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思い出した前世と今世の私

 


 謁見の間で、殿下の婚約者として私も立ち会った。聖女様が初めて王城へ上がられる日。

 麗しい姿を初めて拝見したその日が、私の運命の日になった。


「お初にお目にかかります、リリー・コレイアと申します」


 礼儀半分、あとは愛嬌でなんとかするとばかりに、にこりと笑った聖女様。

 その愛くるしい茶色の瞳がこちらを向いた。目が合った瞬間、全身に電流が走ったかと思うほどの衝撃。


 次の瞬間、頭の中に異様な映像が濁流の様に駆け巡った。



 見たこともない景色、大きなものから小さなものまで鉄の塊がたくさん出てきて、でも私はそれを知ってるの……ありえない程短いスカート、あれは「制服」だ。小さな部屋で小さなテーブルで、でもびっくりするほど温かい食卓。人の顔ははっきり見えない。ああ、見たいな。懐かしいのは覚えてる。誰だっけ、どんな顔だっけ、お願いだからまた皆の笑顔が見たい…………。





 ――思い出した!



 そうか、これは、前世の私の記憶―― 


 呆然と、手足の先が冷え切って、指をほんの少し動かすこともできない。こちらを見て、心底嬉しそうににんまりと笑った聖女様。私はその姿をよく知っている……ずっと、ずっと前から。


 前世から。







 気がつけば屋敷に戻り、自室のソファに1人座っていた。

 昔はいつも側にいてくれた侍女のサリーはもういない。今はこの屋敷の中に私を気に掛ける人は誰もいない。今まではそれを随分寂しく感じていたけど、おかげで1人ゆっくりと整理することが出来た。



 ここは……ここは、前世で流行った乙女ゲームとよく似た世界。私はこの「あなたに捧げる永遠の愛」というゲームの世界に生まれ変わってしまったらしい。



 私はスタージェス侯爵家の令嬢、メルディーナ・スタージェス。16歳。母親譲りのハニーブロンドの髪に神秘的なアメジストの瞳が少しだけ自慢。

 4つ年上に兄のイーデン、1つ年下に弟のエリックがいて、父は王宮での仕事が忙しく家にいることはあまりない。お母様はもう亡くなってしまった。



 そして私は、聖女様に嫉妬して嫌がらせを行い、それがエスカレートしてその命を奪おうとしたことで処刑される、いわゆる悪役……。


「嘘でしょ……?」


 私の役目はそれだけではない。


 私が死ぬと、愛されず蔑ろにされ続けた私がこの身の内にためにためた絶望と憎悪が命の終わりとともに吹き出し……一体どうしてそうなるのか、代替わりを控え力の弱まっていた精霊王が私の生んだ瘴気にのまれて死に、その影響で魔王が復活するのだ。いや、死んでまで悪役として仕事しすぎでしょ……。


 私の死はゲームの前半から中盤の時期。障害である私がいなくなってヒロインと攻略対象は一気にその仲を深めていく。そして時間差で魔王復活のタイミングはハッピーエンド一歩手前。最後の一盛り上がりのスパイスでしかない。そんなのなくったってヒロインは誰とでも結ばれるだけ愛を向けられるし、聖女なのだから反対もない。ただ皆の憧れ度が増すことと、名声アップが約束される。

 そのための代償がでかすぎない!?


 復活した魔王は聖女様が、それまでに紆余曲折を経て愛を育んだ、彼女を愛するすばらしいヒーローたちと共に討伐する。それからその聖なるお力と愛のパワーで次代の精霊王を誕生させるのだ。


 ゲームではその後平和になった世界で、ヒロインである彼女は相手を一人選び結ばれてハッピーエンド。



 攻略対象は4人。私の婚約者でこの国の第一王子クラウス・セイブス殿下、私の弟であるエリックと、幼馴染で殿下の側近の騎士ニール、隣国の獣人。お相手に選ばれなかった後もそれぞれ全員が彼女に永遠の愛と忠誠を誓い、誓いの通りに生涯彼女を守り続け、誰一人伴侶を持たない。ちなみに殿下はその場合なんと王位継承権を第二王子に譲るのだ。次期国王が妃を持たないなんてありえないからね。まさに人生をかけた愛。このゲームのそういうところが人気だった。選ばなかった相手もずっと自分を好きでい続けてくれる。


 あまりの人気に勧められてメインルートの王子攻略だけプレイした。確かこのゲーム、裏設定が凄いと評判になり設定集も出たはずだけど……正直私はこれくらいの基礎情報しか知らない。


 ただ、1つだけ確かなこと。




 私は……彼女が最高に盛り上がった状態で幸せなエンドを迎えるための、いわば舞台装置……。





 **********






 私とクラウス殿下が婚約したのは私が4歳の頃。殿下はお兄様と同じ4つ年上だ。輝くサラサラの金髪、落ち着いた深い海のような藍色の瞳、「一目見るとみんな恋に落ちる」と言われる程の美貌で、ゲームの中でも1番人気だった。お兄様と殿下、もう1人の攻略対象である騎士ニールは幼馴染だ。



 スタージェス侯爵家は家格こそ上位であるが、その実「可もなく不可もなく」という存在。より上位の公爵家にはもちろん、一見同格である他の侯爵家より権力を持っているなんてこともない。昔からの歴史ある家だということだけが自慢の我が家。


 じゃあ、なぜそんなスタージェス家の私が第一王子殿下の婚約者に選ばれたのかって?



