ゲームのメルディーナ
「聖女だか何だか知らないけれど、あの女は何なのよ!」
イライラして仕方ない!予言の聖女様……そう呼ばれるあの女が現れてから。
私が治癒能力を失い、お母様がいなくなってしまってから全ての運命はねじ曲がってしまった。
イーデンは私と同じ無能のくせにこちらを見向きもしないし、エリックはどれだけ抵抗しても私を馬鹿にするのを止めない。実際、エリックは本物の天才であるから力づくでねじ伏せることもできやしない!
お父様やエリックの態度に触発されて我が家の使用人はどれだけ厳しく罰そうともどこか私を見下しているように感じるし、城の人間たちだってそう。カイル第二王子はあからさまに私を嫌い、我が婚約者のクラウス殿下に婚約解消をそそのかす筆頭だ。子供のくせに生意気な!ニールの私を憐れむような目が悍ましくて仕方なくて遠ざけるようになってからは私の味方はクラウス殿下ただ一人。
それなのに……。
呼ばなければ侍女一人来ることのない自室で、私はソファに置かれたクッションをドアに向けてたたきつけた。
今日はクラウス殿下とのお茶会の日だった。私にとって婚約者の彼との大事な時間なのに……。
『あら!メルディーナ様!今日はどうされたんですか??』
あの女の忌々しい声が脳裏に蘇る。
『どうされた、ですって?殿下が迷惑していることも気づかずに我が物顔で隣に座り、いかに聖女様と言えど無神経なのではなくて?そもそも私は殿下の婚約者。その私の前で殿下にその様な態度……聖女であるからと清廉だというわけではございませんのね』
思わず口をついて出てしまった。それでも、私は何も間違ったことを言ってはいない。なんて無神経な女なの?それに人の婚約者、よりによってこの私の婚約者にべたべたと……!
聖女と認められたリリー・コレイアはコレイア男爵の庶子だ。元々男爵の愛人だった平民の母親と2人で市井に暮らしており、母親の死をきっかけに男爵家に引き取られるかどうか……というタイミングで聖女の証を発現したのだ。
男爵家に住むことは正妻が許さず、居場所のないリリーはそのまま王宮に部屋を与えられ住まうことになる。
「彼女は貴族令嬢としての教育を受けていないんだ、大目に見てやってくれ」
彼女が王宮に迎えられたばかりの頃、その非常識な振る舞いを不快に思う私にクラウス殿下が言った言葉。だけど、それから時間もたち、彼女は王宮で最高峰の教師陣から手厚い教育を受けている。
もはや市井で育ったからなどと言い訳にもならない。仮にも貴族の令嬢としてあまりにもはしたない行為。
やはり、私は間違っていない。
それなのに。
『そもそもリリーを隣に望んでいるのは私だ。君のような無神経な女が婚約者など……いや、今は止めよう、リリーの前だ』
今度は苦々しい殿下の表情と、厳しい声がフラッシュバックする。私のことが忌々しいと言わんばかりの態度だった。
殿下の態度がどんどん冷たくなっていくこと、それに比例するようにリリーと殿下がどんどん仲睦まじくなっていくこと。私だって気付いている。気づきたくはなかったけれど。
当たり前でしょう?私は殿下を愛しているのだから。
「どうしてこんなことに……!どうしてっ!」
側に飾られていた花瓶を壁に投げつける。割れた破片が飛び散った。
私はこんなに愛しているのに!!!胸が苦しい。
((メル!メルディーナ!しっかりして!))
「うううっ!!」
髪を振り乱し、手あたり次第にその場にあるものをつかんではめちゃくちゃに投げた。
((メル……!ダメ……俺の声が聞こえないの?))
そのうち、物が散乱しめちゃくちゃになった部屋の真ん中に蹲った。頭を掻きむしる。それでも燃えるような心の痛みは少しも紛れない。
「どうして…………」
どうしてこうなったの?私にはクラウス殿下しかいないのに。
愛してほしい、だけなのに。
((メ、ル……俺、もう、力が――))
あの女が現れたから。あの女のせいで。あの女がいなければ。
「そうか……そうよね……」
あの女がいる限り、私が愛されることはない。
それなら、あの女がいなくなればいいんだわ。
((……あ…………))
「――聖女を害した稀代の悪女の刑をここに処す!」
どうして!!!!!
数々の嫌がらせの末、聖女の命を奪おうとしたとして、私は処刑台の上にいた。せめてもの慈悲ということで私は首を刎ねられ死ぬことに決まった。刑に慈悲も何もないわ。
私は、失敗したのだ。
愛されたいだけだった。一人はもう嫌だった。
処刑台の上から、怯えたように体を震わせるリリーと、彼女にぴたりとよりそうクラウス殿下が見える。殿下は私のことを悍ましいものを見るような目で睨みつけていた。
愛されず、蔑ろにされ続けて、絶望と憎悪にまみれて……これが私の末路。
愛されないメルディーナ・スタージェスにお似合いの結末。
死を感じた瞬間、自分の体から何か黒いものが吹き出すのを見た。
◆◇◆◇
「――!!!」
思わず息を呑む。
喉がごくりと鳴った。私の首は繋がったままだ。
「夢……?」
私は守りの森の中、リオ様のそばで眠っていた。少し離れたところには狼姿のリアム殿下もいる。
夢であるけれど、ただの夢ではないと分かる。
あれは、ゲームのメルディーナ……。
「あ……」
涙が流れていることに気付く。胸が締め付けられる感覚がまだ残っていた。
クラウス殿下だけがよりどころだったあの私は、リリーに惹かれるクラウス殿下を前に、絶望し、どんどん正気を失っていった。重い負の感情を抱えたことで、瘴気が感情に与える影響が強くなっていったんだろう。自分でも抑えられない程の憎悪に突き動かされ、ロキの声も聞こえなくなって……そして絶望の中死んだ。
可哀想なゲームのメルディーナ……。
彼女のしたことは確かに間違っていた。だけど、私にはその気持ちも痛いほど分かった。
私が前世で家族に愛された記憶を取り戻していなければ……。小さいころからずっと寄り添ってくれた黒い狼さん――リアム殿下の存在がなければ。私もああなっていたかもしれない。
「大丈夫?」
突然の声に驚き、伏せていた目を見開く。
「ねえ、大丈夫?」
「え……?」
ロキと同じくらいのサイズの、そしてロキと同じ色合いをした男の子?がじっと私の足元でこちらを見つめていた。
「精霊さん……?」
――明日、私はアーカンドの王宮に戻ることになる。




