030 絶望の過去を
父親が山賊の剣に掴みかかる。山賊はその手を振り払おうとステラを押し退けて、父親も蹴り飛ばす。尻もちをついた彼に凶刃が襲い掛かる。
いいタイミングだ。
「なんだと――ッ!?」
木から飛んでいた俺の拳が奴の手を弾く。サーベルがその手を離れ、池へ落下する。当然体が流れていく俺も池へ落下する――ってやばい。
「剣がなくたってなぁ……!」
山賊の声を聴きながら、大きな水飛沫と共に俺は水中へ飛び込む。勢いそのままに水底まで行ってしまったので、慌てて底を蹴って脱出する。
父親が殴られたらしく、気を失って倒れている。山賊の魔の手は次にステラへと及にかけていた。
「待てよ」
俺は山賊とステラの間に立つ。彼女の表情は怯えきっており、頭を覆って震えている。……俺が目を離したせいでこんな状況になってしまって申し訳ない。俺は彼女の不安を取り除こうとその手を握る。
「ごめんなステラ、遅くなって。もう大丈夫だ、今から君を助けるから」
「リドゥー……ル?」
「俺に任せてくれ」
手を離し、その頭を撫でる。俺の顔を見て少しだけ安心してくれただろうか。震えが多少治まったように見えた。
俺は向き直り、山賊を睨みつける。相手も覚悟を決めたのか指を鳴らしながらこちらへ近付いてくる。
「言うまでもないが、俺はお前に勝つぞ」
「バカにしやがってクソガキ……! 俺を舐めるなぁ!」
俺が悪かった。この結末でステラが深い傷を負ったままならやり直して彼女を救おう。とはいえ、元凶はこの男だ。俺の気が晴れるまでは付き合ってもらう。
冷静さを欠いた者の拳は実に単調だ。奴は子供の身長である俺の顔面を殴るべく、姿勢を落としながら直線的にその拳を振るう。故に攻めるべき弱点が多数存在する。姿勢を支える膝、太もも、腰。がら空きになった腹に拳を突きさすのも簡単だ。
だが、やはりここは最も俺の溜飲が下がるように。
「練術……」
「こいつッ!」
拳が俺の横を通り過ぎる。既に俺は避けている。その手を掴み、勢いそのままに地面に叩き付ける。男が呻くところに跨り、その胸を踏みつける。
気が奔流する。洗練された力でなければならないが、今の俺にはその制御をする感情を持てない。
「地割り!!」
「ぐぶぅ!!」
男の顔面に精一杯の手加減をしながら拳を叩き込む。
歯が折れ、鼻が曲がっている。恐らく頬の骨も折れただろう。それ程の強打であるにも関わらず、俺の拳に傷はない。いつかに手を痛めながら人を殴ったのが嘘のようだ。
以前の俺では想像できない程に、己の凶暴性を感じる。ぐちゃぐちゃに傷付いた山賊を見てスッとした気分になってしまう。力を持った肉体に宿る精神。ひ弱だった頃の精神。同じ俺のはずなのにこんなにも変わってしまった。
「リドゥール!」
そんな荒ぶった感情を止めるように、少女の声が俺を呼んだ。ステラが涙を流して父親の体をゆすっている。
俺は駆け寄ると、彼の様子を見る。
「大丈夫、気を失っているだけだよ。きっとすぐにでも目を覚ます」
「そう……よかった……」
俺が言うとステラは安心した表情になった。相変わらず言葉数は少ないが、怯えもかなり軽減されており、顔色が少し良くなっている。
俺は父親を背負い、彼女の手を引いてキャンプに戻る。二人を心配していた商人たちが俺たちを出迎えた。山賊も縄に縛られて完全に無力化できたようだ。地面に埋めてしまったせいで、掘り起こすのが大変だったことが彼らの様子からは窺えたが。
キャンプに戻ったステラは完全に気が抜けたらしく、俺にもたれたまま眠ってしまった。
「ありがとう……」
そう微笑んで寝言を言う彼女。俺は上手くやれたのだろうか。もう一度やり直して無傷で彼女を救うべきだろうか。……わからないが、このままで一度様子を見よう。
俺は未来に帰るべく青い画面を表示させる。
15歳のあの頃、ソリスとルーンと別れた直後の画像を選択する。……警告が出る。
「『世界への影響値が許容値を超えたため、バタフライエフェクトを無に設定できません』……なんだって?」
世界への影響値の許容ってなんだ……? 無に設定できないなら、またエレナが虐げられたように世界が変化してしまうんじゃないのか。……それはかなりマズイ。
いや、前回は設定を普通にしたままだったんだ。無には出来ないが、弱になら……。
「バタフライエフェクト、弱に設定できた。『世界への影響値0.10%』これなら多少マシなはず!」
俺は画像をタッチする。
光が溢れる。




