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017 心に負った傷はパジャマによって癒される


 俺が叫ぶとネメアはみるみる内に小さくなっていく。巨体の上にしがみついていた俺も、体勢を保てず滑り落ちる。

 やがて縮小が止まると、そこには黒い猫が丸まって眠っていた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 動悸が止まない。ソリスが惨殺される光景と、激しい痛みの記憶はそう簡単には消えてくれない。だが、どうにか俺はやり遂げたらしい。

 落ち着けばもっとマシなやり直し方が出来たはず。反省する点は様々あるが、とにかく皆無事に乗り切ったんだ。


「プローネ。伏せた状態を示す言葉なんだけどね。そこから転じて、荒ぶった状態から鎮静化させる意味合いになっていったらしいよ。リドゥ、よく知っていたね」

「…………ああ、うん」


 動悸を呑み込め。動揺を抑えろ。大丈夫だ。俺たちはもう大丈夫だから。


「リドゥ」


 背後から少女の声。


「よく頑張ったわね」


 ソリスがそこにいた。






 気付けば夜。俺はベッドの上に居た。

 見回すと、窓の外の景色に見覚えがある。街に帰ってきたんだ。つまりここはギルドの中か。

 起き上がると共同ベッド。寝る為だけと言わんばかりに並べられた三段ベッドだ。とにかく量を押し込んで利用者を増やせるように努力しているように見える。ベッドの中に俺の装備品等荷物が置かれていたので、掴んで建物を徘徊する。

 いびきの響く部屋を出ると廊下は長く、外観通りの広さを感じられた。今は二階か三階にいることはわかっている。階段を探し、二階分下る。


「お、リドゥ起きたんだね」


 一階、ギルドの入り口すぐにある大広間。受付と依頼書のボードが向こうの方に見える。何人かが思い思いの食事をする中で、ルーンが俺に手を振った。彼は一人で居たようだ。


「ごめん、ギルドまで運んでくれたのか」

「ああ、うん。ソリスがね。礼は彼女に言っておいてよ」


 俺が頷くと、彼はコーヒーを一口すすった。眉をひそめ、すぐに置くと、テーブルに用意してあった砂糖を三つほど放り込んでいた。

 依頼の方も二人が終わらせてくれたのだろうか。


「やっておいたよ。というかそっちの方が大変だったよ。依頼者が魔法でギルド職員を操ってたのは完全にソリスの読み通り。ギルドにその旨報告したところ、違法な依頼だったからギルドが緊急クエストとして冒険者を引き連れて数の暴力で叩きに行ったよ。ネメアもとりあえず無力化は出来たから、然るべき場所で研究対象にでもされちゃったかも。行動監視用の腕輪も回収しておいたし、手続きは基本的に済ませておいた」

「そうなのか……ごめん」

「謝罪よりはお礼の方が欲しいなー?」


 ルーンの言葉に苦笑する。今回の依頼、やはり相当おかしいことがいっぱいだったんだな。依頼主も、ネメアの凶暴性も。俺は少なくとも四回は死んでいるはずだ。もしルーンとソリスがいなかったら……と考えると。

 身震いしてしまうな。


「君のギルドランクも昇格したよ。やっぱり今回も主に戦ったのはソリスだったから、功績の大半は彼女の物になってるけどね」


 そういえば俺の首にギルドのプレートがない。ルーンが微笑みながらそれを差し出す。二筋の線。ギルドランク2の証だ。

 昇格試験とか受けてないけどいいのか?


「大丈夫大丈夫。今回の依頼の方が昇格試験よりよっぽど厳しかったんだから。行動監視用の腕輪がちゃーんと活躍を記録してくれていたし。それについてだけは違法依頼主に感謝かもね。生き残れただけでも昇格ものだよ」

「それもこれも、全部ソリスとルーンのおかげだ。ありがとう」

「……照れるからあまり真正面から言わないでもらえるかな」


 白髪の美少年はまた一口コーヒーを飲む。やや眉をしかめると、もう一つ砂糖を追加していた。俺もコーヒーをもらってこよう。


「で、ソリスは今どこにいるんだ?」

「リドゥ……よくブラックで飲めるね。苦くないの?」


 質問に答えてくれないルーンにまたも苦笑する。異常に頼りがいがあったので忘れがちだが、彼らはまだ17歳なんだった。大人と子供の境界線。その曖昧さだからこその強みもあるのだが、年齢的に気付くのはずいぶん後だろうな。

 ブラックは15歳の俺の舌には苦かった。だが、まあこんなものだろう。あまり気にせずに飲んでしまう。


「苦みを我慢しながら僕らは大人になるんだね……」

「あーうん。そうだね」


 それで、ソリスは?


「日課の稽古を行った後シャワーだね。今頃明日の依頼でも眺めてるんじゃないかなー」


 鍛錬を欠かさないのか……。それであの強さというわけか。才能を持ち、努力も怠らないなんて最早無敵じゃないだろうか。

 と、二人で駄弁っていると。


「リドゥ、起きたのね」

「!」


 後ろから声を掛けられる。

 一度眠ったとはいえ、ソリスが死ぬ景色は俺の記憶に新しい。


「……ソリス――はぁ!?」


 神妙に振り返った俺は素っ頓狂な声を上げた。寝間着だ、いや、パジャマだ。しかもかなり上等なやつだ。デザインも可愛らしく、その上動きやすそうで寝心地も抜群だろう。

 そう、可愛いのだ。美少女が湯上りに濡れた髪を拭きながら、可愛らしいパジャマで現れる姿。そんなもん目に焼き付けないでどうする!


「…………」

「……見すぎよ、リドゥ」

「…………」

「殴るわよ」

「すみませんやめます」


 思わぬ可憐な姿に、俺の心は幾分か癒される。冒険者たちも遠めにソリスを眺めて――あ、ルーンのコーヒー投げつけた。

 名残惜しそうに自身のカップを見送ったルーンだが、こちらを見るとソリスに微笑んだ。


「ソリス、リドゥのこと気に入ったんだね」

「あら、わかるかしら?」

「うん、だって殴ってないし――ああからかってごめんなさい!」


 大概ルーンも懲りないよなぁ、と眺める。


「リドゥ、アンタ筋がいいわ。特にネメアの攻撃を避けた動きと、剣で受け流した時。偶然成功したようにしか見えなかったけど、光るものを感じたわ」


 ああ……あれは何回か死にかけながらたまたま成功しただけです。

 ソリスは腕を組み、目を輝かせながら告げる。


「アンタこれからもアタシたちと組みなさい! 三人で冒険するわよ!」


 ソリスの首のプレートには五本の線が輝いていた。


 ……え、いいの? 俺で。


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