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王子 レオン



 「てぇいやっ!」



 訓練所に、私の声が響き渡る。私は、愛用のレイピアで、目の前にいる屈強な男を突いた。私の剣技に当てられた男は、「うわっ」っと言う間抜けな声を上げたが、間一髪、私の剣を避ける。しかし、避けた衝動で、バランスを崩し、そのまま、地べたにべたりと尻もちをつけてしまった。



 ――隙ができた!



 私は、すかさず、彼の喉元に剣先を差し出した。銀色の鋭い剣先が、男の喉元に接する。



 「こ、降参です……! レオン王子……」



 ことんと剣が地に落ちた。私の剣ではない。この男が落とした剣である。



 今にも泣き出してしまいそうな男の無様な姿を見て、私は剣先を鞘に戻した。



 ――案外、あっさり降参するものなのだな。



 呆れ半分、怒り半分。



 激しい戦乱の世でないとはいえ、これは弱すぎるだろう。こんなヘタレで、よく近衛騎士が務まっているものだ。 こんな剣技や心持ちで、皇帝や皇太子をお守りできるものなのかと不安になる。



 「うぉー! すっげぇ! さすが、第四王子!」



 「小柄だけど、かっけぇんだよなぁ……!」



 「顔は女みてぇに美人だけど、憧れるんだよな!」



 「いよっ! 大陸一の剣士!」



 次々と湧き上がる外野の声。全員、この目の前で転がる男と同じ、近衛騎士である。むさくるしい男たちが何十人も群れて並ぶその様子は圧巻の景色だが、正直、うるさいし、恥ずかしいし、やめて欲しい。思わず耳を塞ぎたくなる。



 私は八つ当たりかのように、不機嫌な面を、目の前に倒れている男に向ける。先程、私に負けた男は、びくりと肩を震わせる。



 「訓練、しっかりしろよ」



 「はいぃー!」



 労いの言葉をかけたが、あまりにも気弱な返事が返ってきたため、本当に大丈夫なのかと不安になってくる。



 不安に苛まれつつも、私はむさくるしい男たちの歓声から逃げるようにして訓練所を後にした。



 訓練所を出るなり、一人の男がパタパタと忙しなくこちらへ走ってくるのが見えた。私の側までやってきた男は、息を整える。



 この顔、見たことがある。たしか、王太子の従者だっけ。



 「レオン殿下! 王太子殿下がお呼びです!」



 「……わかった。今行く」



 王太子――兄上が私に用事……。なんだろうか。しかも、慌てる従者の様子を見ると、かなり急用のように思える。



 私は兄の執務室へ向かうこととした。



 足早に廊下を駆け抜けていく。



 執務室の前につくと、会話が中から聞こえてきた。会話は、かなり、盛り上がっているようだ。



 私の存在が会話を遮ってしまいそうで、中に入りにくい。おそるおそる扉を開く。



 「やぁ! レオン!」



 部屋に入るなり聞こえた騒がしい声に、私は思わず眉をひそめてしまう。



 兄――ベルナルドは、漆黒の髪とサファイアのような瞳を持つ耽美な雰囲気の男である。タレ目がちな瞳の下にある涙袋にはホクロがあり、それが彼の色気をひきだしていた。



 彼は執務室のデスクに座り、へらへらとした表情を浮かべていた。奴がこんな締りのない笑みを浮かべているのはいつものことである。せっかく、あまたのご令嬢が黄色い悲鳴をあげるような、優美な顔を持っているのに、この表情のせいでどこか胡散臭く見える。



