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034 ボスワームと新たな挑戦


「占めて3万ゴールドで売って来たよ」


 ルーンが俺たちに告げた。またも向こうの方で商人たちが膝をついて泣いている。

 基本的に俺とソリスが先頭を歩き、その後ろに商団がついてくる。更に後方をルーンが守るという形なのだが、彼は暇を持て余したのか商人たちと何やら雑談をした後、先程手に入れた魔物の肉を彼らに売りつけていた。数キロ単位の肉で、保存も聞くように彼が魔法を掛けてある。とはいえ急に仕入れをさせられる商人は堪ったものではない。

 ルーンも意外と話術が堪能なのかあの手この手で彼らを丸め込み、見事3万ゴールドを獲得していた。


「大丈夫大丈夫。彼らならちゃんと売れば10倍以上儲けられるよ。僕はそんな暇ないからやらないけどね」


 儲けもなにも、俺たちは彼らから150万も支払われている訳だが。そこに追い打ちをかけるように出費させるのはどうなのだろう……。

 ともかく。

 砂漠とはいえ砂ばかりがあるわけではない。岩場になっている場所までやってくると、流石に俺たちも進行速度が落ちる。荷物を一度ソリスと俺が手分けして運んだり、商人たちを抱えて大岩を跳び越えたりしなければならない。


「練術で強化した身体能力を遥かに上回るソリスって……」


 思わず呟く。ルーンがニコニコしながら答える。


「それだけの力があるから女神の声を聴いたんだろうね。大丈夫、リドゥの練術もすごく強いよ。戦闘力で言ったらソリス、僕、の次の三位だ」


 その基準なら前から三位だよ! ……ソリスとルーンと共にいると、自分の力が本当に強くなったのかわからなくなる。


「あ、この先にボスワームが出ます……」


 岩場を越えかけた頃、アキナイさんが告げた。周囲を山と見違えるほど高い岩に囲まれた砂漠。今まで通った岩場より遥かに高いその岩は、乗り越えることが不可能なほどに高く急斜面だ。そうなれば必ず岩と岩の間を通らなければならない。

 この絶好のポイントにボスワームが待ち受けているのだろう。

 ソリスが先に下り、砂の上を駆けまわる。


「ボスワームは地中に潜っていて、砂の上に動く物体を敏感に察知するんだ。ああやってソリスが囮になれば必ず姿を現すはずだよ」


 と、ルーンは説明するが、中々現れない。彼女もわざと強く砂を蹴るが、一向に現れる気配がない。

 ボスワームが別のところへ狩りに行っているか、眠っているか。何らかの事情で出てこないことがたまにあるらしい。

 これが、運が良ければ無傷で済むときのパターンか。


「念のために俺たちだけで先に進んで、大丈夫そうならアキナイさんたちに来てもらうことにしようか」


 俺が提案すると三人は頷いた。

 ステラには上で待っていていいと言ったが、アキナイさんたちが難色を示したことと、ステラ自身が付いてきたがったので共に砂漠へ下りた。やはり気配はない。少なくとも俺の感知できる範囲にはいないようだ。

 四人で塊になって移動しているとルーンが声を上げ、指を差した。何かが落ちている。俺とルーンが近寄ると、どこかの商団の残骸だった。


「やっぱりこの辺りで襲われてるんだね……」


 ルーンが遺品を砂から掻き出していた。その時。


「! 何か近付いてくるぞ!!」


 俺が気配を察知して叫ぶ。かなりでかい。方向は下。やはり居たのか……!

 気配が迫り、その先端がステラの足元から現れる。彼女がこちらに手を伸ばしているが、俺は間に合わない。


「ステラ!!」


 その手を掴んだのはソリスだった。彼女は砂を蹴り、ステラを抱えたまま上空へ避難する。ルーンが叫ぶ。


「ソリス! 上はダメだ!!」


 現れた巨大なミミズのようなモンスターはそれを追いかける。大口を開けており、ソリスの自由落下を待っている。彼女は剣を抜いて突き立てようとするが、そのまま口の中へと飲み込まれてしまった。

