表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

舞台裏から

 舞台を見終わった僕は、強烈は虚脱感に襲われた。もっと長く、一秒でも長く、あの人との時間を共有したい。したい。したい。だが、その願いは、終演の緞帳によって無惨にも砕け散る。


「ただいまぁ〜。晩御飯?。なんか今日はほしないねん。お風呂もろうて寝るから」


「信、体の具合でも悪いんか?」


「風邪? ちゃう。ちゃう。お芝居見てきて、ちょっと疲れただけやから」


 この頃からだろう。僕は、常に、誰かに見られているような気配を感じるようになっていた。


《あれ? 誰、そこにいるの? あれ?? 何、影? なんか見える??》


 一方的な、あの人へ想いが、僕に幻影を見させているのだろう? そう思っていた。だが、それは、文明人としての常識が、真実を直視する目を曇らせていたとも言える。確かに、あの人は魅力的な人物だ。そして、この想いは、僕の心にある泉から湧き出して来たものだと思っていた。


 でも。でも。僕は、急速過ぎる想いの高まりを不自然だと、感じることはできなかった。何か得体の知れぬものが僕を誘導している、などとは夢想だにしなかった。


《綺麗な人やったなぁ〜。男の人やなんて信じられへんわ。素の顔も綺麗やった……。憧れ? いや、ちゃう。あの人と……》


 僕は寝床に入って天井を見上げた。欄間には天女の彫り物。あの人の美しさをまた思い出してしまう。いやいや、違うだろう。一流と言われる彫り師すら、あのような造形美をこの世に生むことは不可能だろう。


《胸が苦しい。そうや。本で読んだことある。そうや。僕はあの人のことが好き?》


《僕は、あの人にどうしてもらいたいんやろ?。抱いてもらいたいんか? え、男どうしやのに何でそう思う? それとも……》


《あの人、どんな香りがするんやろ? ああ、どないなったや。僕は? そもそも、僕は、あの人に何を望んでるんや?》


《あの人? そんな言い方でええんか? いや、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!……》


《お兄ちゃんにぎゅっとしてほしいんか? 押さえつけられて、身動きできんようになって。そうや! そうしてほしい? 僕をあの人のもんにしてもらう?》


 小説で読んだことがある。だから、自身が何を望んでいるのかは分かった。だが、それは、男女の話としての理解しか、当時の僕にはなかった。だけど僕の夢想は止まらない。僕の右手は僕自身を捉えて離さなかった。


 お兄ちゃんにキスされる、そして……。その行為に、あまりに夢中になっていたので、周りに気付けなかったのだろう。ふと。


《誰? え? 見られた? そこ? 気のせいや。誰もいてへん……》


 なにか黒い影のようなものが見えた気がした。さっきより色が濃くなっている気がする。


《僕の心の影か? なんか、もう、僕が僕でなくなっていくような。お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄……》


 翌朝、僕は何か不安を抱えつつも「お芝居を見にいく」それだけは、決して譲ることができぬ日課となっていた。


「うん。今日もちょっと見に行ってくるわ。舞台の袖から見ててもええて……」


「ああ、ああ、分かった、分かった。ちゃんと宿題済ませてから行きや。ほな、いってらっしゃい」


「いとはん、は、やめてぇや」


《アレ、あんなに女の子みたいて言われるの嫌やったのに。なんか今は心地よい》


 その夜。


《あっ、お兄ちゃん、こっち向いた。僕を見てくれていのかな? なんや、どうしたんや、また胸が熱うなる》


 また、僕を不思議な感覚が襲った。


《これ、この感じ? 僕はお兄ちゃんが好き? そや。今、お兄ちゃんも振り向いてくれたんや。そうに違いない。お兄ちゃんも僕のこと好きなんや》


 一方、僕にはまだ正常な心も残ってた。少し話しただけの人から、そこまでの好意を持たれるはずがない。分かっている。分かっているのだ。だから、であるが故に、僕の心は暴走した。


 目の前は千尋の谷。僕は全速力で走り出す。その先に破滅が待っている、知っている、分かっている。だけど、崖の目前で止まる「勇気」は、僕にはない。


《いや、僕はお兄ちゃんの『もの』になる? そしたら、お兄ちゃんはいつも僕のこと…… 僕だけのもんにしたい。お兄ちゃん……》

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おっと! こちらの方が盛り上がったぞ! 果たして、両思いなるのか!? むむ、しかしホラーだからな……まだまだ分からぬ。。。
[良い点] 4/4 ・愛がすごい! よくぞここまで表現できた [気になる点] んで何だ、何でしょう。アヤカシらしき、黒い影 [一言] ありがとうございました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