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『予言』のとおりに

 


 今から2年ほど前に、王宮で予言された『精霊王の代替わり』。


 古くからの言い伝えでは、精霊王の代替わりの時代には、多くの場合で魔王が生まれるとされている。そして魔王の脅威を払うために、その時代には聖女様が現れると言われていて――今回もまた、予言の中には聖女様のことも含まれていた。


 曰く、温かなピンク色の髪を持つ乙女であること。


 曰く、類まれなる聖属性魔法を操ること。


 曰く、右の鎖骨の下に独特の痣が浮かび上がること。




 そして、予言通りに聖女様は見つかった。


 ちなみに、ゲームではこの予言がプロローグとして語られる。

 聖女の証の痣が浮かび上がり、王城へ謁見に上がったところからがストーリーのスタートだ。


 ゲームのスタートの瞬間、私は前世の記憶を取り戻したってこと。




 **********




「姉上、今日は王宮へ上がる日だろう?」


 最近のエリックは機嫌がいい。

 なぜなら……。


「ご苦労なことだね。どうせこの婚約ももうすぐなくなるだろ。今日もリリーとクラウス殿下の仲睦まじい姿を見に行くようなものなんだから」


「エリック、聖女様のお名前を敬称もなく呼ぶなんて……」


「うるさいな、リリーにそう呼んでくれと言われたんだ!ああ、姉上には分からないだろうね、あの優しく清らかなリリーのようにはなれないんだから」


 聖女様であることが正式に確認された、リリー・コレイア男爵令嬢。ゲームのヒロイン。

 ピンク色の髪、可愛らしい容姿、予言通り聖属性魔法を使うことができて、右鎖骨の下の痣も無事に確認されたらしい。


 そして、今セイブス王国ではある噂が広まっている。


「クラウス殿下がついに最愛の人を見つけられたんだ!おまけに相手は聖女様である可憐なリリー。姉上はせいぜい、婚約を破棄される心の準備でもしておくんだね」


 これこそが、エリックが上機嫌である理由。

 今この国は聖女様出現の興奮と、彼女とクラウス殿下の恋物語でいっぱいだった。


 ちなみにエリックは15歳でありながら王宮に併設された魔法院への出入りを許されている。正式に入省できるのは17歳から。さすが天才!多分、そうして王宮を通るときにリリー様と会う機会があるんだろう。


 エリックもすでに聖女リリー様に夢中になっているように見えるけど、私とクラウス殿下の婚約がなくなることの方が嬉しいらしい。

 とっくに分かっていることだけど、あまりの嫌われっぷりでお姉ちゃんはやっぱり悲しい。






 王宮に着く。いつもエスコートに来てくれていたニールも最近は姿を見ていない。あれはただの厚意であってそれに甘えさせてもらっていただけなのだけど、ちょっとだけ落ち込んでしまう。


 1人で馬車から降りていると、たまたま通りがかった衛兵が慌てて駆け寄り手を貸してくれた。



「申し訳ありません、ありがとうございます」

「い、いいえ!とんでもございません!あの……よろしければ私がスタージェス侯爵令嬢のエスコートをさせていただいてもよろしいでしょうか!?」

「まあ……でも、ご迷惑ではございませんか?」

「とんでもありません!どうかお任せください」


 まるでエスコートをしたいかのような言い方に、心が温かくなる。


 今、私の立場はとても危うい。以前からクラウス殿下に蔑ろにされていることは知られていたけど、聖女様が現れてからはあからさまな嘲笑を向けられることも少なくはない。


 この衛兵はとても優しい人なんだと思う。私に気を遣って、お願いしやすい空気を作ってくれている。久しぶりに向けられる優しさが嬉しい。



「では、どうぞよろしくお願いいたします」

「……はい!」


 笑いかけると、目をそらされてしまった。……ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。


 心優しい衛兵のエスコートで、いつものようにお茶会の準備が整えられた庭園に向かった。




 これまたいつものように、クラウス殿下はもう席についていた。

 だけど……殿下だけではない。



「うふふっ!クラウス様ったら、そんなに褒められるとリリーは恥ずかしいです」


 華やかな声が聞こえる。

 実は、今日が初めてじゃない。むしろ最近はずっとそう。ずっしりと気持ちが重くなる。


((大丈夫か、メル?別に嫌ならいかなくてもいいんじゃないか?))


