またいつか、きっと
ロキが精霊王様?
ロキが精霊王様に還れば、魔王化は止まる?
でも、そうしたら、ロキはどうなるの……?
私は混乱していた。どうなるのかなんて、そんなの簡単で。答えはなんて分かりきっているのに。
「ダメだよ、ロキ……」
「メルディーナ」
全身が震えて、堪える間もなく涙がこみあげてくる。
「そんなの、ダメ……ロキは私とずっと一緒にいたじゃない。これからもずっと、一緒にいてくれるよね……?」
ロキは少し悲しそうな目をしている。それでも何も言わずに私を見つめていて。
「だって、ロキがいなくなったら……ロキがいないと私……っ!」
「メルは、俺がいなくてももう大丈夫だ」
「そんなことない……!」
ロキが少しずつ私の側から距離をとっていく。
思わず手を伸ばそうとして、その手をぎゅっと握られて止められてしまった。
いつのまにかリアム殿下が私の側にいて、支えるように立っている。
そして私の目をじっと覗き込むと、ゆっくりと首を横に振った。
「メルディーナ、精霊王様を……いや、ロキをちゃんと見送ってあげよう」
眠ったままのような精霊王様の体は、今も瘴気を溢れさせている。
あたりの草花はすっかり枯れ果てて、世界から生気がどんどん消えていく。
もう、これ以上は耐えられないのだと私にも分かっている。
「ロキ……!」
それでも涙が止まらない!
リアム殿下が力の入らない私を抱きしめて支えてくれる。
ロキはそんな私を見て、とうとう顔をくしゃりと歪めた。
「ああ、メルディーナ、俺を想って泣いてくれてありがとう。メルの涙には愛がいっぱいだ……!でももう十分だから、俺は愛で苦しいくらいに満たされているから、もう泣かないで。――最後だから、笑ってメル」
これで最後だなんて信じられない。それでも私は必死に笑顔を作った。涙を止めることは出来なかったけれど。
「やっぱりメルディーナにして正解だった」
ロキはこちらに体を向けたまま、精霊王様の体の方に近づいて行く。精霊王様とロキ、どちらの体も白く淡い光を放ち始めた。
それと同時にポワポワと浮かび始めた無数の光の玉のようなものが、漂う瘴気に触れては、瘴気を連れて行くかのようにはじけて一緒に消えていく。
少しずつ、瘴気が減っていく。
「精霊王の最期には愛が必要だ。どんな人がたくさん愛されるか分かる?たくさん愛を渡せる人だよ。メルディーナはどんなに辛い目にあっても、ときには怒りを覚えても、誰かを許せないと思っている時だって、決して人を憎まなかった。愛することを忘れなかった。
だから俺は今、メルディーナの集めたいっぱいの愛で幸せだ。そして、メルディーナの愛で……だから、俺は魔王にならずに、転生に入れるよ」
私こそ、ロキのおかげで幸せで。今までのことを思うと、胸がいっぱいで。覚悟なんてとうていできそうになかったけれど、それでも心にストンと落ちていく。
ロキの言う通り、最後ならば笑顔で見送りたい。
そんな私の気持ちの変化に気がついたのか、ロキの笑顔がどこか安心したような、柔らかいものに変わっていく。
ロキはふと視線を移すと、リアム殿下の側に隠れてるようにくっついていたルーチェを見た。
「ルーチェ、こっちにおいで」
「……精霊王様………」
ルーチェはもう、彼をロキとは呼ばなかった。
「ルーチェ、あとは頼んだよ」
優しく微笑まれたルーチェは真剣な眼差しでロキを見つめ、ゆっくりと頷く。
そのままロキはもう一度こちらにくるりと振り向いて。
「ねえ、メル。俺の最期が近づいて、この瘴気にまみれて精霊たちが弱った世界で、どうして俺とルーチェだけがメルやリアムの側にいられたと思う?」
えっ……?
思わぬ質問に一瞬考えてしまった。
だってそれは、ロキは実は精霊王様だったから、他の精霊よりずっと力が強くて、きっとそれで……。
それなら、ルーチェは?
ふとよく見ると、ロキの隣にいるルーチェの姿も光っている!
言葉に詰まった私に向かって、ロキはまるでいたずらが成功した子供のようににやりと笑った。
「俺の可愛い後継者。――ルーチェが次の精霊王だ!」
ロキの、精霊王様の体から放たれる光が一気に強くなる!
眩しくて思わずぎゅっと目を閉じた。強い光に、瞼を閉じていても世界が真っ白なことが分かって。目が開けられない……!
「そうそう、この聖女だった人間だけど、どうやらまがい物が混じっていたみたいだね。彼女は存在そのものが瘴気にのまれてしまっている。次の精霊王が誕生して清廉な空気に満たされた後のこの世界ではとてもじゃないけどもう生きられないだろうから、一緒に連れて行くよ」
ロキの声は途中からもっと低い、大人びた声に変わっていった。
目は開けられないままだったけれど、ロキが精霊王様に還ったのだと分かった。
最後に、耳元ではっきり聞こえた。
「メルディーナ、私の愛し子。ずっとずっと愛しているよ」
またいつか、きっと会えるよ――。
キーンと空気が張り詰めるような音があたりに響いて、世界を満たしていた光は収まっていく。
やっと目を開けられた時には、ロキの姿はもうなかった。




