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【6/12書籍発売】転生令嬢は乙女ゲームの舞台装置として死ぬ…わけにはいきません!  作者: 星見うさぎ
第2章

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獣人の村での事件

 


 リオ様に教えてもらった村は歩いても数十分という場所にあった。


「森に辿り着くまでにすっかり人気(ひとけ)がない場所になったと思ったけど、少し道を外れるとこんなに近くに村があったのね」


 守りの森から東の方向にアーカンドの王都。南に行くといくつかの村がぽつりぽつりと存在していた。


 ローブを羽織り、ロキと2人で1番近くの村、ルコロでお肉と私の作った回復薬を交換してもらった。お相手してくれたのはルコロ村で羊や鶏を育てているハンナさんという方。


「回復薬!?本当にいいのかい?こんな田舎の村にはなかなか薬師も医者も来てもらえなくてねえ。こんなに助かる物はないよ!」


 ハンナさんは猫の獣人らしい。とっても親切な人だった。フードを被ったままの礼儀知らずな私にも何も聞かずに明るく笑ってくれる。ちょうどお母様が生きていればこんな風だったのかなといった感じで……こんなに喜んでもらえるなら、お肉の交換がなくったってまた薬を作って来よう。


 ハンナさんのご厚意に甘えてお茶を頂いていると、にわかに外が騒がしくなった。



「誰か!誰か来てくれ!」


 村に飛び込んできたのは、隣村の人だった。家から顔を出すと、男の人が顔面蒼白で震えていた。


「村の皆が……死んじまう!手を貸してくれ!」


 穏やかでない叫びに、思わずロキと目を見合わす。




 **********



 ルコロの男手が数人隣村にかけつけるというので私もしれっとついてきた。


 村にはそこかしこに数人が倒れるように転がっていて……一体何があったの?


「これは、疫病か?」

 男たちがとにかくと倒れている人たちを抱き起していく。


 もしもうつる病気だといけないからと若者は村に入らずルコロに帰らされ、数人が残って、症状のない者たちと共に3つほどの家に分けて病人?を寝かせていった。


((メル、これ病気じゃないと思う))


((えっ?そんなことが分かるの?))


((守りの森で力が漲ったみたいだ。前より色々よく見える。倒れてる人達の体に澱みが見えるよ。多分病気じゃなくて瘴気にやられてるんだと思う))


 ロキ、なんだかチートになっていくね……。精霊ってそんなものなの?

 とにかく、瘴気が原因なら私になんとかできるかも。セイブスの井戸の瘴気を払った感覚はまだばっちり覚えている。


 隣村の、中心になって動いているおじさんに近づく。黒い耳、形は違うけど、あの狼さんを思い出す。


「あの……」


 ドン!

「きゃっ……」


「おい、危ないだろ!今急いでるのが見えねえのか!」


 不用意に近づいたことでぶつかってしまった。衝撃に思わずよろける。

 あ、危なかった。こけるかと思った。


「――!?お前……!」」


 おじさんの驚きの言葉と視線に慌ててフードを抑えるも、遅かった。

 その視線は私の頭上に向いている……獣人じゃないことがバレた!


「なんで人間がこんなところにいやがる!……まさか、お前の仕業なのか!?村の皆を殺そうとしたのか」


 私が馬鹿だった。守りの森でゆっくり過ごし、ハンナさんの親切に甘えて気が緩んでいた。


「違います……!確かに私は人間です。ですが皆さんに害をなすことはしないとお約束します。――だから、私に皆さんの治療をさせてください」


 バレたからと言って、このまま見捨てて逃げるなんてできっこない。これだけ村全体が混乱している中で、私を殺そうとはしないだろうという希望的観測。楽観的過ぎる?それでも、助けられる人たちを助けないなんて選択肢はない。


 おじさんは、頭を下げた私を強い力で突き飛ばした。


「治療!?ふざけるな!お前のような人間に大事な村の人間を関わらせると思っているのか!」


 おじさんの声に、周りの獣人たちも私に気付く。このままでは……治療どころじゃない。


「この、疫病神が!今すぐここから……俺の前から消えろ!」



((メル、一旦引こう。話を聞いてもらうどころじゃない))

((でも……!))

((聞いてた?一旦引くだけだよ。少し落ち着いたらまた来よう。俺だってこんな状態で見捨てろなんて言わないよ))


 私はそっと村を出た。




 ◆◇◆◇




 ルコロの隣村の村長、深夜遅くディックは自宅に戻り、食事もとらずベッドに横たわった。

 村人たちが倒れ始めたのは突然だった。あれは何がきっかけだったのだろうか。


(確か……倒れたやつらはみんな、人の国から仕入れた動物の肉を食ってなかったか?)


 メルディーナはまだ知らないが、人の国と獣人の国は全く交易がないわけではない。

 村同士レベルでの流通は今の時点でも細々と行われていた。



(偶然か?人の国からの、悪意なのか……それとも、人が耐えきれない程の瘴気を動物がためこんじまう程、人の国は澱んでいるのか?)


 病気か、瘴気か……。ディックは長くこの村にいる。実は似たような症状は見たことがあった。その時は確か、瘴気をため込んで魔獣になってしまった獣が襲ってきて……その魔獣が瘴気をばらまいた。その瘴気に動物も獣人もたくさんやられた。何人もが回復の手段がなく死んだ。

 最後は王都の兵が魔獣を討伐し、なんとか収まったが……悲惨だった。


 これでは今倒れているものたちは助からないかもしれない。

 今回、魔獣などの姿は見ていない。昼間、自身が突き飛ばした少女。やはりあの人間が関係しているのか?


 夜遅くまで看病し続け、疲労困憊のディックは思考がまとまらないまま泥のように眠った。





(なんだ……?)


 翌朝、ディックは外の騒がしさで目を覚ます。


「ディックさーん!」

「村長―!!」


 口々に自分を呼ぶ声がする。

 まさか、誰かが、夜を越せなかったんじゃ……そんな最悪の想像が頭によぎり、血の気が引くのを感じる。


 慌てて外に飛び出すと、村人たちがわっと自分に駆け寄った。


「ディックさん!」


 その顔触れに戸惑いを覚える。

 これは……どういうことだ?集まっている面々の中には、昨日倒れ、今日にも死ぬかと覚悟していた奴までいる。


「お前たち……!もう大丈夫なのか!?」


 一過性の症状だったのか?それともこれからまた悪くなる可能性もあるのだろうか?今までにない事態に混乱していると。集まった中の一人が声を上げた。



「昨日の……昨日の人間の女の子が皆を治してくれたんだよ!!」


「は……?」



「信じられない力だった……」

「一瞬でさ、すーっと体が軽くなったんだよ!高い回復薬でもあんな風にすぐ治らない」

「きっと、あの方は聖女様だったんだ……!」

「私達、あの子のこと酷い言葉で追い出したのに、あんな」


 あれは聖なる力に違いない、あの子は聖女様だったんだと村人たちはあちこちで声を上げる。

 村の子供が、呆然とするディックの手を引いた。



「村長、あの女の子はもういないのかな?僕、お礼も言えていないんだ……」



 ディックは言葉を失った。

 あの人間の少女が、本当に……?


 あの子は確かに言っていた。


『私に皆さんの治療をさせてください』と、無関係なのに、罵声を浴びせる自分に向かって頭を下げて。


(俺は……あの子に何と言った?)


 聖女の慈悲に咽び泣く村人たちを前に、ディックは何も言えなかった。




「俺は、恩人に向かってあんな酷いことを言ったのか……?」





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