放っておいてほしいのに
ヒロインである聖女様、リリーが現れてしばらく経った。
彼女は王宮に部屋を与えられてそこで生活し、魔法省のサポートを得ながら聖属性魔法を磨く毎日を送っているらしい。
私が最後にリリーを見たのはあのお茶会から尻尾を巻いて逃げ出した日。あれ以来私は王宮へは行っていない。呼ばれもしないし、幸い妃教育はほぼ終わっている。勉強頑張って本当に良かった。記憶が戻る前の私、偉い!
エリックはリリーのサポートに名乗りを上げたらしく、毎日のようにうきうきと出かけていく。
そして帰ってきては聞いてもいない「今日の聖女様」を報告してくれるのだ。
「今日もリリーは美しく、みんなが見惚れていた」
「クラウス殿下とリリーは本当に仲睦まじく過ごしている」
「自分も騎士ニールもリリーを慕っているが、殿下が相手では仕方ない」
攻略が順調に進んでいるようで何よりです。
正直、ほんの少しほっとする。
――大丈夫、私が悪役として仕事しなくても、ちゃんとリリーの恋愛は進んでいる。
これならきっと、無理に舞台に上がらされることもないよね?
このままどうか、平和で楽しいだけの恋愛をしてください……!
同時に、彼女の聖女様としての評判もよく耳にするようになった。
どうやらお忍びで街に繰り出しては人々を癒したり、瘴気が多く溜まったことで発生した澱みを払ったりしているらしい。
さすが聖女様、そしてさすがヒロイン。お忍びでってところがまたいいよね。きっといつかは王家が介入して大々的に聖女のお披露目をするんだろうけど、それにはまだ色々な準備がいるんだろう。
そうなる前に自らの足で民を救って歩いてる。
今の時点できっと、原作のゲーム以上に街の人たちに愛されているんじゃないだろうか?
これで私の命のかかったイベントなんてなくたって、聖女様と王子様の婚約、結婚は喜んで受け入れられるはず。
……殿下に対する思慕はとっくの昔に整理をつけている。それこそリリーが現れる前からね。
ゲームの私が命を失うまでクラウス殿下に執着し、最後まで攻撃的に足掻いたことを考えると、記憶を取り戻す前から深層心理にあった前世の記憶が、もともとの悪役だった「私」をすでに少し変えてしまっていたのかもしれないとも思う。
叶わない恋だと、本能的にとっくに感じ取っていたわけだ。
というわけで、今の私は心からリリーの恋と、聖女としての彼女の活躍を応援している。
井戸の時のように、たまに私でも対応できそうな瘴気は浄化するようにしているけれど、少しでも彼女の助けになっているといいな。
そうして前より時間に余裕が出来た私は、「ディナ」として活動する時間を増やしていた。
おかげで作れる回復薬の数も増え、その質もどんどん向上しているように感じる。やっぱり数をこなすことは大事ね。ちなみに、薬の代金は質と売り上げに合わせてビクターさんが貯めてくれている。
屋敷に持って帰っても仕方ないからね。そのお金を使うときはどうせ「ディナ」だし、その時の拠点はいつでもこの植物店だ。
万が一ろくな準備もできずに家を出ることになってもこれで安心。
これでもう、いつ婚約解消を打診されても大丈夫。
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昼食を済ませ、いつものように、街に出るために質素な服に着替えようと自室に向かっている時だった。
「メルディーナ」
この屋敷で名前を呼ばれることは滅多にない。
驚き振り向くと、私を呼び止めたのはお兄様だった。
私を嫌うお兄様。声をかけられるなんていつぶりかしら?
呑気にそんなことを思っていると、思いもよらない言葉が。
「お前は最近、どこで何をしてるんだ?」
……思わず体が硬直した。
そういう聞き方をするってことは……少なくとも私が屋敷を抜け出していること、気づいている……。
まさかだった。私に関心がないのに、どうして気づいたの?おまけにこの言い方、多分頻繁に抜け出してるのも知ってる。
めざとく私の失態を見つけるエリックの方がまだバレる可能性があると思ってたのに。
「なんのことでしょうか?」
首を傾げながらそう返すと、お兄様は眉間に皺を寄せた。
「お前が部屋に篭ったあと、全く物音がしない。部屋になんていないんだろう?言えないようなことをしてるのか?」
「まあ!言えないようなことだなんて、まさか!最近少し疲れていて、部屋で休んでいるだけですわ。お兄様の考えすぎです」
黙り込んだお兄様。それ以上何かを言う気配もないので、軽く礼をして部屋に入る。
((お前の兄、何考えてるかよく分からないけど意外と鋭いんだな))
ロキがどこか感心したように言うけれど、そんなところで鋭さ発揮しないでほしい。
仲のいい兄妹ならいざ知らず、まさか部屋まで入ってくることはないだろう。抜け出す時は鍵をかけているし。あまりに部屋から出てこないから不審に思ってカマをかけたってところかな?
というか、部屋にこもっているってことにも気づくとは思わなかった。まあ実際は部屋にもいないわけだけど。
……しばらくは抜け出す頻度を減らした方がいいかしら。
お兄様もエリックも、私のことが嫌いなら放っておいてほしい。2人の邪魔をするつもりはないし、その方がお互い平和でしょうに。
しかしそんな私の願いはことごとく裏切られるわけで。
――その夜、王宮から戻ったエリックが私の部屋のドアの下から手紙を差し入れてきた。
差出人はクラウス殿下。
「さすがにあまりにも交流がなさすぎると問題ってこと?それとももう婚約解消?」
内容はお茶会への呼び出しだった。
呼ばれれば、応じないわけにはいかない。
「殿下も放っておいてくださればいいのに……」
私は憂鬱な気持ちで返事を書くためペンをとった。
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