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遭遇

 


 ビクターさんに言われた通り、屋敷を抜け出しディナとして活動するときは髪と目の色を変えるようにしている。前はこっそり調達したちょっとぼろいローブを着て、そのフードを頭からひっかぶるだけだった。それで十分だと思っていたのだ。


 蔑ろにされる時間を積み重ねていって、どこかで自分が透明人間に近い存在とでも感じていたのかも。ローブやフードも服の質を隠すくらいの気持ちだったし。そこまで豪華じゃなくても侯爵家で購入する物、質は段違いにいい物だからさすがにまずいかなと思うくらいの判断力はあった。だけどそれだけ。それでバレないと本気で思っていた。



 今日も髪の色と目の色を、よくあるこげ茶に見えるように調整する。見た目や性質を変えるのは高度な技術が必要になる。だけど、少し「ズラして」そう見えるように錯覚させることは今の私にもできる。なんて簡単に言うけど、実は結構練習したんだけどね。





 店に向かう前に、マリアおばあちゃんの様子を見に行こう。前回来た時に風邪薬を渡しておいたけど、おばあちゃんは1人暮らしだから少し心配なのよね。


 そう思って、いつもと違う通りを歩いていた時だった。




((――メル、隠れた方がいいかもしれない!))


「えっ?」



 馬鹿な私はロキの声に、咄嗟に顔を上げて視線を巡らせてしまった。


 道の反対側に数人の騎士がいて、その中にニールの姿があった。目が合う。

 こちらに向けた顔が驚愕に染まった。


 やばい。



 ちょうど差し掛かった曲がり角でなるべく何でもない風を装って曲がり、騎士たちがいたあたりから死角に入った瞬間に走った!


 髪も目も色を変え、質素な格好をしている。相変わらずぼろいローブを愛用してフードも被った。でもそれだけだ。顔を変えることは今の私の魔法ではできなかった。治癒が使えた頃に練習していれば、ひょっとして少しくらいできたのかな。


 だけど、今更考えても仕方ない。


 ニールにバレたかもしれない。ディナとして植物店で働いていることはバレたくない!大事なもう1つの私の居場所。少なくとも、婚約解消がすんで私が無事に平民として生活できるようになるまでは……。



((メル!まだ姿は見えてないけど、追いかけてきてる!))


 急いで次の角も曲がる!


 ニールは優しくて注意深い性格だから、私かもしれないと思った時点で何をしているのか確かめたがるのは想像ついた。仮にも侯爵家の令嬢で王子の婚約者だもんね。護衛も侍女もつけずにこんな格好で1人で歩いてるなんて普通ではありえないこと。


 だけどその親切心が今は辛い。



((だめだ、まだついてきてる!あいつどんだけ勘がいいんだ))


 どうしよう、逃げ切ることが出来れば素知らぬ顔をすることもできる。遠目だったし、色も違う。もしも次に会った時に何か聞かれても、しらを切ればニールの勘違いで押し通せるはず。なのに……。



「……っ!?」


((メルっ!))


 次の角まであと少しというところで、暗い路地裏に引っ張り込まれた。





 真っ黒なローブ。頭1個半分ほど高い背丈。フードを目深にかぶっていて顔は見えない。その得体のしれない人物に壁に押しやられ、捕まえられている。思わず声を上げようとしたところで口を塞がれた。


「しーっ、少しだけ我慢してください」


 何を!

 逃げ出そうにも、大きな体に抱き込まれるような体勢では私が少し暴れようとも大した抵抗にならない。



「大丈夫、こうしていればバレません」



 そう言われた瞬間、口を塞ぐ手がとても優しいことに気付いた。

 私に危険があるならばもっとロキが騒ぐはずだけど、今は静かだ。



 この人……私が逃げているのに気づいて助けてくれただけ?



((メル、今通り過ぎていったよ))


 ロキの声が聞こえた瞬間、口を塞いだ手が離れていった。



「もう大丈夫そうですね。突然すみませんでした。驚かせてしまいましたね」


「いえ、あの……ありがとうございます、助かりました」


 見えている口元がゆるりと笑みを形作る。


「あなたの助けになれたのならよかったです。――それでは僕はこれで。あなたはここでもう少し待って行かれるといいでしょう」


 その人がふわりと身を翻すと、なぜかほんの少し懐かしいような匂いがした。



「あの!あなたのお名前を教えていただけませんか?」


 立ち去ろうとする後ろ姿に声を掛ける。これでもう会えないのは残念に感じたから。

 どうしてだろうか、知らない人に親切を受けて嬉しかったからかもしれない。



「……次にお会いしたときにお教えします。それでは、また」


 その人が振り返ってそう言った瞬間、風が吹きフードが軽く捲れた。逆光で顔はよく見えなかったけど、そこから覗いた目が半月型になっていて、笑っていることだけは分かった。





((メル、もう騎士たちはいないみたいだ。そろそろ行こう))


 それから助言通りに少し待ち、ロキの声に路地裏から抜け出す。


 ――次にって言ってたな。またって。また……会えるんだろうか。




 そういえば、どうして近衛騎士のニールが街中にいたんだろう?





 いつも通らない道に入り込んでいたので、自分がどこにいるのかいまいち分からない。

 とにかく大きな道に出そうな方を目指していると、どんどん辺りが不穏な空気になっていった。


 そのうち少し開けた広場に出たけれど、明らかに様子がおかしい。


「ここって……」


((貧民街の入口みたいだな))



 ここまで来て気付いたけれど、実はこの辺には来たことがある。ビクターさんと一緒に1度だけ回復薬を配りに来たのだ。


 確かに貧困層が集まった地域ではあるけど、それでもそれなりに清潔で、よくある浮浪者や人らしく暮らせない人がいるほどの場所という印象ではなかった。


 奥の方に井戸がある。そこがこの一帯に暮らす人達の生活の要だ。


 吸い込まれるようにそちらに向かった。数人が蹲ったり、横になったりして呻いている。



 ぐったりした男性に付き添う様に側にいる女性に、何があったのか尋ねた。


「井戸の、水が……水が、瘴気に冒されて…………」


 井戸が?それじゃ、ここの人たちは生きていけなくなる……。


「もう、4日も井戸が使えなくて……数人が耐えられず水を飲んだんです。そしたら、こんなことに……」


 女性は消え入りそうな声で続けた。



 4日も……。


 貧民街の情報はほとんど外に出ない。そもそもここに普通の人は来ないのだ。王宮までこの現状はきっと届かない。





 井戸の。水の、浄化なら……私にもできるだろうか?






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