033 対面、ステラとソリス
「依頼料150万取って来た」
「はぁ!?」
開幕早々ステラが言った。依頼主である商人たちが全員膝をついて涙を流している。
依頼料って50万じゃなかったか……? ソリスが言うにはそれでも相場より安いらしいが、にしても三倍の金額を取って来ることがあるだろうか……?
「相場は無傷前提で120万くらい。それでもかなり安いけど、ギルドの人たちはあんまり知識がないから50万でも受けてたんだと思う。だけど今回は私がいた。リドゥ、褒めて」
「す、すごいなステラ。だけど大の大人が五人蹲って泣いてる光景はちょっと……」
「相場の二倍は勘弁してあげた。こちらの頭数は四人。私は戦闘員じゃないから三人として、50万を三人分と言うところにしてあげたの」
彼女は俺の手を取ると、自分の頭の上に乗せた。仕方がないのでそのまま撫でると、彼女は嬉しそうに眼を細める。
それから間もなく街の出口に商団と俺たち四人が揃った。流石のソリスも報酬金の跳ね上がり具合に目を剥いていた。申し訳なさそうにする俺たちと、怖いものを見る商人たちの対比は、周りから見ればさぞおかしな光景だっただろう。
「それじゃあえっと……ギルドの皆さん。今回は同行依頼を受けていただいてありがとうございます……私はアキナイ商団代表のアキナイと申します……」
「うん、よろしく! アタシはソリス。白髪のがルーンで、黒髪のがリドゥ。そっちのちっちゃい子はステラね!」
明らかにテンションの低い商人の代表の男性。アキナイさんはそれぞれ俺たちの顔を見つめ、最後にステラを見た時に顔を青ざめさせていた。……どんな交渉をしたんだ、ステラ。
心なしかソリスも気を使っているように見える。いつもの他人へのとげとげしさはなく、気さくに振る舞おうと努めているように見えた。……白髪と黒髪ってテキトーに紹介されてしまったが。
メンバーは全員で十人だ。商団側の男性五人が大きな荷物を背負い、残り一人はローブで顔を隠しているが女性のようだった。彼女は軽めの荷物だけ持っているが、どうにも扱いが商人の仲間と言う感じではない。丁寧に対応されているところに違和感を抱くが、依頼主の事情なのであまり首を突っ込まないことにする。
俺たちも砂漠越えの為の荷物をステラに見繕ってもらっており、それぞれ荷物を背負う。情けないことにソリスが一番でかい荷物を背負っている。
方角は西。東大陸の中心に向かって進むイメージだ。街を出てしばらく進み、徐々に緑も少なくなってくる。直ぐに砂漠が始まった。
「早速お出ましよ! アキナイたちは離れてなさい!」
ソリスが遠方から迫る影を見付けたらしかった。なんて視力してるんだ。気で警戒している俺なんかよりも、索敵能力が高すぎる。彼女は荷物を放り投げると、剣を抜きつつそちらへ向かう。
俺とルーンも後からソリスを追っていく。
「鳥類型の魔物で、パッと見た感じはダチョウ! ルーンあの魔物なに!」
「デザートオーストの群れだね。結構好戦的だけど面白い習性があるから、見せしめに数体狩れば意外と簡単に狩れるよ。何体見える?」
「ざっくり50体! じゃあアタシから行くわよ!」
ダチョウ型の魔物と言うこともあり、俺たちにもすぐ視認できるようになるほど距離を詰めてくるのが早い。こちらも近付いていることもあり、間もなく交戦状態へと入る。
ソリスがまず剣を携えて突っ込んでいく。砂漠の対策として新しく用意したマントがなびいている。彼女はダチョウの群れに飛び込むと、次の瞬間には3体の首を落としていた。
「はや!」
「うーん、いまいち群れの仲間が今のをちゃんと見てなかったようだ。リドゥ、君も行ってもう数体倒してきてほしい」
「わかった」
ルーンは立ち止まって何やら唱え始めた。彼が何かを詠唱するのは初めて見るかもしれない。大体いつも魔法名だけで魔法を繰り出しているイメージがある。
俺は気を集中させる。砂漠は自然が少ないので、思った以上に気が集まらない。それでも俺は腕力と脚力の力を増幅させてダチョウを殴るために拳を握る。
「練術――」
瞬間的に俊敏性を高くし、同時に数体を攻撃する技。天然でソリスがやっているのと同じことだが、俺は練術を使わなければ彼女の動きを再現できない。俺が強くなればなるほど、ソリスの化物具合が身に染みるというかなんというか。やはり彼女は俺の目標なのだと再認識する。
体が分身したような錯覚さえ覚えながら、俺はデザートオーストに拳を振る。
「――|複式複打≪ふくしきふくだ≫!!」
見えた敵を全て殴りつけた結果、5体が同時に倒れた。異変は直後に訪れた。
