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市井での協力者

 


 王都の、石畳が美しい広場と、そこを取り囲むように立ち並ぶたくさんのお店。

 その一角、あまり目立たない隅の方に小さな植物店がある。


 そしてその小さな店のさらに奥の一角が……今の私の1番の居場所。



「ディナ!回復薬は出来てるかい?」

「回復薬は全部終わって、今はマリアおばあちゃんに頼まれた風邪薬を作ってるわ」

「さすがに早いな……」



「ディナ」は私のここでの名前だ。本当の名前も身分も隠して、隠れて屋敷を抜け出してはここにお世話になっている。店主のビクターさんが私の薬作りの師匠だ。


 最近では私の作る薬はどれも街の皆に評判で、こうして来られるときに出来るだけ作り置きしておくようになった。




 今自分がいる場所以外で生きていく道を探そうと思って、最初に頭に浮かんだのはもう失った治癒の力。どこかで「出来たはずのことを、代わりの何かで補いたい」という気持ちがあったのかもしれない。他にも選択肢はあったはずだけど、その結論には簡単にたどり着いたと思う。



 薬師になろう。治癒が使えないのなら、他の方法で誰かを癒せるように。



 最初に本を読んだ。薬草の基本的な図鑑から始めて、薬の調合の基礎、薬学入門、初級から中級、どんどん難易度を上げて、薬草や治癒に関する神話なんてものまで片っ端から読んだ。本の知識の誤りや不親切な表現、「間違ってはいないけど、それだけが正しいわけじゃない」なんて内容はロキが教えてくれた。


 次に実地。私は愛されない子供だから、屋敷を抜け出すのも難しくはなかった。食事はきちんと与えてもらえたので、昼食後から夕食前までの時間に戻ってこられる距離限定。近場で薬草が自生している場所を把握していくのは結構楽しかったな。多分普通の貴族令嬢には絶対に出来ない体験だし。ちょっと冒険みたいだった。その途中でできたちょっとした傷に、見よう見まねで作った薬を試したりもした。



 そして、次の段階として私は協力者を探し、出会ったのがこの植物店を営んでいるビクターさんだった。





 ◆◇◆◇



「ディナ!回復薬は出来てるかい?」

「回復薬は全部終わって、今はマリアおばあちゃんに頼まれた風邪薬を作ってるわ」

「さすがに速いな……」



 植物店の奥にある調合室。そこで作業する小さな背中を見ながら、ビクターはふうっと息をついた。


 ビクターの亡くなった祖父は元宮廷薬師だった。その祖父が城での仕事を辞して始めたこの植物店。最初は薬草特化の専門店だったが、客のニーズに答えているうちに薬草以外の植物も扱うようになっていった。祖父が亡くなった後は自分が継いだ。父は全く別の仕事をしている。



 そこに、今目の前にいるこの少女が突然現れたのは2年前。精霊王の代替わりの予言がなされた少し後だった。




「どんなことでもします。私をここで働かせてください。薬草の作り方を学びたいんです」


 ビクターの家は爵位のない平民だが、実は代々緑の精霊の加護を頂いていた。そのため特に優秀な者は祖父の様に宮廷にも務めることが出来た。


 すぐにメルディーナが貴族であることは分かった。熱心に頭を下げるメルディーナに、彼は1つの種を渡す。


「1週間以内に、この種を咲かせて綺麗な花を俺に見せることが出来たら考えてやるよ」


 渡したのは、とても珍しくマニアックな花の種。メルディーナでも知らないものだった。



 実はその種は普通に育てるだけではまず咲かない。土魔法を得意とする者や、何年も植物を専門にしている者でも咲かせられる者はほんの一握りだろう。技術だけで咲かせるのではない、精霊の助けがなければ咲かない特殊なものだった。


 昔はそこまで特別な花ではなかったらしい。何かコツがあるのかもしれないが、ビクターもそれが何かを知らなかった。貴重なものであることから、種だけはせめて劣化しないように保存魔法をかけ大切に保管していたが、長い年月の間に何人かがその育成に失敗し、その残りもあと数粒というところ。見た目はまるでクルミのようなころりと大きな種。



 メルディーナの美しい金髪と鮮やかな紫色の瞳を見て、貴族がお遊びで訪ねて来たと思ったのだ。


(馬鹿にしやがって。お貴族様の気まぐれに付き合ってる程暇じゃないんでね)


 この美しい少女はきっともう2度と来ないか、もしまた来ても咲かない種を片手に激怒してやってくるだろう。その時はどう追い返してやろうか。





 予想に反してメルディーナは再びやってきた。ただし、それは約束の1週間もたっていない、ほんの5日後のことだった。


 暗い顔をして現れたメルディーナに、ビクターはため息をつく。


(なんだ、あと2日残してギブアップか?ま、賢明な判断だな)


 しかし、挨拶の後もう1度店の外に行き、戻ってきたメルディーナが手にしている物を見て驚愕する。


 彼女が持ってきたのは1つの鉢。その中で、たくさんの白い花がこれでもかと美しく咲いていた。


「は……?」


(本当に、咲かすことが出来たのか……!?)


 書物でしか見たことのない花の姿に、驚きに言葉を失うビクター。しかし彼はさらに驚くことになる。




「あの、この花って、恐らく特別なものですよね?――どうしても認めてほしくて、約束の1週間後までにできるだけたくさんの花を咲かせようと頑張ったんですが……」


 おずおずとメルディーナが差し出してきたのは、両手いっぱいの種だった。



「成長速度が異常に速くて。花は咲くのですが、すぐに枯れてしまうんです。すみません、最初の種はすでに花を咲かせた後種を残して枯れてしまい、この花はその時の種をまた育てて咲かせたものです……これでは認めてはもらえないでしょうか?」


 1週間を待っていると、また全ての花が枯れてしまうと思ったのだと言いながら、もう1度頭を下げるメルディーナ。

 ビクターには信じられなかった。



「……この花の種はすごく高価でなかなか使えないが、とてもいい回復薬になるんだ」


(そして、花を咲かせるのも難しければ、どうにか咲かせることができても滅多に()()()()()()、本当に気難しいと言われる植物なんだ……)


「は、ははは……!」



 もう、笑うしかなかった。


 不安そうにこちらを見つめるメルディーナに、ビクターは姿勢を正して向き直る。


「君、魔法は使えるのかい?」


「え?」


「魔法じゃなくてもいい。この辺じゃあその髪の色と瞳は目立つから、出来れば色を変えてくるように」


「!!」


 遊びだと心の中で笑った5日前の自分を殴りとばしてやりたい。この少女が自分の態度にへそを曲げて「もういいや!」となるような人でなくて本当に良かった。




 目の前のこの少女は……よほど精霊に愛されている、天才だ。




 その日からビクターはメルディーナの師であり、良き理解者になる。

 そうならない選択肢など、もう存在しなかった。




 そうしてメルディーナは貴族令嬢である自分とは別の、市井での居場所を得ようとしていたのだった。





気合い入れすぎて3倍速ぐらいで成長促進させちゃったメルディーナ。

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