王都での休息
翌日、私は城の自室でこれでもかとミシャとオルガに磨き上げられ、そわそわとリアム殿下の訪問を待っていた。
2人が……おかしなことを言うのだ。
「それはデートですわねえ」
「えっ」
おっとりと微笑むオルガに
「デートですねっ!」
「いやいや……」
うんうんと頷きながらなぜか握り拳をつくるミシャ。
「デートだなんて……そんな風に言ってはリアム殿下に申し訳ないわ」
アーカンドに来てもうしばらく経つ。私が出かけると言えば浄化という役目を仰せつかった時だけ。
そろそろ私の存在も認められ始め、リアム殿下と一緒ならば街を歩いても大丈夫だろうという頃合いに、普段外に出ることのできない私を気遣ってくれたに過ぎないのに。そんな風に妙に囃し立てるように浮かれてしまっては申し訳ないし、なんだかはしたないわ。
そう思って言ったのだけど……なぜか2人にとても残念そうな目で見られてしまった。解せない。
「むしろそう捉えてしまう方が、殿下が不憫だと思いますけどぉ」
「私、昨日チラッと見えてましたけど、殿下顔真っ赤にして頑張ってらっしゃったのに」
うっと言葉に詰まる。
そんなはずはないと思うのに。それでもそんな言われ方をするとまるで私が間違っていて、薄情者で酷いみたいじゃない?
「本当にやめてちょうだい……変に期待して勘違いしたくないの」
思わず漏れ出た本音に、2人は互いの目を見合わせてこちらに微笑んだ。
もう、好きにして……!
そうこうしていると、ついにリアム殿下が部屋を訪れた。
「お待たせしました、メルディーナ。もう準備出来て――」
そして、固まった。
今日の私はお忍び町娘ルック(アーカンドバージョン)。
もちろんセイブスでディナとして活動していたような質素な格好ではない。ミシャとオルガが「とびきり可愛くしましょう!」ととても張り切ってくれて、我ながら普段とは少し雰囲気が違って悪くないと思う。(いつも凛と美しいですが、今日はふわふわとかわいいですねぇ、とはオルガ談である。ちょっとよく分からないけれど)
悪くないと……思うんだけど……。
「あの、リアム殿下?やっぱり少しおかしいですか?」
私らしくないと、驚かせてしまったのかもしれない。そう思い、思わず少し目を伏せてしまう。だけど。
「いいえ!とんでもありません。すみません、あまりに可愛らしいので……言葉を失ってしまいました」
慌てて言いつのりながら、少し頬を染めて微笑んだリアム殿下に、ますます目を伏せてしまったのだった。
「ねえミシャ、メルディーナ様ったらこの雰囲気でデートじゃないって言ってるのぉ?」
「メルディーナ様、意外と頑固な方ですね……!だけどそんなところも可愛い!」
◆◇◆◇
リアム殿下にエスコートされ、馬車を降りる。
今日はリアム殿下も軽装だ。殿下は完全に顔を知られているから、お忍びと言ってもバレバレなわけだけれど……こういうのは雰囲気が大事なのだと笑っていた。
側にリアム殿下がいるから、不安になることはないけれど、やはりそわそわしてしまう。
いつも私が外に出るのは浄化目的なうえに王都以外の村や国境が多くて。そう言うときも最初は不審な目で見られる。殿下がいるから拒絶まではされないけれど。
おまけにこうして王都を歩くのは……実はあの、王宮を逃げ出した時以来だ。
お兄様の灰色のローブのフードを顔を隠すように深くかぶって、ずっと俯いて緊張していた。街の様子も少しも覚えていない。
当たり前だけれど、今日はローブもなければ完全に顔も出ている。私が人間だと、一目でわかる。
人通りの少ない場所で馬車を降りる。すぐに、明るく声をかけられた。
「リアム殿下!街へいらっしゃるのは久しぶりではありませんか?……まさか、その一緒にいらっしゃる方は……」
私を見て発された言葉に思わず身を固くする。それに気づいたリアム殿下が馬車を降りるために貸してくれていた手を、そのまま私の手を包み込むように優しく握った。
「ええ、彼女が愛し子であるメルディーナです」
私の話は少しずつ市井にも広め、浸透してきていると聞いている。
紹介されたのだと思い、声をかけてきた獣人の男性に向かって、緊張を隠しながら笑顔を向けた。
「ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません。メルディーナ・スタージェスと申します」
少し考えて、私がセイブス王国から来たことは言わないでおく。人間である時点で多分バレバレなわけだけれど、両国の関係が悪化している今、わざわざ言葉にすることもない。
男性は、目を合わせたままポカンと口を開けて固まった。
え……何……?
予想外の反応に、ぶわっと冷や汗が出るのを感じる。やっぱり、私が人間だから――?
男性は、そのまま目を見開いてブルブル肩を震わせ始めた。
「愛し子様……!まさか、実際にお目にかかれるとは……!人間の国との関係が悪化して、愛し子様は私達を嫌悪してお姿を見せてくださらないのではと……」
「そんな!?とんでもありません。私こそ、人間の私がこのアーカンドに留まっていることで皆様のお心に影を落としているのではと……思っておりました」
思わずと言った風に控えめに伸ばされた手を両手で掬い上げるように包むと、男性はついにポロリと涙を零した。
「私の妹が……ルコロの隣村に住んでいるのです。愛し子様が救ってくださったこと、聞いておりました。お礼も言えなかったと悔いていて……ずっと、もしお会い出来ることがあれば、いつか私からもお礼が言いたいと……ああ、なんて綺麗な人だ」
ルコロの隣村……私が最初に人間だとバレ、瘴気を浄化した村。
そっか、私は、あの村の人たちにも、恨まれてはなかったんだわ……。
最近では浄化に行くたびに人々に喜んでもらえて、受け入れてもらえていた。それでも、私を拒絶していた人たちを無理やり浄化し、逃げるように去ったことがずっと胸の奥につかえるように残っていた。
報われたような思いだった。
「メルディーナ、良かったですね。今感じていただけたかと思いますが、もうアーカンドであなたを悪く思う者はいません。安心して、今日を楽しんでいただけたら」
男性と別れた後、リアム殿下がそっと囁いた。
「はい、リアム殿下……今日は誘ってくださって、ありがとうございます」
今度こそなんの憂いもなく、笑顔で返事することが出来たのだった。