 私の心が鉛の様になったのを感じたのか、ロキの心配そうな声が聞こえる。


((大丈夫よ。それにそういうわけにはいかないのよ……でも、ありがとう))



 ここまでエスコートしてくれた衛兵にお礼を言って別れる。すごく気まずそうな顔をしていてちょっと申し訳なかった。



「ごきげんよう、殿下、聖女様」


 そっと近寄り、挨拶した。

 クラウス殿下より先に、驚いた顔のリリー様が反応した。



「あら!メルディーナ様!今日はどうされたんですか??」



 どうされた、って……咄嗟に言葉が出なかった。

 どう答えたものかと迷う。「元々私と殿下の時間なんですけど」とは言えないし。そもそも聖女様とあまり関りを持ちたくないんだってば……。

 視線をさまよわせると殿下と目が合ったけれど、バツが悪そうに目をそらされるだけだった。


 側にはニールもいた。固まっている。控えている侍女や護衛もみんな微妙な表情。

 リリー様だけがきょとんと心の底から不思議そうな顔をしている。


 その表情を見ていると、そういえばと思い出した。

 そうだ、ゲームの中ではここで悪役の私は激怒するんだ。


『どうされた、ですって?殿下が迷惑していることも気づかずに我が物顔で隣に座り、いかに聖女様と言えど無神経なのではなくて?そもそも私は殿下の婚約者。その私の前で殿下にその様な態度……聖女であるからと清廉だというわけではございませんのね』


 そして、私は苦々しい顔をした殿下に不敬だと叱られる……


『そもそもリリーを隣に望んでいるのは私だ。君のような無神経な女が婚約者など……いや、今は止めよう、リリーの前だ』


 ――ああ、そっか。もうすでに私は邪魔者でしかないんだ。



 今更ながらはっきりとそう自覚すると、思わず笑いが出た。私の急な笑顔に殿下が1番びっくりしていた。


 というかゲームの私、ずーっと殿下に冷たくされてきたのに、本人がいる前でよく婚約者面で聖女様に突っかかれたわよね……どうかしてるとしか思えないんだけど……。



 さっきロキに「そういうわけにはいかない」と言ったばかりだったっけ。でも、なんかもうどうでもいいや。一瞬で気力がなくなった。どうせ婚約はなくなるだろう。ヒロインである聖女様がお相手なんだもん。正当な理由が出来たってこと。だから、あと少しだけ頑張ろうと思ってた。


 でも……どうせあと少しなら、もう頑張るの止めてもいいよね?




「いえ、所用で王宮へ参りましたのでご挨拶だけでもと伺わせていただきました。楽しい時間を中断させてしまって申し訳ありません。それでは私はこれで」


 礼を取り、顔を上げると同時に踵を返した。

 ちょっとはしたない行動だけど、お優しい聖女様が万が一「あなたも一緒に」なんて言いだしてはたまらない。


 胃がしくしく痛んで、後ろからいくつもの針で刺されているような気分だった。まさに針の筵ってやつね。あれ?ちょっと違う?


 とにかく、私は惨めに逃げ出したのだ。



 完全に姿が見えなくなる廊下の方まで戻ると、さっきエスコートしてくれた衛兵がそこにいて目を丸くした。


「……よろしければ、帰りのエスコートもさせていただけませんか?」


 柔らかい笑顔が心に沁みる。言葉も出ず、差し出された手を取った。





 ◆◇◆◇




 城に勤める衛兵や使用人、その脇役のような存在の1人1人はそれぞれの気持ち、それぞれの目で起こったことを見ている。



 メルディーナのエスコートを終えた衛兵は仕事仲間の元へ戻るとため息をついた。



「お前、あのメルディーナ様のエスコートなんてこの世の幸運を賜っておいて何ため息ついてんの?」

「いや……」


「そうだそうだ、よくも抜け駆けしやがって!俺もエスコートしたかった……」

「そうなんだけど……」


「メルディーナ様……美しいもんな。しかも優しいよな」

「……俺にも笑いかけてくれたよ」



「おい!じゃあなんでそんなに暗いんだよ!」




「メルディーナ様が……おかわいそうで」




 国中の誰もが聖女の誕生を喜び、その存在に憧れている。実際聖女リリーは見惚れる程可憐な乙女だ。第一王子が聖女に夢中になるのも無理はない。元々メルディーナとクラウスの仲があまり上手くいっていないことは城に勤める者は誰もが知っている。



「だけど……あんまりだ」





 ◆◇◆◇




 スタージェス邸の自室に戻り、クローゼットの奥にそっと隠した荷物を引っ張り出す。



「生きていける方法と居場所を、確保しなくちゃ……」


 シナリオ通りに処刑されずとも、そのうち婚約は解消されるだろう。

 それがいつになるか……どう変わるか読めない以上、早まる可能性も捨てきれない。そのときは、できれば貴族籍を抜けて市井で生きていきたいな。どうせ無能として必要とされていないのだし、この次にろくな縁談も望めはしないだろうし。



 記憶がよみがえる前から婚約が解消になる覚悟はできている。


 だから、そのための下準備をずっとしてきたのだ。






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