魔王誕生を阻止する唯一の方法
地鳴りが止まらない。
精霊王様の聖地である、大きな泉の水面が大きく揺れ始めた。
泉の水が割れるように開かれていき、その中から澱みの塊のような、大きなモヤが蠢く球体のような物が浮かびあがってきた。
さっき浄化した、リリーのうんだ澱みよりもずっと大きい。
「そんな……」
モヤの中が見え始めて、言葉を失った。
中に人がいる。
白銀の長い髪。目を閉じたまま、まるで眠っているようで。
なんて綺麗な人なの……初めて見たのに、疑いようもなくわかる。
あれは、精霊王様――。
だけど禍々しい瘴気がその周りを巡るように漂い、噴出しているようにも見える。
やがて空が曇り、嫌な風が吹いたと思ったら、森の草や花、木が一気に枯れ始めた!
誰一人として言葉を発せない。
ダメだったの……?このまま精霊王様は死んでしまう?私は、魔王復活を防げない……?
ゲームでは、私が死ぬのをきっかけに、私がこの身の内にためにためた瘴気が噴出してその影響で精霊王様が代替わりを前に死んでしまい、魔王が復活することになる。
だからどうにか私が足掻いて、死なないようにすればなんとかなるのだと思っていた。
それなのに。
まさかここまでゲームと現実が剥離し続けた結果、リリーのうんだ瘴気が私の死の代わりをしたというの?
どうすればいいのか分からなくて。愕然としている私の前に、ロキが進み出た。
「メル……俺、思い出したんだ」
ロキの目はじっと、瘴気に包まれたままの精霊王様を見つめていた。
「メルが言っていた話は少し違う。精霊王が代替わり前に死んで、魔王が復活するんじゃない。上手く代替わりできなかった精霊王が、瘴気にのまれてしまった成れの果ての姿が魔王なんだ」
「そんなっ……!」
精霊王様はずっと目を閉じたまま、瘴気のモヤに包まれている。草花は枯れ、泉の水も濁り始めた。
精霊王様の力が弱まり、瘴気がどんどん濃くなっていることにほかならない。
ロキの言うことが本当なら、今まさに精霊王様は魔王化しているってことなんじゃ!?
そんなことになれば……多くの人の命が失われてしまうだろう。
「メル!メル!落ち着いて。大丈夫だから!」
「ロキ……」
私の首元に抱きついて宥めてくれる、ロキのその顔を見てドキリとした。
ロキはいつだって私に優しかった。いつだって私を愛してくれた。ずっと一緒にいた。怒ったり笑ったり、ロキはいつだって感情豊かで。
だけど、こんなに穏やかな表情をしたロキは見たことがない。
「精霊王の魔王化は止まるよ。大丈夫、誰も死なない」
力強い断言だった。
「魔王化を止める方法があるの?ロキはそれを知ってるということ?」
「うん、知ってる」
なぜだろう。これほどに安心できる言葉はないはずなのに、なぜだか胸がザワザワする。
「悪意は瘴気をうむ。だけど、その瘴気は愛し子と、愛し子を守る聖女なら浄化はできる。浄化に必要なのは……愛だ」
「愛……?」
ロキは優しく微笑んでいるのに、嫌な予感がしてしかたない。
「代替わり前に力の弱まった精霊王は、自分が魔王化して誰かの命が奪われてしまうことがないように、愛を集めなくちゃいけない。愛し子は精霊王の愛しい子であると同時に、精霊王に愛を満たす子でもある」
ロキがそんなことを知っているのは、精霊だから。そうだよね?
それ以上の理由なんてないよね?
ロキに何か言わなくちゃと思うのに、どうしても声が出ない。
「精霊王は愛を集めるために純粋な子供の心だけの姿になって、愛し子の側で最期の幸せな時間を過ごす。生まれてから精霊王になるまでと、死ぬまでの最後の時間だけが、俺が俺だけの存在でいられる時間」
待って。話が見えない。
ロキは『思い出した』と言った。
俺が俺だけの存在でいられる時間、って。
まさか、そんな──。
「思い出したんだ、メル。俺は、俺は……私は、精霊王の分かれた心、最期を過ごすための姿。
──私こそが精霊王だった」
待って!!
「メルにいっぱい愛をもらった俺が精霊王に還れば、魔王化は止まる」
ロキ!!!




