聖女リリーの暴走
(そろそろいい時期ね)
セイブス王国で聖女リリーは内心ほくそ笑んだ。
(あいかわらずメルディーナ・スタージェスがどこで何しているか分からないのがムカつくけど……)
とりあえず、姿を見せる気配はないし、今はこっちが先決だと頭を切り替える。
(ちゃんと攻略も進めなくちゃね)
どういう風に伝えるのが1番可愛く見えるかしら?と想像を巡らせながらクラウスのもとへ向かった。
「何?獣人の国が?」
「はい!獣人の国が……アーカンドが苦しんでいます!」
リリーは目に涙をため、とびきり可憐な上目遣いを披露する。顔の前で祈る様に手を組み、縋る様にクラウスを見つめた。
「しかし、アーカンドは……」
「セイブス王国とアーカンドがあまり上手くいっていないのは知っています……でも私、どうしても見捨てられません……苦しんでいるのが分かるんです!放っておけないんです……!」
言葉に詰まるクラウス。
(聖女である私がここまで言っているのに、さすがに許可しないなんてできないでしょう?)
結局、様子を見てくるだけ、出来る限り危険がないよう隠れて行動する、騎士を数名だけ連れて行く、ということでなんとか落ち着いた。
前世「あなたに捧げる永遠の愛」という、乙女ゲームにハマっていた転生者リリー。同じく前世でゲームのプレイ経験があるメルディーナよりもずっとゲームをやりこんでいたリリー。何度もプレイした。どのルートも知り尽くしている。はっきり日付までは出てこなかったので分からなくとも、大体どのくらいの時期にどこでなにが起こるかは把握していた。
この時期にアーカンドでは疫病が流行る。
それを偶然知ることとなったヒロイン・リリーが疫病が最初に広まった、「始まりの村」でその全てを癒し、アーカンドの獣人たちの信頼を得るのだ。
そして攻略対象である、とある獣人と近づいて行く。
(ま、本当はそれって疫病じゃないんだけどね)
だけどそんなことは他の人には分からないのだ。全てを知るリリーにしか知りえない。
そうしてニールと、他の数人の騎士を引き連れアーカンドへ向かった。
クラウスはさすがに一緒には来れなかったが別にいいだろう。
(獣人とヒロインである私の運命の出会いを前に、私に夢中のクラウスが嫉妬しちゃうといけないしね?)
人間を憎み、嫌悪する獣人たちが、聖女の奇跡に感謝し、自分をまるで女神かのように敬い、崇めるのだ。これから起こる甘美な光景を想像し、顔が緩むのを抑えるのに必死だった。
◆◇◆◇
「私は確かに人間です!だけど、皆さんを助けたいのです!!」
始まりの村に着くと、村に入っていく前にリリーたちに気付いた獣人に止められた。
しかし、今は疫病でどの獣人たちもみんな参っている時期だ。こうして聖女が目を潤ませればそのうち絆されることは分かっている。彼らは救いを求めているのだから。
そう思っていたのに。
「疫病疫病って……なんなんだお前!?」
(なんなんだって、聖女様よ!!!)
なぜか獣人がなかなか首を縦に振らない。
リリーの見立てでは、何度か声をかければ泣いて自分を村に引き入れ、あっという間に解決した自分に心酔するはずなのに――。
「リリー様、1度出直しましょう」
連れてきた騎士が次第に焦り始める。
当然だ。今のままではまるで――。
その時、リリー達の元へアーカンドの騎士達が到着した。
「セイブス王国が騎士数人で我が国に攻め入ってきたと連絡を受けてきたのだが……この人数で我々に戦争を仕掛けて勝てるとでも思っているのか?」
騎士の先頭に立つのは王太子ハディス。しかし、ゲームに名を持って登場するわけではないハディスの正体に、リリーは気づかない。
「戦争だなんて!!私はただ、疫病で苦しむこの国を救ってあげたくて……!」
自分の従えた騎士たちが「戦争」という言葉に顔を青くしていることにも気づかない。
ニールがどんな顔をしているかにも、気付きはしない。
そう、今のままではまるで、騎士を引き連れ理不尽に攻め入ってきたようにしか見えないのだ。
「さっきからあんた……疫病疫病って……俺たち獣人はお前みたいな人間の女からすれば疫病の様に汚らわしいと、そう言いたいのかっ……!?」
「何を言っているの……?」
自分を受け入れない獣人の言葉に、さすがのリリーも戸惑う。こんな展開は予想していなかった。だって、ゲームでは……。
ハディスが追い打ちをかける。
「今すぐアーカンドから出ていくなら、今回だけは見逃そう。このまま我が国を侮辱すると言うなら、その戦争喜んで引き受けるが?」
「リリー、帰ろう!このままでは本当に戦争になる」
「ニール、でもっ!」
ニールや他の騎士が慌ててリリーを力任せに引きずっていく。
「疫病が、このままではアーカンド中に広がるわっ!私にしか治せないのよー!」
獣人たちには理解できない絶叫を残して。
「なんだ、あの女……同じ人間でも聖女様とは大違いだ……いや、あの方は聖女じゃなく愛し子様だったんだったか……本当に、人間だと一括りにするものじゃないな」
「全くその通りだね。来るのが遅くなって済まなかった。君は村長のディックだったかな?村に被害はないかい?」
「ハディス様!お手を煩わせてしまい申し訳ありません……ここで喚くばかりで、実際には何もされておりません」
「そうか……結局あの女たちは何がしたかったんだ?」
リリーは知らなかったのだ。
「始まりの村」を起点にアーカンド全土に広まりつつあるはずの疫病。それが現実には起こってもいないだなんて。否、正確には本当に起こるはずだった。
リリーはゲームが全て正規の道筋を辿らずとも、起こることとその時期を把握している自分が都度導いていけば大丈夫だと高をくくっていた。
だから、ズレた道筋が引き起こす可能性になど気づかなかった。
疫病――そう勘違いされるはずだった瘴気が引き起こした症状は、本来ならばここを訪れるはずのなかったメルディーナがすぐに浄化し、疫病だと騒がれる前に正しく瘴気の影響だったと理解され、全て起こる前に終わっているなんて、知らなかった。
何も起こっていないアーカンドに難癖をつけ、騎士を連れてきたその姿はまるで戦争を起こすきっかけを作るために理不尽に攻め入ってきたようにしか見えないことも、想像もしなかった。
結果、リリーのこの行動は両国の関係をより悪化させただけで終わったのだった。




