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【6/12書籍発売】転生令嬢は乙女ゲームの舞台装置として死ぬ…わけにはいきません!  作者: 星見うさぎ
第3章

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セイブスの近況と約束

 

 トーリャで浄化を行ってから、少し経った。

 あれから強い瘴気が報告されるたびにリアム殿下と一緒に浄化へ出向くという生活を続けている。


「セイブス王国に帰る度に、国の雰囲気が重く刺々しくなっていくのを感じるよ」


 ついさっきアーカンドへ戻り、ハディス王太子殿下へ報告を終えたお兄様が私の部屋でソファに沈み、大きくため息をついた。


 特に殺伐としているのが王宮内らしい。お兄様がほとんど国にいないせいもあるけれど、しばらくクラウス殿下のこともニールのことも見ていないと言っていた。もちろん、お父様やエリックもだ。


「聖女様はどうしているの?」


「さあ……私には何も情報が入ってこないんだ。外交官とは名ばかりで、ほとんど報告も求められはしない。私としてはその方が助かるけどね。ただ聖女が前の様にあちこちで能天気にはしゃいでいる姿はあまり見ないかな」


 リリーとなるべく関わりたくなくて避けていた私は知らなかったけれど、私がセイブスにいた頃などはどこでも男の人を侍らせてはしゃいでいたらしい。

 もっとも、お兄様はリリーをよく思っていなかったみたいだから、現実よりも悪い風にその目に映っていた可能性はあるけど。

 お兄様がリリーのことも、リリーと恋仲が囁かれるクラウス殿下のことも苦々しく思っていたと聞いて、少し心が温まったのは内緒だ。


 さすがにアーカンドとの仲が拗れる原因になったあのリリーの暴走、少しは問題になっているのではないだろうか?


「私がアーカンドへ戻る限り、戦争にはならないとホッとして、まだ大丈夫だと満足しているんだろう。――そうだ、また預かって来たよ、ほら」


 一通の封筒を差し出す。


「いつもありがとう、お兄様!」


 それは、ビクターさんからの手紙だった。


 植物店で私に「ディナ」としての居場所をくれたビクターさん。ずっと気がかりだった。私が急に現れなくなって、心配していないだろうか。需要の高まった回復薬の生産は追いついているだろうか。街の人たちは……大丈夫だろうか。困っていないかな?


 人間の国よりも自然と近く、妖精たちと共存するアーカンドでさえぽつりぽつりと瘴気が確認されているのだ。おまけに瘴気を寄せ付けないはずのリリーの魔法に聖なる力をあまり感じられなかった。

 セイブス王国は、大丈夫なのだろうか。


 そんな私の不安に気づいたお兄様が、ビクターさんを訪ねてくれるようになった。最初に持って帰ってくれた手紙の中で、ビクターさんに随分怒られたっけ……。

 さっと手紙に目を通す。


「お兄様、次にセイブス王国に帰るときにまた回復薬を持って行ってくれる?セイブスで回復薬の数がどんどん足りなくなっているみたいなの」


「分かった。お前は大丈夫かい?浄化の合間に回復薬も作って疲れていない?」


「ありがとう、私は大丈夫よ。浄化もそこまで頻繁ではないし、どんどん慣れて余裕も出てきたわ。ねえロキ?」


 話を振ると、ロキが得意げな顔で笑った。


「浄化どころか、メルが瘴気を払った後の空気が美味しいって妖精たちがはしゃいでるよ」


 ちなみに、リアム殿下がいつか言っていたように、ついにお兄様はロキの声が聞こえるようになった。姿はまだ見えないらしいけれど。


 リアム殿下がいつも同行してくれて、こうしてお兄様が心配してくれる。

 ロキもいつも一緒だし、浄化をした場所には妖精たちが集まってきて私にくっついてはしゃぐ。そうすると瘴気の影響で陰鬱な雰囲気が漂っていた場所に花が咲くのだ。その色とりどりの花に心が癒されて、また頑張れる。


 セイブス王国で、狼さんと姿の見えないロキの励ましだけを心のよりどころに頑張っていた。あの頃を思えば今の状況が恵まれているとよく分かる。それもあってか、辛いなんて感じることは本当に一切ないのだ。


 ただ……。

 お兄様が自室に戻った後、もう1度手紙に目を通す。


 ――――――――――


 …………

 ……ようなんだ。

 セイブス王国で、魔法が使えなくなり始めているらしい。俺は魔法が使えないから本当のところは分からないけど、そんな噂をよく聞くようになった。


 最近王都や他の街の近くで弱い魔獣がよく現れるようになったんだが、セイブスでは魔法使いを重宝し、騎士も魔法を使えることがほとんどだろう?その魔法が上手く使えないことが増えて、負傷者の数が増えてきている。聖女様の癒しもあるだろうけど、数が多くて追いつかないらしい。おかげで回復薬の需要がまた増えた。


 回復薬がどうしても追いつかないから、ディナの方でもまた生産量を増やしてもらえないだろうか。

 君はセイブスに裏切られたようなものなのに、こんなことを頼むのは申し訳ないと思う。

 それから……

 ……

 ――――――――――



 セイブス王国は、貴族なのに魔法の使えない私やお兄様を無能と断じるような国だ。

 それはつまり、それだけ魔法に頼っているということ。


 街の人たちは力を合わせて頑張っているみたいだけれど、相変わらず作物の育ちもあまりよくなく、食べ物も輸入に頼る量が増えているらしい。


 精霊王の代替わりまで、セイブス王国は踏ん張れるのだろうか。


 ◆◇◆◇


 夕食の後、リアム殿下が部屋を訪ねてきた。


「メルディーナ、ゆっくり休めていますか?」


「はい、リアム殿下。大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


「それならよかった。それで……」


「?あの??」


 なぜかもじもじと目を伏せるリアム殿下。なかなか見ない表情だな、なんて思っていた。


「あなたがよろしければ……明日、一緒に街へ行きませんか?」


「はい。街とはこの王都のことですよね?瘴気はあまり感じませんが、次の浄化の準備ですか?」


「いや……そうではなくて」


 そうではないの?私はまだ、浄化以外はあまり出歩かないようにしている。他に何か、わざわざ一緒に街へ向かう用事なんかあるかしら?大抵のことはリアム殿下1人で大丈夫そうだけど。

 そんなことを考えて首を傾げていると。


「休日として、一緒に出かけませんか?そろそろあなたが人間だからとむやみに傷つけようとするものも少なくなってきました」


「え……?」


 ちょっと待って。それってもしかして……?


「いけませんね、こういうことは慣れなくて、なんと言っていいか。明日、あなたは休日です。好きな場所で好きなことをして過ごしてもらってかまいません。……その上で、明日メルディーナの時間を私にいただけませんか?」


 思わずぽかんとリアム殿下を見つめてしまう。

 よくみると、殿下の顔が少し赤い。


 それに気づいた瞬間、一気に自分の顔に熱が集まるのを感じた。

 もちろん、リアム殿下と出かけるのは嬉しい。待って?よく考えると本当に嬉しいな?

 だけど、思わぬお誘いに返事をしなくちゃと思うと頭が真っ白になって。


「あの……はい、喜んで」


 そう答えるのがやっとだった。





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