トーリャの現状
「一応、私がこの街のまとめ役をしている者と先に少し話をします。ここで待っていていただけますか?」
王族であるリアム殿下が直々に来たのはこのためでもある。私とお兄様は人間だ。急にやってきて街中を自由に動くことはできない。
ミシャと3人、言われた通りに街の入り口で待っている。と、そこに1人の少年がやってきた。
「お前、人間だろ?なんでこの街に人間がいるんだよ……!」
嫌悪と憎しみを隠しもしない少年の表情。こちらを睨みつける瞳は涙をこらえているように赤く潤んでいる。
私より先に、お兄様が少年の前に歩み出る。
「君はこの街の子供かい?確かに、私達は人間だが、ここにきたのは理由があって――」
「うるさい!出ていけーー!!!」
少年はお兄様の言葉を遮り、その向こうにいる私を真っ直ぐににらんだ。
「人間の女が悪いことしたって、知ってるんだからな!」
それだけ叫んで立ち去る後ろ姿を何も言えずに見送った。
人間の女……多分私のことじゃないと思う。守りの森を探し出そうと躍起になっていたリリーのことが頭をよぎった。
「メルディーナ様、大丈夫ですか?」
ミシャが私を気遣ってくれるが、こんなことは想定内だったし、何よりいちいち落ち込んでいる暇はない。
「大丈夫よ。これからどうにか信用してもらえるように頑張ります」
そのためにこの場所まできたのだから。
◆◇◆◇
少しして、私達を呼びにきたリアム殿下の後をついていく。街の中でも大き目な屋敷に招かれ中に入ると、使用人に案内された先に初老の男性がいた。この街の「まとめ役」という方だろう。
「この方が、愛し子様ですか……?しかし、この方は……」
「そう、彼女は愛し子であり、人間です。ともにいるこちらは彼女の兄です」
お兄様と一緒に軽く頭を下げるも、信じられないというような目を向けられる。
「人間が……愛し子様……」
そもそもセイブス王国で「愛し子」なんて存在は知られていなかった。アーカンドの獣人たちにとって、愛し子とはどんな存在に映っているのだろうか。
「この街は特にセイブスから流れ込む瘴気の影響を直接受けているようなものでしょう。人間へのわだかまりも強いとは思いますが、どうか私を信じると思って、彼女たちを受け入れてくださいませんか?」
「そんな!殿下や愛し子様を疑うようなことはありえません!ただ少し驚いてしまっただけで……」
ひとまず、追い返されるようなことはなさそうで安心した。
「改めて、私はこの街のまとめ役をさせていただいているダリオと申します。愛し子様にお会いできたこと、光栄でございます」
ダリオさんに街中を案内してもらう。ひとまずは現状把握と街の住民との顔合わせをしなければならない。
スムーズにことが運ぶよう、最初から私やお兄様が人間であることは隠さないことに決めていた。
住民たちは一瞬私達を見て驚き、おびえた様子を見せるものの、ダリオさんやリアム殿下が私を愛し子と紹介すると、途端に安心した様子を見せた。中には目を輝かせて私を見つめる人まで。
「愛し子とは、獣人にとって特別な存在なのですね……」
「もちろんですよ、メルディーナ様!私達獣人は妖精や精霊を愛し共に生活することを喜びとしています。そんな精霊様や、ましてや聖獣様に愛される愛し子様は、全ての獣人の憧れであり希望なのですよ?」
ミシャの大げさなセリフにも、あまり実感はわかない。そもそも、愛し子である実感さえ正直そんなにないのだもの。
それでも、人間である私を受け入れてくれることはありがたい。
「おい!ヒューゴ!お前またうちの商品を盗んだだろう!!」
突然の怒鳴り声に、思わず顔を向ける。
そこには露店の店主が顔を真っ赤にして怒っていて……
「あれは、さっきの……」
お兄様がぽつりと呟いた通り、さっき私を睨みつけた少年が店主に腕を掴まれていた。
「今日という今日は許さねえ!こっちへ来い!」
「うるさい!はなせ!」
「あっ!こら!待ちやがれ!!!」
捕まれた手を振りほどき、ヒューゴと呼ばれた少年はものすごい速さで逃げていった。
「あの、あの子は?」
ダリオさんに尋ねる。
「お恥ずかしいところをお見せしました……あの子はこの街に住むヒューゴという少年なのですが、もう何度も店の売り物や畑の野菜などを盗んで問題になっているのです」
「何か事情が?」
「いえ……あの子の両親も随分と粗暴でこの街に来てから何度も問題を起こしておりまして。恐らく家庭環境のストレスを盗みで発散しているのかと」
話しにくいことだったはずなのに、ダリオさんは包み隠さず街の事情を話してくれる。
街では瘴気に倒れ苦しむ者が出始めて以来、皆が少しずつピリピリとしていて雰囲気があまりよくないらしい。これまではヒューゴの盗み癖も、叱りながらも皆彼の境遇に同情し、許してきたものの、このままでは大きな問題になりそうなのだと教えてくれた。
皆がピリピリしている……セイブス王国でもそうだったと思い出す。
そうであればなおさら、早くこの街の瘴気を払わなければ。
私を睨みつけるヒューゴの瞳を思い浮かべる。どうしてもあの子が気になるのだ。
嫌悪の中に、言いようのない悲しみが隠された目をしていた。




