対峙するとき
着替えを済ませ、お兄様と一緒に外に出る。王宮の裏手に馬が数頭準備されていた。
「メルディーナ、本当は君には馬車でゆっくり向かってほしいところですが、申し訳ないけど時間がありません」
「リアム殿下、私は大丈夫です」
とはいえ私は一人で馬には乗れないので、リアム殿下と同じ馬に乗ることになった。
殿下の手を借りて、その前になんとか跨る。
「では、急ぎます。少し辛いかもしれませんが、どうか頑張ってください」
私がリアム殿下の馬に乗り、その隣にお兄様、そして護衛の騎士が数人、私達を囲むように馬を走らせる。騎士達の中にはニールの姿もある。
この状況でニールを共に連れて行くことに少し驚いたけれど、そんな私に気がついたリアム殿下がこっそりと教えてくれた。
「アーカンドに来てからの彼の様子を見ていて、彼の言っていた言葉に嘘はないだろうと判断されました。何より、彼は動物に好かれるようで」
「動物に?」
思わず声が上ずり、目を丸くする。
リアム殿下は笑っている。
「このアーカンドに暮らす動物たちは、精霊と近く、不穏な気配を強く察知します。動物に好かれる人間に悪い者はいないと言われるんですよ」
ニールが動物に好かれることも驚きだけれど、セイブスで生まれ生きてきたニールが動物を嫌悪せずにいるらしいことにも驚きを感じる。
だけど、そう、ニールはそういう人だった。
周囲に蔑まれ、距離を置かれる私にも、小さな頃から一切変わらない態度で接し続けてくれたニール。
まだわだかまりが全くないとは言えないけれど、彼がアーカンドの皆に受け入れられていることは素直に嬉しく思う。
「さあ、スピードを上げますよ!」
急ぎ、精霊王の聖地を目指す。
通いなれた、あの森へ。
森に近づくにつれ、どんどん瘴気が濃くなっていく。
馬の上で少しずつ払ってはいるものの、あまりの濃さに追いつかない。
目指しているのは精霊王のいる場所なのだから、普通ならば瘴気は薄くなるはずなのに……もはや今の精霊王様は力を失い、その身に引き受け続けた瘴気に呑まれているということ。
私が……もっと強い力を持っていれば……。
こんな風になってしまうより前に、なんとかできていたかもしれないのに……。
「メルディーナは、すごいですね」
「え?」
突然のリアム殿下の言葉に思わず顔を上げる。
「確かに瘴気はどんどんと濃くなっていますが、あなたと一緒にいることで僕たちの体にかかる負担が随分と軽いのです。メルディーナが居なければこの瘴気の濃さで、ここまで楽に馬には乗れません」
「そんな……」
ふと周りを見渡すと、私達を守るような布陣で走る他の騎士様達が私を見て、優しく微笑み、頷いている。お兄様もどこか満足そうな表情だ。
ああ、ここでは誰も私を責めない。それどころか、こうして私のことを認めて、頼りにしてくれるんだわ……。
胸がいっぱいになって、なんとか言葉を振り絞った。
「……必ず、精霊王様を助けましょう」
「ええ、もちろんです!」
この世界に、魔王を復活させてはいけない。
◆◇◆◇
「これは……」
騎士達の一人が、思わず言葉を漏らす。
やっと着いた森は、大勢の人で溢れていた。
騎士達だけではなく、アーカンド側には獣人が、そしてどうやら、セイブス側には人間たちが集まっているようだ。
精霊王の聖地が顕現して、その力に引き寄せられるように無意識のうちに獣人たちや人間たちが集まってきているんだわ。
あちこちで罵声や怒号が飛び交っている。
これはいけない。この場所は瘴気が濃すぎて、集まっている人々が皆攻撃的に、興奮状態になっている。
普通ならば気絶してもおかしくない程の瘴気。それでもそうならないのは、瘴気が濃くとも、そばに精霊王様がいるからだろうか。
馬を降り、集まった獣人たちの間をどうにか進んでいく。
近づくにつれ、甲高い声が嘆くように叫んでいるのが聞こえてきた。
「皆さま、大丈夫です!聖女である私が来たからにはもう心配はいりません!」
この声は……リリーだわ。彼女の演説のような言葉に反応して、セイブス王国側の人たちから歓声が上がっている。
まだその姿は見えない。
一瞬前に進む足が止まりそうになった私の手を、隣を進むリアム殿下がぎゅっと握ってくれた。
目が合うと、「大丈夫」と言うように頷いてくれる。
反対側からは、伸びてきた手が背中にそっと添えられた。お兄様だ。
ほんの少ししぼみかけた勇気が戻ってくる。
私達が通るために少しだけ道を開ける獣人の皆が、祈る様に私に向かって手を組んだり頭を下げたりしているのが目に入った。その中にはアーカンドを浄化して回る中で、私が傷を癒し、言葉を交わした人も何人もいる。
ふっと息を吐く。いつのまにか、呼吸すらままならなくなっていたことに気付く。
アーカンドに来たばかりの頃は、どこに行っても訝し気な目で見られ、罵られることもあった。
だけど今は、皆が私を信じてくれている。
こんなことにも気付けない程、私は緊張していたのね。
人々をかき分け、最前線へ躍り出る。
集まった獣人たちの前の方には、先にこの場所に駆け付けた騎士達が揃っていた。
その前に、私とリアム殿下が逢瀬を重ねたあの泉よりも何倍も大きな泉が広がっている。……これが恐らく、精霊王の聖地。
その反対側にはセイブスの騎士達がずらりと並んでいた。
そして騎士達の前には、クラウス殿下と……その隣にリリーがいた。
「メルディーナ……?」
私の名前を呟いたクラウス殿下は、目を見開いて呆然としている。
その声にこちらに気がついたリリーは私をみると目を細め、ニヤリと口の端を上げた。
そして声を張り上げる。
まるで歌うように。まるで悲劇を演じるように。
「メルディーナ・スタージェス!!彼女こそがこの瘴気を生み出している元凶です!!!!」
セイブス側に立つ人々から、一斉に憎悪の視線が向けられた。