 二人が飲み込まれた後、ミミズは砂の上でうねうねと暴れまわる。俺たちで救出に行かなければならない。


「ルーン! ソリスたちを救出できる魔法はないのか!」

「転移魔法とか色々あるけど、モンスター自体が動いてるから狙いがつけられない。一度僕とリドゥで動きを止める必要がある」


 ルーンは冷静に返した。対する俺はかなりテンパってしまい、この状況をどう打開すべきかわからなくなっている。

 とりあえずアキナイ商団の方に待つように指示を出すと、俺は練術を拳に集める。はやる気持ちを抑えられず駆け出そうとすると、ルーンが俺の肩を掴んで引き留めた。


「落ち着きなよリドゥ。ステラだけならともかく、ソリスが食われて死ぬと思う?」

「それは……確かに死にそうにない」


 ボスワームの口は目算で10mはありそうだ。口が巨大すぎる為、獲物が小さい時その巨体の中で生き残る可能性は高い。

 問題は、奴はその口から砂を大量に飲み込む。体の中で砂に溺れることの方が心配だ。

 ここまで考えて、ようやく少し冷静になってきていることに気付いた。そうだ、俺にはやり直しの力があるんだ。今からやり直せばピンチにならずに済むんじゃないか。


「ソリスと連絡魔法が繋がったよ、リドゥ。体内を削り取って待避所みたいなものを作れたらしい。内側から出てこられればいいんだけど、その為には外からも攻撃をしないといけないかもね……」


 やり直せば……いや、今を必死に生きることはやめてはいけない気がする。ソリスが体内で生き延びようとしていること、ルーンが状況を打開するために考えていること。二人がそうやって生きていることを、俺も見習わなければならないんだ。

 やり直しは最悪の事態に陥った時でも間に合うはずだ。今は今を打開するように努めよう。


「内側からはなんで出てこれないんだ?」

「単純に外皮が固いんだ。属性魔法が効果的なんだけど、流石のソリスも魔法までは使えないからね。外側から僕らで外皮を破るしかない。ライトニング!!」


 ルーンがそう教えてくれる。彼が雷撃魔法を放つが、ボスワームは砂を大量に巻き上げてそれを防いだ。今の攻撃で俺たちにも気付いたらしかった。こちらへ大口を開けながら近付いてくる。

 俺とルーンは回れ右で走って逃げる。


「俺たちも食われたら体内で合流できるんじゃないか!?」

「いや、ダメだ。見てごらん。砂を大量に飲み込んでいるだろ? あの中に入って、丁度良くソリスたちの元へ辿り着けるとは思えない」

「なら……練術!」


 俺は足に気を集中する。爆発的な推進力を得た俺はボスワームの口元を横切り、そのピンク色の胴体を蹴り上げる。気持ちの悪い柔らかな感触が伝わって来る。多少皮はへこんだようだが、すぐに戻ってしまった。

 これは剣で斬らなければならないのか……しかも属性魔法付きで。ルーンがボスワームから逃げているところへ再び合流する。


「練術と武器を組み合わせたりとか……出来ないよね」

「ああ、同門のルーンなら知ってるだろ。トーキさんは武器の才能がなかった。だからこそ練術をあそこまで極めたんだと思うけど」

「だよね」


 トーキさんは武器を使えない。だから練術と武器を組み合わせた戦い方を彼女は知らなかった。故に俺たちも習っていない。

 一度試しに練術を乗せた剣を振ってみたが、刃の方が力に耐えられず砕け散ってしまった。


「遠距離からの雷撃も当たらない。練術も効果がない。残された手札はリドゥの剣だけだけど、僕がソリスとやっている方法を試してみるかい?」


 走りながらルーンが説明してくれる。その方法とは。

 ルーンがソリスに向かって魔法を放つ。それを彼女が剣で巻き取って、そのまま属性魔法を宿した斬撃を繰り出すそうだ。……ん? 俺死ぬんじゃね?

 ライトニングなどの呪文は、それこそ本当に雷のごとく飛んでいく。それを……巻き取る……?


「いや、俺はやり直せる! 状況を打開するためにならこの力を使おう! ルーン、それで行こう!」

「ほ、本気かい? 言ったのは僕だけど半分冗談だったよ……と!」


 ボスワームが飛び掛かって来る。俺たちはジャンプしてそれをかわし、自然と二手に分かれる。ボスワームが俺の方に付いてくる。これは好機だ。

 俺は走りながら剣を抜き、ルーンに叫ぶ。


「やろう! ルーン! 俺がなんとか受け止めるから!」

「……わかった。死ぬなよ!」


 そう言うと、ルーンは少しばかり微笑みながら俺の方へ杖を向けた。



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