聖獣との出会い
口をあんぐりあけた私に、白いライオンがもう1度言った。
「名を」
あ!そうだった、名前を聞かれたんだよね?
混乱した頭でなんとか理解する。こんな簡単なことも分からなくなりそうなほど動揺していたみたい。
妖精たちに倣って私もその場に膝をついて頭を下げながら。
「私はメルディーナ・スタージェスと申します……あなたは、神様ですか?」
白いライオンは吠えるように笑った。
だってあまりにも神聖なんだもん……。神様が顕現したのかと。
「メルディーナ、私はあなたのことをよく知っています。名を聞いたのは、教えられなければ呼べない掟のため。――こっちへ」
戸惑う私をロキが引っ張る。ライオンの元へ。泉がでかくて周りをぐるりと遠回りだ。
すぐ側までいくと、ライオンは笑った……様に見える。ともすれば禍々しくも見えそうな大きな赤い瞳が優しく細められている。
「メルディーナ。よく来ましたね。私の……そして、精霊たちの愛し子」
愛し子?私が?聖女リリーじゃなくて?
「私の名はリオアンシャープス。獣人は私を森の守り神と呼ぶ。人に言わせれば聖獣でしょうか」
「聖獣様……」
確かに、ものすごく神聖な力をびしびしと感じる。ロキや妖精たちから感じる淡い光をうんと集めたような……。普通の魔力?とは少し違うような。
「ここにはあなたを害する者はいない。ここにいればあなたは守られ強くなり、あなたがいれば妖精たちも力を増す。歓迎します」
こうして私はリオアンシャープスこと、リオ様の許しを得てこの「守りの森」への滞在を正式に許された。
**********
なんと、リオ様はご自分の子供を……タマゴを温めていた。
ライオンなのにタマゴ?とびっくりしたけど、正式にはライオンではないらしい。普通にお腹の中で育てて産むこともできるらしいけど、それだと普通の動物になるんだって。不思議。
タマゴとして命を産み、長い月日をかけて聖獣としての魔力を注ぎ、力を蓄えらせた子供、そうして初めて次代の聖獣が生まれるんだとか。
「それも知らなかったの?メルって意外となにも知らないんだな……」とロキは呆れ顔だったけど、そんなこと多分人間は誰も知らないよ……。少なくともセイブス王国では知られていない。動物との繋がりが薄いまま何年も過ごすことで、そういった知識を失っていったということだろうか。
ちなみに、瘴気を多く吸いすぎた獣がそれでも死なずに生きながらえると、稀にそのまま魔落ちしてしまうらしい。それが魔獣。
瘴気から生まれた生粋の魔物とはまた全然別の存在なんだとか。
知らないことばかりなんですけど。
リオ様はタマゴを守る間、自由に動き回ることが出来なくなる。四六時中魔力を注いでいるから、森の守りも少し弱まってしまうんだとか。
「あの……もしわかれば教えて欲しいことがあるんです。リオ様は私のことはよく知っていると言ってらっしゃいましたよね?遠くの出来事が見えているということですか?」
「見えているというよりも、妖精たちが見たもの聞いたことを私も知ることができるのです。守りの森で生まれた妖精は私の子供同然。妖精は見えないだけでどこにでも存在しているからね」
「それなら……兄はどうしていますでしょうか?私の兄……アーカンドの王宮で私を逃がしてくれたきりなんです。無事でしょうか」
ずっと気がかりだった兄のこと。
「ふむ。運命の輪が絡んでいるからあまり詳しくは見えないが……無事でいることは間違いない。心身ともに健やかでいることはわかる」
運命の輪?なんだかまたよく分からない言葉が出てきたけど、これは今聞いても説明してもらえないやつだ。とにかく兄は無事。よかった。
ちなみにセイブス王国のことは、瘴気が濃くなりすぎて何も見えないらしい。
とりあえず、お兄様が無事でいることさえわかれば十分。私は当面の間、身を隠すため、そしてリオ様と次代の聖獣の誕生をお手伝いするためにこの森に留まることに決めた。
◆◇◆◇
「まだ彼女は見つからないのか?」
アーカンドの城内では、リアムが頭を抱えていた。
今日の報告を終えたアーカンドの兵たちが退室する。
「リアム殿下……私の誤った判断によりお手を煩わすことになってしまい申し訳ありません」
頭を下げるのはメルディーナの兄、イーデン。
「いや、頭を上げてください。あなたは何も悪くない。まさか……ジェシカがあんなことを言うなど思いもしなかった。こちらの不手際です」
そう言いながらも、ため息をつくのを止められない。
冤罪であわや処刑という場面で、毒で体力も気力もそがれたまま、命からがら逃げのびたメルディーナ。生きたいと、必死で縋りついて……どうにか救い出すことが出来た。あと少し遅ければどうなっていたか分からない。
そんな彼女に、リアムの妹王女・ジェシカは、あろうことが死を引き合いに出し脅すような言葉を投げつけたらしい。
幼くともジェシカは王女。獣人の国に馴染まないイーデンとメルディーナの2人が、その言葉を信じるのも無理はない。
(むしろ彼女に、自分の命を投げうってでも救おうとしてくれる味方がいてくれると分かったのは朗報だ)
ジェシカは今、自分のしたことを自覚し怯え、自室に閉じこもっている。
問題は、今も彼女が見つからないこと……。
「リアム、ごめんね、こんな時に僕が役に立たなくて……妖精たちが皆すっかり心を隠してしまった」
耳元にそっと近づく小さな存在。リアムの幼い頃から側にいる、いわば相棒だ。
「いいんだ。妖精がお前に何も教えてくれないということは、きっと彼女は無事だということだろう」
「……?」
ブツブツと呟くように話すリアムの様子に、イーデンが不思議そうに首を傾げる。彼にはリアムが話している相手が見えていないのだ。
今は無事だろう。リアムはそう思うも、だがここは人間といまだ関係の良くない獣人の国。どこでどんな目にあってもおかしくはない。早く……彼女を見つけなければ。




