバンがぐちゃぐちゃになり、ステラは心底迷惑そうな顔をしている。

 ソリスがなぜここまでステラに構うのか不思議だった。そう呟くと、ルーンが静かに教えてくれる。


「ソリスは一人が苦手なんだよ。自分にも他人にも厳しいから、友達もできなかった。修行時代は周りに同年代の女の子なんていないし。リドゥとの繋がりとは言え、女の子と知り合えて嬉しいんだと思うよ」

「……そうなんだ」


 ソリスの鍛え上げられた強さ。女神の声を聞くほどに秀でた能力は、彼女の孤独の上に成り立っていたのだと俺は初めて知った。そういえば彼女が単体行動をしているのを見たことがない気がする。いつもルーンか俺が近くにいる。

 彼女の背負っている孤独を窺い知れた気がした。


「じゃあね、リドゥ。また会いに来て。ルーンも広報を担ってくれるならサポートするから用があったら来て」

「ああ、またな。……あ、抱きつかないで、思春期にはキツイから」

「私は!?」

「ソリスに用はない。それじゃあ、一か月後」


 ステラは商業エリアの方へ去っていった。俺たちもギルドの依頼書を眺める。

 シフトの街は緑が多い。とはいえすぐ近くに砂漠があるからか、砂漠に関する依頼も多い。あと、対魔物というより人に関する依頼も多い印象だった。


「あまり治安は良くないのよ。砂漠で全てを失った人が入る犯罪組織みたいなのもあるみたいだし。さて、どの依頼を受けましょうかねぇ……」


 三人でボードを眺める。その時。


「緊急クエスト! 緊急クエスト! 高ランクギルドメンバーが市民を襲撃! 急ぎ捕えよ!」

「緊急クエストってなんだ……?」


 ギルドの幹部のような人が俺たちに向かって叫んだ。そして何枚も依頼書を貼り付けていく。広間で駄弁っていただけのメンバーや、殴り合いをしていたメンバー、果ては食事中の者までゾロゾロと集まってくる。

 ルーンがその内の一枚を手に取り、俺に見せてくれた。


「緊急クエストっていうのはね、ギルドに対して明確な危害を加える事態が起きた時に最優先で解決すべき依頼のことなんだ。ほら、ネメアの時依頼書の偽造と記憶操作をされていたことがあっただろ? その時リドゥは寝てたから知らないだろうけど、緊急クエストで解決したんだよ」


 なるほど、確かに一瞬ちらと聞いた記憶が……そんなことよりその辺りの記憶はソリスのパジャマ姿の方が印象に残っている。

 そして当のソリスを見ると、依頼書をルーンから奪い取り、目を輝かせている。その顔を見て俺たちはぞっとする。


「ソ、ソリス? 俺たちは他の依頼をしない……? 高ランクメンバーなんて危険そうだしさ……」

「そ、そうだよ。ほら、こっちのボスワーム連続20体狩猟の方が楽しそうだよー……」


 目を輝かせたソリスはかなり危険だ。前回この表情を見たのはネメアの時だ。ルーンから教えてもらったことだが、彼女が目を輝かせるとき、その先に大変な危険が待ち構えていることが多い。

 その超人的な勘で危険に飛び込むことを喜びとする精神。それに付き合わされるには、俺たちの精神では強靭さが足りない。


「否! 否よ!!」


 ダン! とソリスがボードを打つ。勢いで数十枚の依頼書が剥がれ落ちる。

 にこやかだ。大変楽しそうだ。


「ルーン、リドゥ! この依頼、アタシたちで達成するわよ!!」

「「い・や・だ!!」」


 示し合わせたわけではないが俺とルーンが声を揃える。しかし既にルーンの首根っこがソリスの左手に掴まれている。ルーン、陥落。

 彼女はその綺麗な唇で依頼書を咥えると、俺に向かって指を差す。全力で首を振ると、指がいつの間にか剣先に変わっている。恐ろしく早い抜刀術だ。完全に見逃した。


「ついて来なきゃ、斬るわよ」

「――ッ!? ――!!」


 声にならない。驚きと恐怖と何よりもその凄技に心を奪われている。

 両手を上げて更に首を振るが、次の瞬間にはルーン共々受付の前に叩き付けられていた。


「高ランクメンバーの捕獲、志願するわ! ソリスとルーン、リドゥの三人で!」


 俺とルーンは衝撃に悶えて声が出せないが、全力で拒絶の意思を示す。――しかし何も起こらなかった。


「はい、受諾致しました。お気をつけていってらっしゃいませ!」


 俺たちはソリスに引きずられながらギルドを後にする。

 諦めた顔のルーンと、恐らく顔面蒼白な俺。俺たちは目を合わせると、静かに合掌した。



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