攻略対象は
「まさか……セイブス王国の聖女様が?」
開いた口が塞がらないとはこのことだわ。
トーリャから急いで帰ってきたときには、もう事態は解決していた。それ自体はよかったのだけど……わざわざ騎士団と共に出向いたというハディス王太子殿下に話を聞いて、思わず頭を抱えるところだった。
リリーは……なんという振る舞いを……。
「幸いその後は速やかにアーカンドから出て行ってくれたようだから、今回は目を瞑ることにしたよ。イーデンが外交官として我が国にいるのに戦争になると、色々と問題も多いしね」
この許しがとてつもなく寛大な対応であると、リリーは分かっているのかしら?
王太子殿下の話を聞いている限り、リリーが連れてきていた騎士の中にニールがいたのは間違いない。クラウス殿下も、ニールも……一体どうしてしまったの?
これがまずいことであると、分からないはずがないのに。それとも、リリーが彼らを説得するに値するような話を聞かせたというのだろうか。
いや、今のセイブス王国は聖女を妄信している。リリーが言えばきっとどんなことでも信じたんだろう。
「本当に……ご迷惑ばかりかけて申し訳ありません」
お兄様が深々と頭を下げる。私も隣でそれに倣った。
「2人のせいではないよ。むしろ許す口実があって助かった。私達も戦争などできることならしたくないからね」
いくら戦いを避けたいとは言え、回避を選ぶ理由もないのにただ単純に許してしまうことは国としてできない。今回は本当にお兄様が戦争を回避したと言っても過言ではないのだ。
「むしろこちらが無理を言って浄化へ向かってもらったのに、急いで戻る様に呼びつけてしまってすまなかったね。トーリャでのこと、上手くいったようで本当に良かった」
王太子殿下にねぎらいの言葉をもらい、詳しい報告をしていく。
すぐにこの話を周知してくれるとのこと。これで私とお兄様がアーカンドに滞在することを反対する声も少なくなっていくだろうと言われ、少し肩の荷が下りた気分だった。
その後は自室に戻って少しゆっくりすることにした。
私達がトーリャに言っている間に、なんと王宮内に私とお兄様の部屋が用意されていた。
ミシャとオルガが退室した後、1人になってゆっくり考えを巡らせる。
リリーが叫んだという疫病。ゲームでそういうイベントがあったということだろうか?もしそうなら……相手はきっと、攻略対象の獣人のはず。
実は私、攻略対象の獣人が誰なのかを知らないのだ。
隠しキャラとまでは言わないけれど、あくまで舞台はセイブス王国だった「あなたに捧げる永遠の愛」の中で、その扱いはそこまで大きくなかった。
多分パッケージにはのっていたと思うけど……クラウス殿下のルートしかプレイせず、ゲームにハマった周りの子達みたいに何周もやりこんだりもしなかった私は覚えていない。
立場的なものを考えると、ハディス王太子殿下の可能性も高いような気がするけど……。
考えずにいたいけれど、考えないわけにはいかない。1番高い可能性。
乙女ゲームの攻略対象は、いつだって何か特別な要素を持っている。
メイン攻略対象であるセイブス王国の第一王子、クラウス殿下。
殿下の幼馴染であり王国内でもかなりの強さを誇る騎士、ニール。
悪役令嬢の弟で魔法の天才、エリック。
この並びで、獣人の攻略対象が王太子だなんて少し弱いよね。クラウス殿下とキャラが被ってしまう。
そうなるとやっぱり、1番可能性が高いのは――。
精霊であるルーチェを連れた、獣人国アーカンドの第二王子。リアム殿下……。
それは、間違いないように思えた。
今になってクラウス殿下のルート以外を全く知らないことが悔やまれる。せめて全部1周ずつするくらいしておけばよかった。あれだけ流行っていたのに。
リアム殿下が本当に攻略対象だとすると……そこまで考えて、無理やり頭を振って思考を消す。
はしたないと分かっているけど、ふかふかのベッドに飛び込むように体を沈めた。
これ以上考えたくない。だけど思考はどんどん流れて行って止まらない。
もしもリアム殿下が攻略対象だったら。
クラウス殿下やニール、エリックの様に、リリーと出会えば彼女に夢中になるのだろうか。私の言うことなど一片も信じてくれなくなるのだろうか。聖女様に夢中になった彼らの様に、私を冷たい目で見るのだろうか。
――あの温かい金色が。私を冷たく睨みつける?
思わず体に震えが走る。自分でもびっくりする程鮮明に想像できてしまった。
「大丈夫。大丈夫。まだ起こってもないこと怖がってもしょうがないでしょう」
狼だと思っていたとはいえ、小さな頃から私の精神的支えだったリアム殿下。
まだリリーと出会ってもいないだろう彼がこのままで会わずにいてくれればと思うけれど、リリーの様子を思えばそうもいかないだろう。
その時が来るのが、クラウス殿下との婚約解消を覚悟したときよりも、怖い。
「……まだ起こってもないこと考えたってしょうがないでしょう」
自分に言い聞かせるようにもう一度呟いて、これ以上考えないようにと無理やり瞼を閉じた。