「姉上、早くしなよ!今日はクラウス殿下との茶会だろ!全く、唯一買われた治癒の能力ももうない無能のくせに、本当に愚図なんだから」


 ブツブツと忌々し気に吐き捨てながらこちらを急かすのは弟のエリック。小さな頃は何をするにも私の後をついて回る可愛い弟だったけれど、もうずいぶん長い間その笑顔を見ていない。


 可もなく不可もない家柄なのに第一王子殿下の婚約者に選ばれた理由。それは私がほんの小さな頃から稀有な「治癒魔法」を使えたから。



 ――でも、それも昔の話。どうしてなのかは分からない。昔はいくらでも、どんな傷でも一瞬で癒すことのできたその力は次第に衰え始め、今では全く使うことができなくなってしまった。


 エリックには申し訳ない。そりゃ、こんな無能でお荷物な姉、嫌いになるに決まっているよね。



 エリックの、お母様譲りの私ともよく似た紫色の瞳には、いつだって蔑みの色が浮かんでいる。

 前世を思い出した今でこそ冷静でいられるけど、それまでは随分エリックの顔色を気にして傷ついていた。


「全く、殿下もおかわいそうに!本当はさっさと姉上なんかとの婚約を破棄したいだろうに。はっきりもう価値がないからという理由で破棄してくれて構わないのにね!スタージェス侯爵家には僕がいるんだから」


 フン!と鼻を鳴らして吐き捨てる。

 あえて破棄という強い言葉を使うあたり、エリックがいかに私を嫌っているかがよく分かる。もし今婚約がなくなるとしてもせいぜい解消がいいところなのに、わざと嫌な言い方を選んでいるのだ。我が弟ながらちょっと性格悪いぞ、お姉ちゃんは悲しい。言えないけどね。



 身内の贔屓目を差し引いても天才のエリック。火・水・風・土の4大属性の全ての魔法を使いこなし、魔力量も膨大だ。確かに、この弟がクラウス殿下の側近になれば、スタージェス侯爵家としては王家との繋がりを保てる。天才の弟は無能な姉の存在が許しがたいらしい。



 私だって、すぐにこの婚約はなくなるものだと思っていた。それなのに今もまだ解消されていない。

 きっと、婚約を結ぶことになった経緯が問題なのよね。



 それはまだ私が4歳になったばかりの頃。

 お兄様とクラウス殿下、キドニー公爵家の次男でもあるニールはよく王宮で遊んでいた。私もお兄様について一緒にその場にいることが多かった。もちろん、8歳の男の子の遊びについていけるわけもなく、わけもわからずその場にいるだけだったけれど。ちなみに3歳のエリックはその時一緒にはいなかったと思う。


 ある時に遊びで3人は木に登り、クラウス殿下が誤って2メートルの高さから落下し、打ちどころが悪く大けがを負ったのだ。


 考えるよりも先に体が動いた。真っ青な顔で涙を浮かべるお兄様とニールを押しのけ、すぐにクラウス殿下の怪我を跡形もなく癒して見せたのだ。


 当時まだ小さな子供。

『痛そう!血が出てる!治してあげなくちゃ!』

 そんなとても単純な気持ちだった。


 王家から何度も婚約を打診されることになったのはそのすぐ後だった。

 そんな風に王家からの申し出により結ばれたこの婚約を、私が無価値の無能になったからとなかったことにするのは外聞が悪いということなのだと思う。それともヒロインである聖女様が現れるまでは婚約解消になるはずがなかっただけだと思うべきか。


 ちなみに、ゲームではそんな事情は一切出てこなかった。舞台装置でしかない私の過去など何も語られないのだ。それこそ設定集にはあったのかな?




 婚約こそ解消されはしないものの、クラウス殿下はエリック同様、今の私に冷たく当たる。


 今でこそもう慣れたし、記憶が戻った今となっては納得の現状ではあるんだけど。私と仲が良かったら、殿下がヒロインと恋に落ちるのは完全なる浮気野郎だもんね!(婚約者がいる時点でどうかとは思うけど)



 だから……私の初恋が、クラウス殿下だっていうことは墓場まで持っていくと決めている。






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