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裏切らない存在

 

 王宮に着き、馬車を降りるとニールが迎えてくれた。


「メルディーナ、俺が庭園までエスコートするよ」


 今でも変わらず接してくれるのは、この年上の幼馴染だけ。なんて寂しいことかしら?

 ニールはクラウス殿下の側近として、20歳になった今では近衛騎士になっていた。そして、こうしてよく私の王宮でのエスコートを買って出てくれていた。……クラウス殿下は決して私を迎えに来ないから。


「ありがとう、ニール。いつも助かるわ」

「お安い御用だ。さあ、行こう」



 ちなみにお兄様はクラウス殿下の側近にはなれなかった。魔法の才がなかったのだ。この国の貴族は魔法が使えるかどうかがとても重要視される。これでスタージェス侯爵家には私とお兄様、無能が2人。父は才能あるエリックだけをかわいがり、エリックはお兄様のことも馬鹿にしている。


 お母様が生きていて私がまだ治癒を使えた頃。まだ私はお父様の自慢の娘であり、エリックにとっても自慢の姉だったと思う。家族みんなが仲良く過ごしていた。いつでも笑顔が絶えなかった。


 お母様が病気で亡くなったのは、私が6歳になり、治癒の力を失くして少し経った頃のこと。


『お前の治癒が今使えれば……肝心な時に役立たずめ……!』


 お母様を心から愛していた父は私を憎んだ。そうしなければ喪失感に耐えられなかったのかもしれない。あの瞬間から私は、愛されない「スタージェス家の無能な娘」になった。


 お兄様も多分私を嫌っている。正確には無関心だ。どうしてだろうと悩んだこともあったけれど、同族嫌悪というものに近いのかもしれない。きっと自分と同じ無能を見るのが辛いのだろう。




 ニールのエスコートでお茶会の準備が整った庭園に入る。クラウス殿下はすでに席に着き私の到着を待っていた。ちらりと一瞬こちらを見てすぐに目を逸らす。表情が厳しい。これもいつものことではあるけれど、私はいつも傷つくのだ。毎回懲りもせずに沈んだ気持ちになる。心の中でため息をついた。


「殿下、お待たせして申し訳ございません」


 そう言いながら、礼をとる。


「……ああ」


 返ってくるのはそっけない一言だけ。重く苦しい雰囲気でお茶会が始まった。これは一応婚約者としての交流のために設けられた時間なのだけど……とてもそんな和やかな空気ではない。クラウス殿下もきっと嫌でたまらないのを我慢して席に座ってくれているのだ。そう思うとちょっと申し訳ない。ぽつりぽつりと、当たり障りのない言葉を交わす。


 小さな頃はこうじゃなかった。お兄様と、クラウス殿下と、ニール。幼馴染の3人について回って、皆私を可愛がってくれた。婚約したばかりの頃はクラウス殿下も「メルディーナと婚約できて嬉しい」と言ってくれていた。嘘だったのかもしれないけど。それでもそうやって笑ってくれる程度には大事にしてもらっていたと思う。


 いつから、どうしてこんな風に変わっていったかは……正直あまり分からない。


 でも、どうせもうすぐこの時間も終わる。ついにヒロインが現れたのだから。

 殿下との婚約が解消されることは構わない。それが運命だしね。だけど、私は死にたくはないし、魔王復活のきっかけになるのもごめんだ。


 お願いだから私に関わらないで、平和に愛を育んでほしいと本気で願っている。魔王復活なんて一大イベントは起きないまま穏便な精霊王の代替わりが終わること、私がその後も生き延びることだけが望み……!


 だから私は1つだけ、心に強く決めている。聖女様には必要以上に関わらない。嫌がらせや、ましてや命を奪おうとするなど……絶対にしない。





((お!メル、あいつ今日も来てるぞ))


 不意に、頭の中に声が響く。


((ふふふ、よかった。教えてくれてありがとう、ロキ))


 同じように頭の中で返事をした。

 クラウス殿下に変わった様子はない。当然だ。この声は、私にしか聞こえていない。



 ――ロキ。

 私をメルと呼ぶ声の主。小さな頃は姿も見えていた。片手のひらくらいのサイズしかない、白銀の髪に銀色の瞳が美しい不思議な存在。彼は気がついたときにはもう側にいた。ロキは、自分を「精霊」だと言った。私の側はとても心地いいと笑い、いつも周りをふよふよ飛んでいた。


 精霊はどこにでもいるとされている。ただ普段は見えないだけ。私達人間の魔力や、魔法を使った後に出る魔力の残滓を取り込んで生きているらしい。どういう因果関係なのかは詳しく分からないけど、もしも精霊がいなくなれば一切の魔法も使えなくなるんだとか。


 私にはロキの姿が見えたけど、それはちょっと特別なんだって。ロキのこともゲームにはなかった。だから、安心して心を許せるの……。



 治癒の力を失った頃、ロキの姿が見えなくなった。だけど声だけは今も聞こえている。こうしていつも側にいてくれているのは分かる。何があっても、いつでも、ロキだけは側にいてくれた。ロキの存在は、死んだ母にしか打ち明けていない。



 お母様は驚き、他の人にはロキの姿が見えていないこと、声も聞こえていないことを教えてくれた。そして、ロキの存在は、ロキのことが見えない人には内緒にしようと言った。


 確かそれが殿下と婚約を結ぶ前だったから……私が3歳くらいのとき?

 いかにそれが精霊と言えど、人と違うことで私が周りから奇異の目で見られることを危惧していたのかもしれない。


 そして、もう1つ、私を裏切らずにいてくれる存在……。




 沈黙の多い気まずいお茶会が終わり、馬車に戻るふりをしてそっと王宮の裏手の側にある森の入り口に向かった。


 少し森の中に入るとそこには小さな泉のようなものがある。

 そこに、その生き物はいた。



「お待たせ、黒い狼さん」


 その獣が、泉を覗き込んでいた顔をゆっくりと上げる。

 真っ黒で艶やかな毛並み、金色の輝く瞳。体の大きなその狼こそ、小さな頃に私が助けた、あのボロボロだった獣だった。



 この狼はあれからずっと、こうして会いに来る。

 数少ない、私を裏切らない存在……飽きもせず、ただ会いに来る。




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