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真っ暗な部屋に着くと電気をつけ、すぐさまカプセルを取り出した。見た感じはガチャポンのカプセルみたいだ。裏面に折り畳まれた紙が張り付いていたので、剥がして中身を広げた。
〝取扱説明書
恋人自動販売機をお買い上げ頂き、ありがとうございます。カプセルを開ける前にこちらを必ずお読み下さい。カプセルを開けるとあなたの恋人が出てきます。一目あなたを見たら、恋人になる様にインプットされています。愛情を充分に注ぎ、恋人との時間をお楽しみ下さいませ。愛情が不充分だったり、誤った愛情を注ぐとグレる可能性がございますのでご注意下さい。
まず初めに恋人の名前を決めて下さい。〟
僕はそこまで読むと、カプセルを見つめた。ドキドキする。シークレットだった。どんな恋人が現れるのだろう。わくわくしながらカプセルを開けた。
眩い光がカプセルから放たれ、僕は目をぐっと瞑った。ドサッと何かが落ちる音が聞こえると、ゆっくりと目を開けた。
その女の人は陶器の様な白妙の肌で、髪の毛は金色に輝いていた。やっぱり、アタリだったみたいだ。エメラルドグリーンの瞳をした外人さんだった。可愛くて、美人で、優しそうで、少し女王様気質が溢れそうな、全てを兼ね添えたシークレットだった。
彼女は白いシフォンワンピースを揺らめかせながら、こっちを見て不思議そうにしていた。
あ、そうだ!名前、名前……どうしようか。
さっきコンビニで買ったビニール袋が目についた。買ったのはビールと、無性に食べたくなって買った赤い箱のマリービスケット。
そうだ!
「君の名前はマリーだ!僕はリョウジだ。よろしく!」
一瞬の間があり、彼女は優しい天使の微笑みを浮かべた。美しい。
「私はマリー。リョウジの恋人。よろしく」
僕と恋人マリーとの生活が始まった。
毎日仕事から帰ってくるのが楽しみだった。今までは誰もいない淋しい空間に帰るだけだったが、帰ったらまず「おかえり」とエプロン姿のマリーが出迎える。カバンを渡し、「ご飯にします?お風呂にします?」と聞かれ、「ご飯にする」と僕が言う。
このやりとりだけでもヨダレが出そうになるが、その後の輝くようなご馳走を前にすると本物のヨダレが滴る。
恋人と言うより、夫婦みたいだった。
でも僕は、不器用で奥手。
今まで28年間彼女なんて居なかった。だから、愛情の注ぎ方が分からなかった。
マリーが「好きよ」と言った。
僕は恥ずかしくて好きが言えない。手を絡めてきても、キスを迫ってきても、一生懸命に拒否をした。心臓が口から飛び出てきそうで、どうしたらいいのか分からなかった。
段々とマリーは笑顔を見せなくなり、美味しいご馳走も幸せなやりとりもしなくなってしまった。
僕はマリーの事が大好きだった。どうしよう、どうしよう……。
ベタだけど、会社帰りに花屋さんに寄った。女の店員さんに相談しながら、彼女に似合いそうな真っ赤な薔薇の花束を買った。それを抱えて、早足で家路を急ぐ。マリーは果たして喜んでくれるだろうか。
「ただいま!」
リビングのドアを開いたら、キッチンには真っ赤に染まった包丁を握りしめたマリーの姿があった。
白い陶器みたいな肌には、返り血なのだろうか、赤い水玉模様がたくさん付着していた。
「リョウジ、あなた、浮気したわね?」
「え?」
赤い色の中には潤んだエメラルドグリーンだけが揺らめく。その目は怒りと憎しみ、悲しみを含んでいる様に見える。
「あなた、私を愛していないわね?今朝もコンビニの若い女と楽しく話しやがって。その後は会社の上司の女と仲良さそうにしやがって。はたまたその後は、花屋の綺麗な女と嬉しそうにイチャつきやがって……」
マリーがグレた?
愛情を充分注いであげなかったから?
「僕は君の事……」
僕は薔薇の花束をマリーに差し出した。
が、もう遅い。
マリーの目は血走っている。
「だから、あの女も、あの女も、あの女も殺してやった!憎いから、殺してやった!」
彼女は赤い包丁で薔薇を切り刻む。薔薇色の破片で部屋が埋め尽くされていく。マリーが嫉妬に狂っている。女ってこんなにも恐ろしい生き物なのか?知らなかった。
彼女が泣き喚きながら、包丁を振り上げる。
奥手の僕には、やっぱり愛情の注ぎ方なんて分からなかった。
恋人自動販売機は、僕にはまだ早かったんだ。1980円だから買ってみた。一桁高かったら、たぶん買わなかったかもしれないのにな。
後悔してももう、遅い。
僕の前に女王様を買ったおじさんは、恋人と上手くやっているだろうか。
そんな事を思いながら、僕の全身からは薔薇色の液体が噴水みたいに吹き出していったのだった。
終