捨てられた子供
やがて、ダリオさんは街の外れに作られた少し大きめの建物に私達を案内した。
「ここが、このトーリャの医療院です」
瘴気が原因だと思われる患者は、1つの大部屋に集められていた。ざっと20床はあるだろうか。全員意識が混濁しているようだった。
これは……確かにルコロの隣村で浄化した瘴気に冒された人達の様子によく似ている。けれど、あの時にみた人達よりも症状は酷いように思う。
「この症状が始まった原因は何か分かっているのですか?」
リアム殿下が難しい顔で質問する。
「確実ではありませんが……調べた限り、セイブス王国のある村から仕入れた動物の肉を食した者たちが次々と倒れたようです」
動物の、肉……。
ここに来るまでに見た街の様子を思い出す。
「すでに今残っている分のセイブスから仕入れた肉や野菜、果物などで瘴気に冒されているものはないと思います」
街中を見たけれど、売り物も倉庫も問題はなかった。多分問題のものは全て食べられてしまった後か、廃棄されたんだろう。
「これ以上患者が増えることはないということですね……」
ダリオさんが安心したように息をつく。最初は原因も分からず、次々に人が倒れていったらしい。ダリオさんも他の街の人たちも気が気じゃなかっただろう。
「どうですか?メルディーナ」
「すぐに浄化します」
◆◇◆◇
「ありがとうございます、愛し子様……!」
浄化は何の問題もなく、すぐに終わった。荒い息で苦しそうにしていた患者たちは今、深い寝息をついている。
涙目のダリオさんが思わずと言った風に私の両手を握り、深く頭を下げた。
「いえ、あの、頭を上げてください」
ダリオさんの態度に、セイブスの貧民街で井戸の浄化をした時の光景がよぎった。こういう時どういう顔をすればいいのかがよく分からない。
それから数時間もすると、顔色の良くなった患者がベッドの上で目を覚まし、話を聞けるほどにまでなった。
「瘴気の原因は恐らく、俺の店で扱った牛肉じゃないかと思います。街の皆には……本当にどう謝ればいいか」
肉屋をしているおじさんが肩を震わせながら涙を流す。そんな彼の様子に他のベッドから次々に励ましの声がかけられていく。
「おじさんのせいじゃないよぉ!仕入れた食べ物に瘴気がたまっているなんて誰も分からないさ」
「そうそう、たまたまサイモンさんとこの肉がそうだっただけで、うちのがそうでもおかしくなかった」
「こうして皆助かったんだ、もう気にしないで!」
「皆……」
この街の人は皆優しくいい人達なんだろうな。
「サイモンさん、念のため、この場所にいる人以外にもその時期にサイモンさんのところで肉を買った人がいないか思い出してくれるかい?はっきりどれが瘴気に冒されていたか今は分からない以上、少しでも可能性がある人は症状が出ていなくても愛し子様に診てもらおうってことになったんだ」
ダリオさんが優しく声をかける。
「思い出したいのはやまやまだけど、誰が買ってくれたか帳簿をつけているわけでもないし、日にちも確実じゃないからなかなか……でも多分、これ以上の人数が口にするほど多く仕入れてはいないとは思うのですが……」
自分のところでよく牛肉を買っていく常連さんはここに揃っている顔ばかりだろうとサイモンさんは言った。
そんな会話をしていると、さっきサイモンさんを励ます声をかけていた1人の、隣のベッドの女性があっと声を上げる。
「ねえサイモンさん、私が牛肉を買っていった日……あの日、確かちょっと騒ぎになっていなかったっけ?」
「騒ぎですか?」
「そうです、ダリオさん。あの日、またヒューゴが――」
「そうだ!あの日ヒューゴがうちの商品をまた盗っていったんだよ!何度も繰り返すからあの日もそうだったとすっかり忘れていました」
リアム殿下もお兄様も、基本的に会話はダリオさんに任せてじっと話を聞いている。
「ヒューゴが……だが、あの子は今日もここに来るまでに問題を起こしていたし、多分盗って行ったのは違う肉だったんだろう」
「そうか、ヒューゴは元気か……良かった」
肉屋のサイモンさんは安心した顔で何度か頷いた。
だけど、なんだかモヤモヤする。
「あの、ヒューゴという子は家庭環境が良くないと言っていましたよね?盗みをすることでストレスを発散しているのではないかと」
「ええ……お恥ずかしい話ですが。私達大人があの子の力になってやれればいいのですが、なかなか……」
なんだろう、なんとなく違和感がある。
「あの子の家族は両親とあの子だけですか?」
「いえ、確か妹がいたんじゃなかったかな……ここだけの話、あの子の親の姿はもうしばらく見ていなくてね、妹だけ連れて街を出ていったんじゃないかと噂なんです。ヒューゴは……1人捨てられたんです」
一応食べ物は街の人が交代で差し入れているらしい。彼が盗るものは食べ物が多いが、十分な量は食べさせているはずだから飢えて盗んでいるわけではないはずだという話だった。それ以上の親切をあの子は嫌がるのだと。だから自分の家に迎え入れたり、直接世話をすることまでは出来ないのだと言った。
――本当に?
街の人たちを疑っているわけではないけれど、そうして大人たちに手を差し伸べられているにしては周りを敵視するような態度だった。親に捨てられ一人になり、捻くれてしまったのだと言われてしまえばそれまでだけれど……。
「メルディーナ、あの子が気になりますか?」
「はい……」
「では、行ってみましょう。ダリオさん、ヒューゴの家に案内していただけますか?」