 「アルフォンソ。この子が、我が弟のレオンだ」



 アルフォンソ。その名前には、聞き覚えがある。私が思っている人であれば、本来この場にいるはずのない男である。私はゆっくりと首をまわし、兄の会話相手の姿をとらえた。



 そこにいたのは、金髪碧眼の綺麗な顔立ちの男だった。この国一の美男子と謳われる兄と並んでも霞むことの無い美しさ。



 人ならざる美しさを持つ我が国の王家の人々を毎日見て、美形慣れしている私でも、思わず見とれてしまうほどに美しいその容貌。



 「レオン。彼はアルフォンソ・レノバルト。レノバルト王国の王太子だよ」



 ああ。やっぱり。



 レノバルト王国──それは、我が国、フォードル王国と隣合う王国であった。



 炎と氷の魔法が生ける王国――フォードル王国。

 光と闇の魔法が生ける王国――レノバルト王国。



 私たちが住まうこの大陸は、現在、この2つの王国が支配してるといっても過言ではない。



 二国はかつては激しい争いを繰り広げていたが、現在は良き関係を築いている。次期国王である兄が、学生時代はレノバルト王国へ留学し、そこで多数のレノバルトの重鎮たちとプライベートな友好関係を築けていたくらいだ。



 「へぇ……彼が噂の君の自慢の弟か」



 「ああ。俺が褒めるのも分かるだろ?」



 「そうだね、撫子のような可憐な王子だ」



 「おいおい、レオンは男なんだ。本人の前で可憐とか言ってやるなよ」



 「君がいつも言ってる事じゃないか」



 完璧に男二人の談笑となってしまったため、私が割り込む隙がない。



 たしか、アルフォンソ王太子と兄は特に仲が良かったんだっけ。兄から、ちょくちょく、アルフォンソ王太子の話を聞いたような気がする。



 「ああ、そうだ。レオン。君もアルフォンソに挨拶したまえ」



 「はぁ……」



 兄が私のことを紹介したんだし、わざわざ私が口を挟む必要はないのではないか。



 渋々、私はアルフォンソ王太子の方へ体を向ける。そして、ピンッと背筋を伸ばす。



 「はじめまして。アルフォンソ王太子。(わたくし)、ベルナルド王太子の補佐官兼護衛のレオンと申します」



 私が綺麗な礼をひとつする。



 「よろしくね」



 「はあ……」



 よろしくって、何をよろしくするんだ。というか、そもそも、私はなぜここに呼ばれたのだろうか。兄の様子から察するに、おそらく、私とアルフォンソ王太子を引き合わせたかったようだが……。



 「あれ……? ベルナルド。まだ、彼に何も伝えてないの?」



 何も伝えてない? 



 「ん? ああ。そうだ、そうだった」



 曖昧な返事を漏らす兄。



 兄の口元が、ニタリと歪む。ただでさえ胡散臭い顔が、更に胡散臭いものとなった。



 ……なんか、悪い予感がする。



 「レオン。君にひとつ命令だ。



 ここにいるアルフォンソと一緒に闇の魔法使いたちに関する情報を集めてくれ」



 「……は?」



 思わず、私の喉から普段よりも低い声が漏れる。



 闇の魔法使いだと……?



 フォードルには炎の魔法使いと氷の魔法使いしかいない。とはいえ、闇の魔法のことは知っている。



 レノバルト王国に住まう、人々の負の側面を糧として生きる魔法――。呪いのために人の命を生贄として捧げたり、人の心を洗脳することが出来たりするため、非人道的な魔法として位置づけられている。そのため、フォードル及びレノバルトにおいては、禁術とされているのだ。



 「闇の魔法使いがいるんですか?」



 「ああ。この国に潜伏してるらしくてな」



 「……それ、なんで早く言わないんですか」



 「ごめん、忘れてた」



 「忘れたって……」



 「ごめんごめん」



 舌をぺろりと出す兄。絶対こいつ、反省していない。呆れの感情しか湧き上がってこない私は、ため息を着く。



 「わかりました。アルフォンソ王太子と共に調査を行えばいいんですね」



 私の言葉を聞くなり、目の前にいる二人の表情が明るくなる。アルフォンソ王太子が、私に手を差し出し、握手を促した。



 私はそれを握る。



 「じゃあ、改めて、よろしく。レオン王子」



 「よろしくお願いします。アルフォンソ王太子」



 これが、私とアルフォンソ王太子との出会いであった──。

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