俺が魔物を倒す様を見ていた別の個体が、砂に頭を埋め始めた。それを見た個体も同様にし、群れ全体が同じポーズを取る。突如訪れた奇妙な現象に俺は拳を解き、ソリスも剣を下ろして首を傾げる。
向こうから歩いてきていたルーンが詠唱を終えたらしく、解説をしてくれた。
「デザートオースト。砂漠のダチョウだよね。自らに危機が訪れたことを自覚すると、砂に頭を埋めてその危機から全力で逃避している……らしいけど、事態はむしろ悪化してると思うんだよねぇ」
「え、なに。つまりこいつら、これで解決したつもりなのか」
「そ。だから僕みたいに全体魔法が使える人間がいたら格好の的だよね。カッコウの的、ダチョウだけど。なんちゃって」
くだらないことを言いつつ、ルーンの頭上には尋常じゃない程の魔力が渦巻いていた。彼はそれを右手で持ち上げるようにしながら、こちらにやって来る。こんなに大規模な魔法を使っているのは見たことがない。……ただ、この状況でそれが必要には思えないが。
俺とソリスは群れから離れるように指示される。相変わらず間抜けに顔を突っ込んだ30体程の魔物の群れは、次の瞬間ルーンの魔法に襲われる。
「複合オリジナル魔法。プレパレーション!」
ダチョウたちの体が魔法によって空中へ浮き上がらせられる。恐らく風の魔法を使っている。緑色に見える魔力の渦の中に群れが飲み込まれると、見る見るうちに羽がむしり取られていく。次いで炎の魔法、水の魔法と彼らを襲う。見ようによっては鶏の下処理にも見える。
「お、流石農家の出身。そうだよ、今下処理しているんだ」
「え」
「詠唱しないと大変なんだ、こんなに大規模な複合魔法って」
「ルーン、そんなことの為にわざわざ準備してたのか!?」
デザートオーストたちはとっくの昔に絶命しており、鳥肌が露になると、次いで部位ごとに裁断され始める。
照り付ける太陽と真っ青な空を背景に、この上なくグロいショーが繰り広げられている。鶏はこうやって処理してたから俺は多少見慣れているが……。向こうの方でアキナイ商団の皆さんがドン引きしている。
「後は氷魔法で冷凍して、風魔法で運べばおっけー。鮮度を保ったまま砂漠を抜けられるよ」
「にこやかに言うが、あの血だまりどうするつもりだよルーン」
「……埋めちゃえば大丈夫だよ」
加工された鳥肉と、残骸が渦巻く魔法の塊がその場に残った。ルーンは残骸の方を砂の中に隠すと、爽やかに汗をぬぐった。
一仕事した、みたいな顔だ。
「その、皆さんお強いんですね……」
やがて追いついてきたアキナイさんが冷や汗を流しながらそう呟いた。ソリスは当然として、ルーンもやはり相当な使い手だ。150万分の働きをこの二人ならしてくれるだろう。彼に後悔をさせないよう俺も頑張らないと。
様子を見ていたステラがじっとルーンを見つめている。ルーンは首を傾げて訊ねた。
「どうしたの? ステラちゃん」
「複合魔法はそもそも難易度が高い。それをあの規模と精密性で使えるなんて、あなたも私の商団の広報にしてあげる」
そういうとステラは何かバッジを取り出すと、ルーンのローブに付けた。俺のマントと同じく、ステラの商団のロゴマークだ。
「なんかチームって感じがしていいわね! ステラ、アタシにもつけてよ!」
ソリスがにこやかに語り掛けるが、ステラは冷たくそれを睨み返す。
「嫌。あなたが強いかどうか私は知らない。仮に強くても品性が伴ってないと広報に使えない」
「……ふーん。じゃあ、アタシがそれを証明すればアタシのことも広報に使ってくれるのね? 仮にリドゥと仲良くしてたとしても」
……無駄な挑発だ。これは完全に無駄なやり取りだ。何故だかステラはソリスにだけ当たりが強くて、ソリスはからかい半分、本気半分でステラを煽っている。俺を取り合うような構図が描かれているが、ステラはともかくソリスは俺に気なんてないのだから。
ソリスは煽るように言った後、俺の腕に抱きついた。ステラの目の色が変わる。
「怒った」
そういうと何やら液体の入ったビンを取り出して、それを振り撒く。ソリスが俺をぶん回しながらそれを避けると、落ちた液体が砂を溶かしている。……砂を溶かしている!?
「ステラなんだそれ! めちゃくちゃ危ない液体だろ!?」
「大丈夫、リドゥには当てないように気を付ける」
「いや、今ソリスが俺をぶん回してなかったら確実に当たってたから!!」
「大丈夫。だからその女から離れて」
ステラがビンを持って追いかけてくる。
俺とソリスはそれから必死に逃げた。逃げつつソリスの様子を窺うと、本当に楽しそうな笑顔を浮かべて頬を上気させていた。




