「ごめんなさい」
夜。
再びミシャとオルガに世話してもらい客室でゆっくりしていた。
「ここにいるのも、あと少しです。……ふふ、前にも同じことをあなたに言いましたね」
リアム殿下はそう言っていた。最初にアーカンドで目を覚ました時にも私にそう言っていたっけ。あの時は怖くて怖くて、『お前はすぐに処刑されるから、ここにいられるのもあと少しだ!』なんて言われたのかと思った。
今回、その後に続いた言葉に仰天した。
「なるべく早くあなたのための部屋を整えます。こんな客室で過ごさせてしまって申し訳ありません」
そういう意味だったの!?
そもそも、『愚か者の目を覚まさせる』と言っていたのも私を歓迎しようとしている王太子殿下のことかと思っていたけど、反発していたという他の貴族に向けてのことだった。全部真逆だった。
勝手に勘違いして優しいリアム殿下を敵なんだと思い込んだ私とお兄様もひどかったとは思うけど……あの時はそう思うよ……。
直前に同じ王族からはっきり犯罪者だと言われてしまっていたのだもの。
だけど、私もお兄様も疑心暗鬼になりすぎていたのだと今は思う。言葉と声色だけ思い出せば、リアム殿下は明らかにこちらを気遣ってくれていた。あの時、断罪され命の危機にさらされるのだと何も疑わず逃げ出したこと、何度思い出しても申し訳ない。
後は寝るだけと一人でくつろいでいると、ドアがノックされた。
こんな時間に私を訪ねてくるなんて、お兄様かしら?
油断して、普通にドアを開けた。守りの森の生活と、思いのほか好意的に受け入れてもらえたことでちょっと気が緩んでしまっていたかなとも思う。警戒心が足りないと後でお兄様にも怒られてしまった。
ドアの前には、まさにあの日私に処刑をほのめかした、ジェシカ王女殿下が立っていた。
一瞬、固まってしまう。体感2秒、じっと見つめ合い、王女殿下の険しい表情に気付いて慌てて膝をつく。
「やめて!」
すぐに上から降ってきた叫ぶような声のあと、なんのアクションもなくて。恐る恐る少しだけ顔を上げると、泣きそうな顔をした王女殿下とまた目が合った。
「……部屋に入れて」
私に否やは言えません。
押し入る様に部屋にずんずん入ってきたジェシカ殿下。
私にそのまま背を向けたまま俯き、ソファの側で止まり小さく震えたかと思うと
突然号泣した。
「うう、うわあああーん!」
「えっ、ええっ……!?」
思わず途方に暮れる。
てっきり恥知らずにも戻ってきた私を受け入れられず、罵りに来たのかと思ったのだけど……この状況は……?
えっと、慰めてもいいものなの?
肩を震わす王女殿下の向こうから、ひょいと顔を覗かすロキ。
「なあ、これどうしたらいいの……?」
私以上に困惑した顔だった。
どうしたら、いいんだろうね……。
「あの、王女殿下……」
そっと声をかけると、殿下は身を翻しガバっと私の腰に巻きついた。
「ごめんなさい!ご、ごめんなさい!!うわああん」
後で不敬だと責められませんように……。
そっと背中を包むように抱きしめ返すと、より泣き声が大きくなった。
◆◇◆◇
「取り乱して、申し訳ありません」
現在、目元を真っ赤にしたジェシカ王女殿下は目の前のソファにちょこんと座って落ち込んでいる。
言われた言葉が忘れられなくて、随分恐ろしい印象だったけれど、こうしているとただの女の子だ。年齢は聞いていないけれど、少なくともセイブス王国のカイル殿下より年下に見える。あの方は今10歳。
「わ、私を怒っている?私を許さない?」
私を責めていた時には随分ときつく大人びていた口調もすっかり子供のそれだ。
「とんでもありません。怒るなどありえません。王女殿下が私を許してくださるなら、私の方にわだかまりなど何もありませんわ」
殿下は私の言葉になぜかまた顔をくしゃりと歪ませた。
「わ、私も怒ってない!……あの時は、あの時は」
あの時は。殿下はすごく怒っていた。怒りから思わず飛び出した激しい言葉だったんだろう。
「知らなかったの……ただ、あなたは悪い人間なんだって、思って、うっ……ごめんなさい」
何が何だかよく分からなかったけれど、1つだけよく分かった。
ジェシカ殿下はあの時、王族としてきっと必死だったんだわ。私が命を脅かされると思い込んで必死で逃げ出したように、悪い人間がこの獣人国を脅威にさらそうとしていると思った王女殿下は必死で私を排除しようとした。
そして今、ご自分の言葉に後悔されている。
「殿下、謝ってくださってありがとうございます。私はあなたの謝罪を受け入れます」
本当は私がこの方を許す許さないなんて立場にはないのだけど。殿下はきっと自分の言葉に後悔して、罪悪感で押しつぶされそうになっている。私が「怒っていない、許してくださるなら」といった言葉に、まるで反対に責められているような顔をしていた。
私が彼女に許すというのは傲慢の様に思えるけれど、きっと許しが必要なのだと思ったのだ。
もう一度泣き始めたジェシカ殿下は震える声で呟いた。
「せ、精霊様も、許してくれる?」
「お、俺ぇ?」
なんのこっちゃ分からないという顔のロキがうろたえる。
結局、ロキが大慌てで「許すってば!」と叫ぶまでジェシカ殿下は泣き続けたのだった。




