疑心暗鬼
「きゃあー!!クラウスッ!やだやだ、なんでえ!?」
リリーは倒れた他の騎士には目もくれない。だけどさすがにクラウス殿下が血を流し倒れたことには動揺したようだった。
リリーの声は甲高く、良く響く。そんな彼女の様子に気付いた人達が、戸惑いに一瞬足を止めた。
人々の動きが止まったことでアーカンド側の騎士がなんとか我を忘れた獣たちのもとに辿り着き、傷つけないようにしながらも必死で抑え込む。
彼らに誰かが傷つけられるのを止める為じゃない。
罪もないのにリリーの聖女の力でおかしくされている、あの子達に誰かをこれ以上傷つけさせないために。
私も動揺してしまっていた。
クラウス殿下が傷ついたことにではない。自分でもびっくりしたけれど、そんなことよりも抑え込まれても暴れるあの子たちのあまりに苦しそうな声に、人を傷つけさせてしまったことに胸が悲痛な痛みを感じていた。
――なによりもまず、早くあの子達を助けてあげなくちゃ……!これ以上誰かを望まず傷つけてしまう前に!
抑えられた動物たちの元に走る!手を伸ばして、浄化の魔法をかけながら。
やっとすぐ側までたどり着いて、ぎゅっとその首に抱きついた。視界に入ったその子の足先が赤く濡れている。
他の子にも順番に触れて、徐々に全員が落ち着きを取り戻した。
「グルルルル……」
悲しい、唸るような鳴き声。
「もう大丈夫。大丈夫だよ……。あなたが悪いんじゃない。あなたのせいじゃないから」
「はあ!?そいつのせいでしょう!やはり野蛮な獣だわっ!見てください!我が国の王太子殿下を傷つけた獣を抱きしめるメルディーナ・スタージェスを!あの人が獣に命じてこんな酷いことをさせたんだわっ!」
リリー……もう許せない。
怒りに心を奪われそうになった、その瞬間だった。
「愚かな。まさか精霊王様の子供同然の聖獣たちを無理やり力で操り、このようなことをさせるとは」
この声!
振り向いた声の先には、大きくて真っ白い、神聖な体……。
「リオ様……!」
守りの森からは出られないはずのリオ様がゆっくりと歩いてくる。
「精霊王様の、我らが父の最期だ。駆けつけないわけにいかないだろう?それに、こうなれば次代の精霊王様が無事に誕生するまではどこにいようが同じことなのさ」
リオ様は私のすぐそばまで来て優しく微笑むと、鼻先を私の頬に擦り付けた。
気づけばアーカンドの獣人たちが跪き、リオ様を見つめている。
「ああ……聖獣様があのように、心を許した行動を……。疑ってなどいなかった。だがやはりメルディーナ様こそ本物の聖女様だ……」
セイブス側の人達からも小さな声が聞こえる。
「待って、メルディーナ・スタージェスは本当に偽物なんだよね……?さっき、あの暴れる獣たちを落ち着かせた力はなに……?」
「そ、それはほら!リリー様も言っていたようにあいつが獣を操っていたわけだから」
「いや、そういえばスタージェス家のご令嬢といえば、かつて稀有な治癒魔法を使うとして王太子殿下の婚約者になったんじゃなかったか?」
「だが無能な令嬢として婚約は破棄されて」
「っ、あなたたち!そんな女に惑わされてはダメよっ!」
リオ様に驚き言葉を失っていたリリーが、人々の疑心暗鬼な様子に慌てて声を張り上げる。
だけど、セイブスの誰かがポツリと呟いた声はそれよりもよほどよく通った。
「それなら──あの方のそばに見える、あの小さいのはなんだ」
その声に、視線が私に一斉に集まる。
……違う、私にじゃない。
みんなは、私のそばに寄り添うように飛んでいる、ロキを見ている──?
「愚かな人間たち。そんな女に騙されて、俺の大事なメルディーナを悲しませるなんて。……俺は精霊、可哀想な人間たち、これがどういうことか分かるだろ?」
あたりが一斉に騒めく。全員が、ロキの姿を認識している。
精霊王様の聖地が顕現したように、ここに瘴気だけじゃなく精霊王様の濃い力も集まって、精霊であるロキの姿まで見えるようになったの?
さすがにセイブスの人達も分かっている。精霊が側にいる。それがどれほど特別なことなのか。そして、ロキが私の側にいるという事実。
リリーだけが。違う、そうじゃない、私が聖女よ、とわめき続けている。
「……ま、実際メルは聖女じゃなくて愛し子なんだけどな」
ロキは私にだけ聞こえる声でそう付け加えた。
そう、実際にこんなことを起こしているとはいえ、聖女は間違いなくリリーなのだ。
そう思ったけれど。
「でも、あの女ももう聖女じゃない」
「え?どういうこと……?」
ロキの答えを聞く前に、クラウス殿下が苦しそうにうめき声をあげた。
「ぐっ、ごふっ……!な、にが……どうなって……?」
「クラウス!きゃあ!血がっ……!」
クラウス殿下は肩からお腹にかけて、爪で切り裂かれたのか大きな傷がつき、血を流している。リリーは涙目で寄り添っているけれど、側には同じように血を流し動けないセイブスの騎士が数人倒れていて。
そんな様子を見ながら、なんでもないことのようにリオ様が言った。
「そこの女よ、お前は聖女なのだろう?それならばお前が抱くその人間や、周りの騎士を早く治してやれ」
えっ?
「っ!い、言われなくてもやるわよ!!」
動揺していたからか、私を悪者にすることで頭がいっぱいだったからか、今まで聖女の回復魔法を使おうとしなかったリリーは、リオ様に煽られるようにしてクラウス殿下の傷口に手をかざす。
だけど、私はリオ様の言葉が気になっていた。
……他の人の耳には聞こえなかったのか。でも、確かにリオ様は最後にこう言った。
「――治せるものならば」と。




